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異世界で黒猫君とマッタリ行きたい  作者: こみあ
第8章 ナンシー
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56 庄屋の屋敷と神殿

「坊主、名前は?」

「ヒロシ」

「どんな字書くんだ?」

「字ってなんだ?」

「忘れろ、気にするな」


 ぼそぼそと話をしながらヒロシに連れられてあぜ道を進むとさっき遠めに見えていた屋敷についた。


「ほら、ここが庄屋の屋敷だよ」


 やっぱりここか。

 正に武家屋敷そのものに見えるその家は周りをぐるりと瓦の乗った高い板塀が囲っている。正面には立派な門まであった。日本的なんだがなんかちょっとおかしい。瓦の形とか、門の組み方なんかが何かちょっと本物と違う。まあ、ここまで来て同じかどうかなどあまり問題じゃないだろうが。


「ヒロシ、ちょっと待ってろ」


 そう言い置いて俺は坊主の肩を踏み台にしてひょいっと塀に飛び乗った。塀の上の瓦を歩きながら中を見回す。


 塀の中はこざっぱりとしてはいるがどこか日本の庭園を模していた。

 俺が上ったのは門からは少し離れた場所だ。形だけだが門の横にはやはり見張りらしき奴が立っている。まあ、黒猫の俺の姿はどの道闇に紛れて見えないだろう。

 中にはかなり大きな母屋らしき建物が一軒ともう一軒奥に離れがあった。その奥にはどうやら蔵の様な建物も見える。

 母屋と壁の間には大きな池と庭木が植わっていてその間に庭石のような岩がいくつか置かれていた。

 屋敷はどうやら平屋の日本家屋。げ、障子まで貼ってある。って事は和紙も作ってるのか。

 結構な広さのある母屋はそのまま向こう側にもう一つ大きな家屋が繋がっている。そちらからはガヤガヤと大声が響いて来ていた。

 俺は塀の上の瓦を音を立てずに伝ってくるりと近くまで回り込んでみる。池に面した障子が開かれて中の様子が見えたが、決していいものではなかった。

 教会でみたあの学ランを着込んだ黒髪の男たちが酒をふるまわれながら女たちを侍らせてる。嫌がる女どもに無理やり手を出してる奴も何人も見えた。どうもそれを止める奴はいないらしい。その後ろがふすまで区切られてるがその向こうで何が起きてるのかは見たくもない。


 それ以上先に進むと流石にかがり火で姿が見えそうだ。一旦回れ右して門の上を抜け、反対側にある離れまで回ってみた。こちらは多分女たちの居住区なのだろう。シーンと静まり返りながらもすすり泣く声や息を殺している気配が漂っていた。

 塀の上を伝ってもう一度坊主のいた所に戻ってきた俺はまたもポンっと坊主の肩を伝って地面に飛び降りる。


「母ちゃんたち居たか?」


 戻った俺にヒロシが問いかけてくる。

 どうしてこいつは俺がこいつの母親を分かると思うのだろう? ああ、猫神だからか?


「誰も見えなかった」


 中途半端な答えは返せないのでそう返した。シュンと落ち込んだヒロシの様子に心が痛む。


「あらかた見れたから次行くぞ」


 俺がそう言うと、突然俺の後ろで人の動く気配がした。


「そこにいるのはヒロシ君か? こんな遅くにこんな所で何やってるの?」


 俺は慌ててヒロシの足首を擦りながらヒロシの後ろに回る。

 そのままヒロシの足の間から振り返って見上げるとそこには一人の黒髪の少年が立っていた。


「た、タカシさん! こんばんは」


 ヒロシが突然殊勝な声でその少年に答えた。

 見上げるとタカシと呼ばれた少年はパットと同じくらいの年齢のようだ。多分15、6といったところか?

 短い黒髪に黒い学ランを着た細身の身体にやはり色白な綺麗な顔立ち。彫りは深いが前に会ったガルマと比べるとどこか日本人ぽい顔立ちをしていた。

 タカシは射抜くような強い視線を俺に向けながらヒロシに小声で話しかけた。


「この前も言ったでしょう、ヒロシ君。あまりこの辺りを人のいない時間にうろつかない方がいい。司教様達に見つかったら何されるか分からないですよ」


 注意を受けたヒロシが躊躇いながらタカシに答え始めた。


「ごめんなさい、僕の猫が逃げちゃって追いかけて来たんです」


 そう言ってチラチラとこちらに目をやる。まさか俺の事を話すつもりなのか?


「あの、タカシさん。実はお話したい事があるんですが……」


 マズい。

 俺はヒロシがそれ以上話し始める前に二人の横をすり抜けて教会の建物の方に走り出した。


「あ、待って……」

「ああ、仕方ないね。僕が一緒に行ってあげるよ」


 後ろのやり取りから二人が俺を追いかけてくる気配がしたが俺はそれを尻目にさっさと一人で先に進んだ。下手にこの先の神殿に入るのを見とがめられる分けにはいかない。

 おかげで俺が神殿にたどり着く頃には二人はかなり後ろに引き離していた。


 教会の裏手に広がる庭園を挟んで街の外側にその神殿は立っていた。遠目にはどこかギリシャを思い出すような作りだ。表に面して建物の高さそのままの太い石柱が幾つも並び天井を支えているようにみえるが、どうもそれは単なる飾りの様だった。一歩内側に入れば高い石壁がそそり立っていてそれが側面にも続いていた。

 正面に設えられた重い石の扉はどうやって開くのか見当もつかないが、建物の端まで歩いていくとかなり高い場所に空気取りの窓が開いているのが見えた。


 中に入るならあの二人が来る前に入らないと。

 俺は爪を出して壁を登ってみる。

 うわ、この身体だと岩の壁を5メートルくらいまで軽く登れちまうのか。

 まあ人化しててもジャンプで届く高さだな。


 窓の淵に立ってそこから中を見下ろすと薄暗いその場所はどうやら神殿の一番入り口に広がる拝礼場のようだ。吹き抜けの広間は横長で多分20メートル近くあるだろうか。天井は俺の立ってる空気取りの窓よりさらに5メートルほど高い。広間の両脇には石像が立ち並んでて、俺にはちょうどいい足場になった。


 中で見た事は余り語りたくない。あゆみは確かに遠くからここの様子を見たのだろう、そこにはあゆみの言っていた通りの情景が広がっていた。

 あいつ、これを見たのか……


 まず最初に酷い悪臭が俺の鼻を貫いた。あゆみの奴も臭いとは言ってたがそれはもう悪臭なんてもんじゃなかった。肉の腐る匂いと糞尿の匂い、汗の匂い、獣の様な匂いも混じってる。臭いがきつすぎて目に染みて勝手に涙が零れてきた。俺の鼻だと吐き気を押さえるのがやっとでえづくのがやめられない。それを我慢して周りを見回す。

 俺が下りた壁側には俺に背を向けて何十人もの首と身体の不ぞろいな子供たちが力なく座りこんでいた。多分20人はいるだろうか?

 あゆみの説明通り近くまでよってみても心音がしない。目に生気もなければ反応もしない。よく見れば何体かは首の付け根の所から肉が腐り始めて虫がたかっていた。その光景にまた吐き気がこみ上げてえづいてしまう。

 足早にそこを抜けて反対側の壁際を見るとまだ沢山の子供たちが壁から伸びる鎖でひと続きに繋がれていた。こちらは一様に縮こまって小さく震えている。お互いに寄りかかりあい、すすり泣く声もいくつか聞こえる。

 あゆみはどうも勘違いしてたみたいだが、繋がれていたのは獣人やエルフばかりではなく人間の子供も多く混じっていた。怯えて繋がれている子供たちに声を掛けてやりたいが、何もしてやれない猫の俺が下手に刺激しない方がいいのは目に見えている。


 張り付く視線を振り切って俺は部屋の奥にひろがる祭壇らしき物に目をやった。

 まず中央辺りにはキールの執務机程の石のテーブルが置かれている。全体が黒く染まっているそれが一体何に使われているのかは考えなくても分かった。なるべくそれには近寄らないで先へ進む。

 テーブルの奥には20メートル近い横幅の拝礼場から立ち上がる様に一面全てが階段になっていた。それがまるで祭壇のようにに見えるのは天井まで続く階段の幅が上にあがる程狭くなるからだ。

 俺は音を立てずにその階段を上へ上へと登る。どうも獣人の子供の中には俺の姿が見えてる奴もいるみたいだが、皆疲れ切ってるのか声を上げる者はいなかった。

 一番上までたどり着くと、そこは天井近くにある壁を四角く切り抜かれた暗い入り口だった。中はひどく暗く、俺の猫の目でさえはっきりと全ては見えない。小さく息を吐いて覚悟を決めてその四角くあいた口を抜けると……階段だった。


 あれ? あ、これってメリッサの魔法と同じか。


 どうやら中には入れてもらえないらしい。

 ここまで来て中に入れないんじゃどうすりゃいいんだ?

 シモンの話が正しければ彼らの宝玉はこの中だ。

 まあ、これ以上は今日は無理だな。人間の姿ならまた違うかもしれない。

 俺は後ろに広がる凶状に後ろ髪を引かれる思いで静かに今来た道を戻って外へ出た。


「やっと追いつきましたね」


 俺が外に出るのとヒロシたちが現れるのがほぼ同時だった。

 二人が俺の所によってくる。


「素早い猫ですね」


 そう言って俺を拾い上げたタカシが少し首を傾げて俺を覗き込んだ。一瞬素性がばれた気がして視線を逸らしちまった。ま、マズったか?

 でも焦る俺を他所にタカシはすぐにそのまま俺をヒロシに手渡した。


「もう逃がしてはいけませんよ」

「はい」


 俺を受け取りながらヒロシが小さく返事をした。手渡したタカシはそのまま俺の頭を撫で始める。

 どうにも寒気がしてならない。


「さあ、これ以上教会に近づかないで戻りましょう。下手に近づくと中にいる司教様たちに見つかってしまいます。まあ、そうはいっても殆どの司教様は今庄屋屋敷の方にいますがね」


 タカシの言葉を聞いたヒロシがビクリと肩をこわばらせるのが分かる。


「タカシさん、僕の母たちは?」

「まだ奥にいます。表には呼ばれてませんでしたよ」


 それを聞いてヒロシの緊張が緩んだ。


「お二人は僕の面倒を見て頂いていますから僕がここにいる限り大丈夫です」

「でもいつかは中央に戻ってしまうんですよね?」


 優しく言葉をかけたタカシにヒロシが奮える声で聞き返す。するとなぜか俺に視線を移しながらタカシがゆっくりと答えた。


「その時は近いようですね。でも出来る限り最後まで僕が気を付けて見てますよ」


 そのタカシの意味ありげな視線が凄く気になるが今この状況ではどうにもできない。俺はわざとらしくない程度に猫らしく鳴いておく。


「ああ、本当にそろそろ戻りましょう」


 そう言ってタカシに促されて俺を抱えたヒロシも一緒に歩き出した。


「猫の神様、どうしたんだ?」


 庄屋の家の前でタカシと別れたヒロシが自分の家に向かう途中俺を覗き込みながらそう言った。


「あん?」

「目の下が濡れてるぞ」


 ああ。あの様子を見せられた感情の高ぶりとあの場の匂いに反応して零れてた涙がまだ流れていたらしい。


「そんなのはどうでもいい。お前、あのタカシってやつとは仲がいいのか?」


 俺にはどうにもあの少年のなんかこっちを見透かしてるような視線が気になっていた。

 そんな俺の問いかけに別段疑う様子もなくヒロシが答える。


「うん。タカシさんは神子だけど凄くいい人なんだ。前に庄屋の家に忍び込もうとした俺を助けてくれた」

「お前、そんな事したのか!」

「だって姉ちゃんが嫁に出されるかも知れないって聞いて……」


 ああ、その話を聞いた後だったのか。それにしてもこいつ、かなりヤバかったんじゃないのか?

 タカシってやつは今一つ得体がしれないがそれでもその状態でこいつを救ったんなら今すぐ俺の敵になる様な事もなさそうだ。どうやらこいつの母親と姉の面倒も見てるみたいだし。

 でもそうなると。


「教会を見るのは無理か」


 ぼそりと呟いた俺の言葉にヒロシがまたも呆れた顔で俺を見る。


「あたりまえだろ猫の神様。あの中は入るとすぐに見つかっちまう」

「何でだ?」

「教会の奴ら、なんか建物に仕掛けしてるらしくて中に勝手に入るとそれを知らせるベルが鳴るって聞いた」


 警報なんかついてたのか。あぶねえ。かといって中の様子がまるっきり分からないんじゃそれも問題だ。


「ヒロシお前、教会の中がどうなってるか、なんか知ってるか?」


 俺の問いにヒロシが少し得意そうに答える。


「俺たち子供は役務で月に一度は中の掃除をさせられるんだ。だから大体の作りは知ってる」


 そう言ってヒロシはそのまま自分の家の裏に回り、月明りの下道端の枝を掴んで地面に絵を描き始めた。

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