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異世界で黒猫君とマッタリ行きたい  作者: こみあ
第8章 ナンシー
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51 調整

「さて、なぜこんなに大切なことを私から隠そうとしてたのか説明してもらえますか?」


 キールの部屋につくと同時にその綺麗な顔に苛立ちと警戒の色を浮かべたシモンが全員に聞こえるようはっきりと質問を繰り返してきた。


「シモン、俺は別に隠そうとしたんじゃない、単にあんたらの覚悟を先に聞きたかっただけだ」


 それぞれ元の椅子に座り、アルディが持ってきた椅子にピートルとアリームが遠慮がちに座る。どうもこの二人はキールと同席することにかなり緊張している様だ。最初は立ってるっていうのをアルディが有無を言わせずに座らせてくれた。

 バッカスは様子見を決め込むつもりらしく壁に寄りかかってこちらを見ている。

 あゆみの膝の上では今一つ格好がつかないので俺はキールの机に陣取って無言のシモンを真っすぐ見据えて言葉を続けた。


「あんたはどうやらあの二人や貧民街の奴らの不利有利ばかり気にしてるみたいだがな、俺が聞きたかったのは子供たちを奪われたあんたらの覚悟だ。別にまだあんたらになにをして欲しいってわけじゃない」


 さっきっからシモンは嫌味なツッコミを入れる割にはちゃんと俺の話に耳を傾けてくれていた。

 今もこちらの状況を自分にだけ知らされていなかったことに苛立ちながらも俺たちに説明を求めている。それはこいつなりに俺達に歩み寄ろうとしているのだと考えてもいいんじゃないだろうか。

 どうにも俺達はそりが合わなくてお互いぶつかってしまうが、それでもこいつと俺の間にあるのは多分嫌悪や反感なんかじゃなくて誤解なんじゃないだろうか?

 もしそうならば。俺に出来る事はいつも一つだけ。腹割って話すだけだ。


 俺はシモンがまだ黙り込んでいるのをいいことに今度こそ自分の考えを纏めながら丁寧に言葉尽くす事にした。


「お前がどう俺を誤解してるのか知らねえがな。俺には腹芸とかそんな器用なことは出来ねえんだよ。俺は今回ひょんな事からビーノたちを拾っちまったし教会がやってる酷え所業も知っちまった。何とかしてやりたいって思っちまったけど実はあんたらのことを何も知らねえ。だから俺はあそこで俺の知ってる教会の凶行を説明してあんたらの話を聞きたかったんだ。ここの貧民街の連中がどんな奴らなのか。あんたらにやる気があるのかないのか。だから俺は最初っから全部直球で質問してたし答えてたつもりだ」


 シモンは静かに聞いている。


「あんたがキールや俺たちのことをもっとよく知りたいっていうのも全く分からない訳じゃないしそれに応じもした。だけどな、俺が聞いてたのはもっと単純なことだったはずだ。自分達の子供たちが攫われた、とんでもねえ酷い目に合ってる。助けてやりたい、そう感じて憤るのはそんなにおかしいのか?」


 俺の問い掛けにシモンが微かに顔を歪ませた。


「ある事情でこのあゆみが教会で行われた凶行を見ちまった。その話を聞いて俺もキールも我慢できなかった。そこにいるバッカスだって別に俺たちが頼まなくたって事情を知ってれば勝手に動いただろ」


 俺の言葉にバッカスがプイッと横を向く。

 俺の言葉には何かシモンの心に触れる物があったらしく、少しショックを受けた様子で小さく目を見張った。


「沢山の人間の命の責任を負ってる? そんなのは分かってるよ。だけどな、どんな立場があってもそれとは別に自分自身の憤る心ってのは普通抑えられねえもんだろ。長やってるあんたらがこんな時でさえそれを周りに見せられないってのはもうすでにそれだけで変じゃねえか? 俺としては逆にそこは乗るにしろ反るにしろ責任を負っているからこそ覚悟を見せて欲しいって思ってた。そんな覚悟ひとつで凶事に真っすぐ向き合うのも責任を負う者の態度じゃねえのか?」 


 俺の言葉が届いているのか届いていないのか、いつの間にか無表情になっていたシモンはしばらくそのまま考え込んでいたがゆっくりと視線をキールに移して静かに問いかけた。


「キーロン殿下。あなたは彼に同意されるのですか?」


 キールは別段気構えた様子もなく頷いて答える。


「ネロは俺が選んだ俺の秘書官だ。この件は全てこいつらに任せている。それが任せられないなら最初っから秘書官には指名してない。こいつがやっていること、言っていることは全て俺が自分でやりたくてもやりきれないことだと思ってもらって構わない」

「そうですか」


 それを聞いたシモンは至極事務的に返事を返した後、口の端で小さく笑った。


「私はどうやらすっかり忘れていたようですね。若いということがどういうことだったのか」


 俺は一瞬何をいわれたのか分からなくて反応し損ねた。そんな俺をシモンはまるで小さな子供でも見るような慈愛に満ちた目で見返し、そしてキールや部屋にいる人間を一人一人見回していく。


「あなた方は皆若い。若くて力に満ち溢れていて愚かでそして素晴らしく前向きだ。恐怖も不安も諦めも全てをその若さが押さえつけている」


「なんだよ、俺らが馬鹿だって言いたいのか?」


 バカにされた気がした俺は思わず乱暴に言い返す。だがシモンはそれを静かに首を振って否定した。


「違いますよ。単にあなた方は皆若いという至極単純な事実を思い出したということです」


 小さく頭を振ってシモンが答えた。


「ネロさん、あなたの言葉は何も間違ってはいない。ただ私には思っていても到底口に出して言えない、そんな理想論なのですよ」


 そこで小さく吐息を吐く。俺にしてみればどう考えても褒められている気はしないのだがシモンは少し羨望の混じる視線で俺を見返してくる。


「ネロさん。ひとつあなたに謝らなければなりません。私は確かにあなたを誤解していました。その無邪気な猫の見た目と辛辣な口調、熱の乗った一言一言」


 言葉を切ったシモンの瞳にスッと一条の鋭い嫌悪が走る。


「貧民街で私たち三人を前に演説を始めたあなたは、私にはまるでよくできた扇動者のように見えたのですよ」


 シモンの厳しい視線に一瞬たじろいだがすぐにあることに気づいて聞いてみた。


「ちょっと待った。あんたいったいなん歳なんだ?」


 途端シモンはいままで通りつかみどころのない笑顔を浮かべる。

 

「ネロさん、それは星に歳を聞くようなものですよ」


 ちくしょう、やっぱりこいつはいけ好かない。


「もしかして怒らせてしまいましたか?」


 俺の顔色を読んでシモンが茶目っ気たっぷりに聞いてきた。今着ている婦人物の衣服のせいもあってやけに色っぽく見える。つい視線を外してしまって余計腹が立つ。

 そんな俺に思いのほか素直な声音でシモンが続けた。


「あなたも私のことを色々誤解している気がしますよ。私は別にあなたをからかっているわけではありません。それどころか、もしかすると私は少しばかり羨ましいのかもしれない」


 最後はまるで独り言のようにシモンが呟いた。


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お読みいただきありがとうございました。
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