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3 厨房

「テリースさん、あの、これ本当に厨房なんですか?」

「ええ、そうですよ?」


 テリースさんに連れられた厨房で、私はその場で絶句してた。

 無理だ。私にここで料理を作るなんて出来ない。


「やっぱりな」


 無言で立ち止まってしまった私をよそに、黒猫君は驚きもなく部屋に入ってくけど。


「だって、これ、暖炉しかないじゃないですか」

「夏はきつそうだな」

「え?」


 厨房の片方の壁の半分くらいを占める大きな暖炉の周りを黒猫君が歩き回る。


「水場はどこだ?」

「こちらです」


 見せられたのは厨房の外にある井戸と、桶、そして厨房の端に備え付けられてる大きな(たる)だった。この樽、私が丸々入りそう。

 すぐ横には小さな流しが付いてる。と言っても煉瓦の排水溝みたいな感じだけど。


「ここで洗うと。調理器具と食器は?」

「この棚の中です」

「あゆみ順番に開けてって」


 黒猫君に言われて戸棚を端から開けていく。天井まで続く棚の中には大量の食器が入っていたり、カップやスープ皿が並んでたり、パイ皿が並んだりしていた。他にも私の肩幅くらいありそうなフライパンとか大きな串とか、どうやって使っていいのか分からない器具が多い。


「食材はどうしてるんだ?」

「基本的には近くの農場から仕入れています。あとは近所のパン工房に勤めている方のご厚意で格安でパンを分けてもらっています」

「今日は何人分作る必要がある?」

「今は大体毎日十人分くらいですね」


 じゅ、十人、ちがう、私と黒猫君が増えるから十二人?!

 そんな大量の料理なんて作ったことないよ、私。

 私が声を上げる間もなく、黒猫君が気負いなく返事を返す。


「そんな物か。あと院長のあのウイスキー、まだ結構残ってると思うか?」

「……医療に使うという名目で箱買いしてましたね。多分まだ2ダースくらいはあると思いますよ。他にもワインはここの辺りでは安いので結構食糧庫に残っています」

「食糧庫に保存食は?」

「……そろそろ底を突いています」


 困った顔で返答したテリースさんを、黒猫君が金色の猫の目でギロリと睨む。


「お前ら、俺たちにこの火の車の厨房をなんとかしろってことだな」

「まあ、そういうことです。ただ、どうにもならなくても誰も文句を言う人はいないでしょう」


 気まずそうに顔を少し背けながらテリースさんが歯切れの悪い答えを返した。


 なんか二人で話して二人で納得してるようですが。働くの私なんですけど。


「黒猫君、ちょっと聞いて? これ無理っぽいんだけど」

「大丈夫だ。何とかできる」


 私の言葉に重ねるようにして黒猫君が答える。

 それを聞いたテリースさんは、私達の視線を避けるように厨房の扉に向かった。


「それでは私は兵舎に戻りますからあとはよろしくお願いします。今日の食材はもう食糧庫に入ってると思いますよ。パンは夕食時に届けてくれます。夕食は五の鐘が鳴る頃、今から大体鐘六つ分ほど時間があります」

「お昼は?」

「今日は抜きですね。近所の女性で手が空く方がいらっしゃらなかったのでしょう」

「それ、今までいつもそうだったんですか」

「そうですね。ご厚意ですから無理は言えません」


 うわ、そんなんじゃご厚意がなくなった途端飢え死んじゃうんじゃないの?


「分かったかあゆみ、色々考えないと大変そうだぞ」

「そうみたい……だね」


 ちょっと思案顔だった黒猫君が出ていこうとしてたテリースさんを呼び止める。


「テリース、明日あんたが兵舎に行く前に俺と一緒にその食料を手に入れている農家に行ってくれないか?」

「構いませんが朝はかなり早いですよ」

「それは仕方ねーな」


 冷めた話し方をする割には心配そうにこちらをチロチロ見ながら、テリースさんは兵舎に戻っていった。


「ねえ、ほんとに黒猫君、これどう考えても無理くない?」


 テリースさんがいなくなったところで、改めてそう自己申告した私に、テーブルに乗ってた黒猫君がさも呆れた声で返してくる。


「お前な。今まで生活かけて働いたことないだろ」

「え?」

「本気で仕事欲しかったらノーは言えないの。まずはどうするか自分で考えて、出来ることをするんだよ」


 そう言って尻尾で叩かれた。


「まずは食糧庫だな」


 そう言って私を置いてさっさと行ってしまう。


 黒猫君を追いかけて行って食糧庫に入ると、なんとも言えないツンとした匂いが鼻をついた。


「なんか臭くない?」

「保存食があった時の名残だろう。とっとと貯めこまないとマズいな」


 何を言ってるんだろう。


「ほらあゆみ、そっちにある『今日の食材』の上に乗ってる布巾を外してみろ」


 言われるままにそれを外すと、そこには申し訳程度の野菜が入っていた。


「これ……十人分はないよね?」

「ないな。まあこんなことだろうとは思ったけどな」


 ハーっと猫のくせに太いため息をついた。


「多分ここはもう閉める寸前なんだろう。食い物が尽きて、周りの善意も食いつくして、もうにっちもさっちも行かなくなってる。要はお前に部屋は提供できるが食い物は自分で考えてくれってことだ」


 そうだったのか。

 私の考えはかなり甘かったのかな。善意って言ってくれたものが全部もらえると単純に信じてた。


「ここの鐘一つは大体一時間らしい。今から六時間後には食い物を作らないと、十人丸々夕飯抜きだ。それをこれからなんとかしなくちゃならない」

「うわ、それ無理でしょ」

「だーかーらー! 『無理』言わない! 無理って言って逃げてもしょうがねーんだよ。やるしかないの」


 押し切るようにそう言った黒猫君は、食糧庫の中をぴょんぴょんと跳ねながら空の棚を渡り歩いて室内を見分していく。


「あゆみ、ちょっとこっち来い」


 声のするほうに歩いていくと、黒猫君の目の前に半分ほど空の大きな袋があった。


「開けてみてくれ」


 なにが出てくるかちょっと怖かったけど、仕方ないので壁に寄りかかりながら屈んで袋を開ける。取り合えず何も飛び出しては来なかった。中を覗くと中身はどうやら種みたいだ。


「なんか種みたい」

「一握り出してみてくれ」


 言われた通り出して見せると、黒猫君が顔を寄せてスンスンと匂いを嗅ぐ。


「異世界なんだから確かなことは言えないが麦科の穀物だな。臼で引けば粉になる」


 臼って聞いたことはあっても使ったことなんてないぞ。


「これは腐らないからまずはキッチンに運びたい。そうだな、あゆみのその足でも物が運べる方法をまずは考えないとな」


 独りで決めて、こちらも振り返らず厨房へと戻ってく黒猫君の後ろを、私はただトボトボとついていくよりなかった。

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お読みいただきありがとうございました。
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