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異世界で黒猫君とマッタリ行きたい  作者: こみあ
第8章 ナンシー
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46 シモン

「お前ら本当にもったいねえ事したのな」

「言わせてもらえれば私は公平にこの街の警らを勤めていただけだ。決してアレの栽培を中止させることが目的でここに来ていたわけではない」


 貧民街からの帰り道、俺はブチブチとヴィクに文句を垂れていた。

 あの後畑を見に行ってその惨状を目の当たりにした俺はかなり機嫌が悪い。

 こいつら目に付くテンサイは全部引っこ抜いて処分しちまったらしい。畑の横に干上がった葉がまだいくつか落ちていた。

 お陰で今残っているのはほんのわずかで分けてもらうのも気が引けるほどだった。


「それにしたって食い物を無駄にするのは最悪だ。せめて教会に引き渡して値引きさせるとかできなかったのか?」

「私だって決して教会に賛同しているわけじゃないのですよ、どうしてあの者共の利益につながるようなことをしなければならない?」

「おや、兵舎でみなさんが召し上がっていたのではないのですか?」


 今度は一緒に歩いていたシモンが面白がって口を挟む。


「一度破棄すると言って貧民から取り上げた物に手を付けるほど我々は落ちぶれてないぞ」


 そういってヴィクがシモンを睨み返した。

 シモンもベールの間から目を輝かせてヴィクを見返している。

 エルフの格好で街を抜けるのは悪目立ちするということでシモンは芝居小屋の奴らから借りてきた衣装を身にまとっている。

 頭をすっぽりと隠すベールで金の髪と尖った耳を隠し、平民の姿でベールは目立ちすぎるので服装も少し裕福な婦人物に着替えていた。立ち居振る舞いがしなやかなシモンはその格好でも全く違和感がない。

 片手には俺が買い取ったテンサイと少量の他の野菜が入った袋が下げられていた。

 二人の間の緊張した空気に嫌気を覚えながら俺は話の論点を元に戻す。


「そんなことよりどこにそのテンサイを破棄したかが問題だ。あの畑の辺りってのが本当だとするともう手遅れだろうな」


 俺はため息をつきながらヴィクを見上げた。

 ヴィクが言うには軍が貧民街から没収したテンサイは全て切り刻んで裏の畑の辺りに破棄したという。

 昨日はまさかこんな事になっているとは思っていなかったので俺もテンサイが混じっていたかどうかまでは思い出せない。

 だが相手はあゆみの力だ、まず間違いなくテンサイを無駄にするような事にはなってない気がする。


「昨日は夕食に必要な物だけ収穫してたようだしまだ気づかれてないかもしれませんよ」


 そうだといいんだが。

 まずキールとこの問題を話し合う前に問題の大元がすでに兵舎で育っちまってるってのがマズいだろ。

 しかも既に普通のビーツと間違えて収穫されてる可能性もある。もし普通に調理されているならまだしもそのまま馬にでも与えられてたらもう目も当てられない。

 歩きながら俺とヴィクが話している内容は理解できないはずなのだが、それでもシモンはしっかり俺達の話に聞き耳を立てているようだ。そんなシモンを嫌そうに横目で見ながらヴィクが思い出した様に付け足した。


「大体君たちもあんな目立つところで栽培しなければいいものを」

「警らをしていた君が言うのかい? あんな奥深くまでわざわざ見回りに来る警らなんて今までいなかったからねぇ」

「それは君たちのところの子供がスリを働いたのを見つけてしまったのだからしょうがない」

「ヴィクお前本当に仕事熱心だな。そんな事だと周りに嫌われるぞ」


 思わず言ってしまった俺にヴィクがへそを曲げてプイッと顔を背けた。


「ほっといてくれ」


 あの後周りの話を聞いているうちに気が付いたのだが、どうにもこのテンサイの件は他の兵士たちも知っていたようで、それでもなお普段は軍からもお目こぼしされていたようだ。

 にもかかわらず、真面目すぎるヴィクが貧民街の警らに回った事で起きてしまった不幸な事故といったところだろう。それで折角育てたテンサイを奪われた貧民街の奴らにしてみれば災難もいいところだが。

 拗ねているヴィクは放っておいてシモンに向き直る。


「シモン、あんたもわかってるだろうがこいつだって仕事でやったことだしあまり個人攻撃はするなよ。兵舎に戻ったらこいつだってまたいち兵士に戻らざるを得ないんだからな」

「わかってますよ」


 シモンはどうも口で言うほどヴィクに反感はないらしくただ静かにそう答えた。




 無事兵舎に戻った俺は、シモンの事は一旦ヴィクに任せてまずはあゆみたちの様子を見ようと自分たちの部屋に戻ってきた。

 だが開いていたドアの隙間から中を覗き込んだ俺は一瞬言葉もなくその場で立ち尽くした。


「……おいあゆみ、これどうしたんだ?」

「あ、黒猫君おかえり。こ、これはちょっと失敗しちゃって」


 そういって床に横座りしているあゆみの周りは部屋中水浸しで下の部屋にしみてっちまってそうだ。部屋には布の切れ端でせっせと水を拭き取ってるあゆみしかおらず子どもたちの姿はない。


「ビーノたちはどうしたんだ?」

「下に桶とボロ切れの換えがないか聞きに行ってもらったの」

「……また水魔法でやらかしたのか?」


 俺がドアのところから猫の身体を乗り出して被害状況を確認し、あの日の昼の惨事を思い返して尋ねるとあゆみが気まずそうにあさっての方向を見ながら答える。


「えっと今回は違う、かな?」


 水浸しの部分を避けながらソファーまで飛び跳ねていくと、テーブルとソファーが何か布の包で溢れかえっているのが目に入った。


「それになんだこれ?」

「あ! だめ! それ触っちゃ!」


 思わずそれに向かって前足を伸ばしかけていた俺にあゆみが慌てて制止の言葉をかける。

 目の前の包みの一つをつつく直前に掛けられたあゆみの声で俺がその場で固まると、あゆみが見る見る顔色を悪くしながらしどろもどろに説明を始めた。


「ち、ちゃんと調節しながら作ったつもりだったんだけどね、思ったより簡単に紙が外れて抜けちゃうみたいで。だから気を付けて扱わないと危ないんだよね。それでビーノ君たちだけで部屋から出してもらうわけにも行かなくてこのままになっちゃってるんだけど」


 俺はあゆみにゆっくりと向き直ってじっとりとあゆみの顔を見やる。


「……説明してくれるんだよな?」


 俺の短い追及の言葉にあゆみが少し途方に暮れた様子でこちらを見返した。


「あー、うん。でもまずはもう少し人を呼んできてこれを先にどこか安全な場所に移動して欲しい……かな?」

「……待ってろ」


 俺の短い答えは自分の耳にもやけに疲れて聞こえた。あゆみが申し訳なさそうに縮こまる。

 仕方ない。確かにこれは後片付けの方が先のようだ。

 俺は下の階のやつに声をかけつつ、独身寮になっている別棟までいって猫の姿の俺にビビる新兵を適当に丸め込んで部屋の手伝いへと向かわせた。


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お読みいただきありがとうございました。
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