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異世界で黒猫君とマッタリ行きたい  作者: こみあ
第8章 ナンシー
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45 黒猫君の説得

「では猫のあなた。お名前は教えていただけるのでしょうか?」


 そういって周囲の視線を全く気にせずにまっすぐ俺を見つめる目の前のエルフはどこかテリースを思い出させた。金色のサラサラと流れ落ちる髪を腰の辺りまで伸ばし、薄汚れてはいるがテリースが着ていたのによく似た白いローブを着ている。テリース同様に澄んだ翠色の瞳は今静かに輝いていた。顔立ちはテリースに比べやや男らしく頬骨と額が張り出している。


「俺の名はネロだ」

「……失礼ですがそれは本名ですか?」

「いや。通り名だ。本名を言う必要があるのか?」


 あえて古い名前をここでいう気にもなれずそう答えると、目の前のエルフは別段気を悪くする様子もなく小さく肩をすくめた。


「いえ、ちょっと興味を惹かれただけです。私はシモン。ここの街に囚われたエルフの民を率いています。ここに留まることになったのも何かの縁。今はこの二人とともにこの貧民街を少しでも生きやすくするお手伝いをしています」

「待て。その言いようだとあなた達は自分たちの事を貧民だとは思っていないということか?」


 ヴィクが少し驚いてシモンに尋ねた。


「それは馬にお前は人の乗り物であると思うかと尋ねるようなものですよ。主観の違いと申しておきましょう」


 うへえ。ここのエルフはこの手か。理屈くさいタイプは苦手なんだが。

 ヴィクを適当にあしらったシモンが改めて俺に向き直る。


「では改めましてネロさん。我々に義を説くだけの教養がおありの貴方にならば、マーティンの先ほどの答えがここをまとめる者としては模範的な解答なのはご理解いただけると思います。例え命の価値が低いとされる我々でもその一つ一つには我々なりの価値がある。そんな基本的な生きる権利さえ国に認められていない我々が権利の主たる教会に楯突くという事はここにいる民全てを一握りの命と引き換えに危険に晒すという事なのですよ。数匹の迷える子羊を救うために群れ全てを危険に晒すような者は群れを率いる資格はありません。違いますか?」


 静かな声で淡々と俺を諭すように話し続けたシモンはこの場に不釣り合いなほど穏やかな瞳で俺を射抜く。

 チクショウ。こいつ、俺の一番苦手なタイプだ。返す言葉がまるっきり見つからねえ。

 俺が言葉に詰まって押し黙っていると突然横からヴィクが口を挟んだ。


「例え群れを率いるものとして軽々しく口にできることでは無いにしてもそれを嘆くことも憤ることもせず俯瞰し続けるような者が率いる群れはいずれ淘汰されるだろう。少なくともキーロン隊長は……キーロン殿下はそのような時に誰かを見捨てる方ではない」


 ハッキリと言い返したヴィクに一瞬呆気にとられたがすぐに納得した。

 ああ。そうか。

 俺に言葉がなくヴィクにあるのはヴィクにはキールという統率者への絶対的な信頼があるからなんだな。


 いくら俺がキールという男の人間性を認め尊敬しつるんでいても、こいつの持つような絶対の信頼をキールに向けることは出来ないだろう。そのヴィクの姿勢は俺から見ると少し危うく見え、また同時に羨ましくも思えた。

 ヴィクの答えに、今日出会って初めて興味深そうな輝きを瞳に浮かべたシモンが薄く微笑みながら問い返してきた。


「私はそのキーロン殿下とは個人的な面識がありません。宜しければもう少しそちらの情報を開示していただけるとこちらも答えが変わるかもしれないと思うのですが」


 こいつの言い分はもっともなんだがこいつに言われるとなぜかいいようにあしらわれている気がして腹が立つ。


「元々もっと突っ込んだ話もするつもりで来てたんだがな。あんたらに自分たちのガキを守る覚悟もないのに話しても所詮無駄に終わるだろう」

「お前に何が分かる?」


 椅子に沈み込んでいたマーティンが顔もあげずに周りの者を震え上がらせるような低い怒りのこもった声で唸った。


「俺たちが毎日どんな思いでガキどもを生き延びさせてると……」

「あんたが奴隷に落ちたやつらを守ってるって話しか?」


 マーティンの言葉が終わらないうちに切り出した俺の言葉にマーティンが少し驚いた顔でこちらを振り向いた。


「何でそんな事お前が知ってる?」

「一度あんたとは会ってるからな」


 そう、俺はこいつを知っている。

 なぜならこのマーティンという男はいつぞやの奴隷市で声をかけてきた男だったからだ。


「覚えてないか? 片足の女を抱えて奴隷市を見てた俺たちに声かけてきただろう」

「は? あ! あの時の……ってあれは普通の人間だっただろ」

「それが俺だよって言っても信じられねえか」


 そういって自分の手を見た。今の俺じゃあゆみを抱えるどころか今朝みたいに抱えられて撫で回されるのが関の山だ。早いところもとに戻りたい。


「まあハイそうですかとは納得できんな」


 案の定マーティンがこちらを胡散臭そうに見つめてる。それとは別にゴーティが顎ヒゲを掴んで固まっていた。


「まあそいつは今は置いとくとしてだな。あんたがあの奴隷市を取りまとめてることも、食いつめた貧民が奴隷におちても最低限ひどい扱いを受けない様に裏で面倒見てくれてるのもアルディが調べて教えてくれたよ。だけどな」


 俺はそこで言葉を切って息を吸い込んだ。猫の体でも下腹に力入れるには息継ぎが必要だ。

 マーティンを睨むようにして腹に力を込めて先を続ける。


「言わせてもらうがな。いつまでそうやって受け身を続けるつもりだ? いい奴に買われていけばいい? 冗談じゃない。奴隷として売られたからにはそいつらがどんな扱いを受けるかあんただってわかってるだろう」


 今度はゴーティを見る。


「食い詰めるよりはいいか? かもしれねえな。だけどな、だからってそこで諦めるならあんた等はいつまでも底辺で搾取され続けるぞ。人間なんて俗なもんだ。弱いと見れば付け入ってくる。最低限の自分を守るにはただ耐えるだけじゃダメだろ。戦えよ」

「そんな簡単に言うがな……」


 マーティンが文句をいおうとするのを遮って先を続けた。


「簡単じゃねえのは知ってる。だが『ウイスキーの街』の貧民街の奴らはもう少し骨があったぞ。俺たちの居場所を取り囲んで交渉に来た。ダーレンの奴なんか最初は多分俺らを力づくで説得するつもりだったんじゃねえか?」


 俺の話にピクリと片眉を上げてマーティンが反応を返してきた。


「お前、ダーレンってまさか貧民街を纏めてるダーレンの事か?」

「あ? ああ多分同じダーレンだ」


 途端マーティンが少しばかり顔を歪ませる。


「あいつ、そんな無茶を。教会と軍にだけは楯突くなってあれほど言っておいたのに」

「あいつはちゃんと相手を見てたんじゃないか?」


 俺はマーティンの問いかける眼差しに言葉を続けた。


「キールはあの街で皇太子の名のもとに街の統治を宣言した。閉鎖されていた街の中で物資が不足し高騰していた物価を私財を投げ打って安定させ市場に食料を戻した。街は活気が戻り貧民もその名前を台帳に載せる権利を獲得した」

「だ、台帳に!?」

「そ、それは本当か!?」


 2人の目の色が変わった。シモンでさえその瞳に光をたたえてこちらをジッと見てる。

 やっぱりこれは大きいんだな。あゆみ、悪い。また忙しくなりそうだ。


「ああ。キールはここでも教会の不可侵の原則を破棄して改革を俺に約束してくれた。奴隷制度の改善も約束している」


 それをやるのは俺とあゆみらしいが。それを考えると頭が痛いが今はそれどころじゃない。


「お前らはどうなんだ? このままでいいのか? 訴えもせず、ダラダラと摂取されるだけの生き方を続けるのか? それとも自分たちの権利を自分たちで勝ち取るのか?」


 唸るマーティンを見つめて俺は続けた。


「戦いってのは別に力だけでするもんじゃねえ。力の前に言葉だ。言わなきゃ通じねえ。拳に物言わせて周りを変えてきた俺が言っても信憑性がねえが本当に物事を変えるには拳じゃどうにもならねえ。俺はキールに言いたいこと言ってきた。あいつは聞いてくれる。お前らも言うことがあるんじゃないのか?」


 俺の言葉を追うように静かだったシモンが突然口を開いた。


「ネロさん。あなたは言葉に力を乗せることをご存知のようだ。ご覧なさい。この二人は今、あなたの言葉ですっかり舞い上がっている」


 そこでスッと目を細めて続ける。


「でもだからこそここで結論を出す事を禁じます。マーティン、ゴーティ、いいですね」


 シモンの採決をくだすような冷たく厳しい声音に、俺の尽くした言葉でやっと少しこちらに乗ってきていた二人が冷水を浴びせかけられたような顔で俺とシモンを交互に見る。

 そこでシモンがふっと息を吐いて続ける。


「けれどネロさん、私は別にあなたの意見を否定しようというつもりはありません。ただ自分で見ないものを人の話だけで判断するような愚行は犯したくないだけです」


 そういってシモンはその綺麗な口元を小さく緩めた。


「いいでしょう。ネロさんのおっしゃるっ事をどこまで信じるか。我々がどのように答えを出すか。それを見極めるために私は直接そのキーロン殿下にお会いしたいと思います。叶えていただけますでしょうか?」

「それは構わないが。いつ?」

「今からですよ。善は急げ、時は金なり。先にこの二人と少し話し合いますからお待ちいただくことになりますがいいでしょうか」


 そういいながらも残りの二人を促して立ち上がる。俺はすかさずマーティンに声を掛けた。


「おいマーティン。一つお願いできないか?あんたんとこの畑を見せてくれ」

「ああ!? なんだやっぱり取り締まろうってのか」


 いきり立ちそうになるマーティンに俺が猫の尻尾を振って否定しながら言葉を続ける。


「そうじゃない。出来ればテンサイを少し分けてもらえねえか?」

「ネロ殿! いくら私が非番でもそんな犯罪の片棒を担ぐつもりはありませんよ!」


 今度はヴィクがいきり立つ。参ったな。


「おい、俺一応その法律を変えるだけの立場につくはずだと思うんだけど?」

「そ、そうだとしてもまだキーロン殿下は戴冠されてないのですから」

「固いこと言うなよ。何だったらあのシモンってやつに持ってもらえばいいだろ、だったらお前は直接関係ない」


 俺達のやり取りを興味深そうに聞いていたシモンが静かに頷いた。


「そういう事でしたらどうぞ。そこにいる者に声をかけてください。少量でしたら無料でお分けしますよ」

「やめてくれ、あんたに借りなんか作ったらあとが怖い。しっかり払うぞ」

「フフフ。君は中々面白い方ですね。そういう事でしたらどうぞご自由に」


 シモンは俺の答えに小さな笑みを返して他の三人と共に部屋を後にした。


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