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異世界で黒猫君とマッタリ行きたい  作者: こみあ
第8章 ナンシー
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44 3人の男たち

「以上が教会の奴らが今君たちのところからさらって行った子供たちに行っている凶行だ」


 3人の男が三人揃って手の中に抱え込んだゴブレットを注視している。

 この酒場は酒場と呼ぶのもおこがましいたまり場に毛が生えたような場所だった。広い食堂が一階にあって水で薄めたワインと水、それに木の実がある程度。椅子もどっから持ってきたのかチグハグでテーブルも大した数はない。

 その一番奥の席に俺たちは陣取っている。


「どうやって俺たちにそれを信じろっていうんだ? 大体あんたはどこのもんだ?」


 最初に立ち直ったのはさっきの大男だった。


「彼の言うとおりだ。我々を陥れる罠でないとどうやって信じろと?」


 追随したのがゴーティと名乗った白ヤギの獣人だった。『アゴ髭』か。ピッタリの名前だ。白く短い毛に覆われた顔には立派な顎ヒゲが胸元まで伸びている。短いながらも黒っぽい角が二本白い頭髪の上に突き出していた。ヴィクは少し居住まいを正して答えた。


「私の名はヴィク。王国軍ナンシー護衛隊に所属してる」

「おっま! あのヴィクか!?」


 突然大男が半分椅子から腰を上げた。だがヴィクはそれを見ても冷静に答える。


「慌てるな、今日は非番だ。取り締まりに来たわけじゃない」

「何言ってやがる、お前のおかげでどんだけ畑をなくしたか!」

「アレの非合法な栽培は禁止されている」

「我々が法律の外にいるのは生まれつきですよ。我々を守ってもくれない法律に従う必要がどこにあるんですか?」

「この街に住む以上法律は君たちにも課せられる。とは言え今日はそんな話をしに来たわけじゃない」


 完全に平行線なのは分かり切っているのかヴィクは小さくため息をついて3人を見返す。

 このまま話し合いが膠着しちまったんじゃ話にならないんだよ。

 俺は思い切ってヴィクに質問を始めた。


「おいヴィク、アレってなんだ?」

「ぁあ!?」


 俺の突然の介入に残りの3人がビクンと顔を上げた。


「お、おい、何だその猫は? なぜ喋る?」

「なんですか? 新手の魔道具ですか!?」

「…………」


 ヴィクのすぐ横の椅子に座っていた俺は相手の反応お構いなしにテーブルに飛び乗り、片方の前足を上げた。


「ヨッ。俺は見ての通りの猫だ。訳あってビーノ達を教会から引っ張り出しちまったのは俺だ。だからここに様子を見にきた」

「猫? 何で普通の猫が喋る?」

「中身が人間だからさ。事情があってこの体に入っちまった。普段はもう少し人っぽい姿なんだがビーノ達を連れ出したおかげで教会に睨まれててな。仕方なくこの格好で来た」

「この格好でってあなた、そんな自由に人型と原種型を行き来できるんですか?」


 ゴーティが驚いて尋ねてきた。


「んあ? いや自由ってほどじゃないがある手順を踏めば一日はこの姿だ」

「そんなバカな。原種返りの技は今や狼人族にしか受け継がれていないはず」

「ああ、これ原種返りっていうのか。確かにバッカスたちのと似てるもんな」

「バッカス? バッカスってまさか狼人族のバッカスをご存知なんですか?」

「おお? お前こそバッカスを知ってるのか?」

「ええもちろん。この辺りの獣人は繋がりがありますからね」

「アイツももうすぐくるぞ」

「……え?」

「その話の前に。ヴィクの普段の仕事があんたらの警戒心を刺激したのは分かるが、こいつだってそれを押して今日は非番の日なのに俺に付き合ってここまで来てくれたんだ。そこのところは理解してやって欲しい」

「それで何で猫のお前がこいつと繋がってるんだ?」


 不審そうに大男がこちらを問いただす。どう説明したもんか。


「あんたら新しく皇太子になったキールの事は知ってるのか?」

「もちろんだ。この街の護衛隊の元隊長、今はキーロン殿下になっちまったがな。偉ぶらずに公正に俺らのことも気に掛けてくれてた気持ちのいい奴だ」


 キールの野郎、どこ行っても人気でちょっとムカつく。


「ああ、俺はそのキールに命を救われてその縁で今はあいつの為に働いてる」

「じゃあ兵士か?」

「いや俺はどちらかというと役人だな。っていうかもうキールの個人的な小間使いってのが一番正しいよな?」


 そういって俺がヴィクの顔を見上げるとヴィクが苦笑いしながら答えた。


「いいえて妙ですね」

「だろ?」


 ニヤッと笑って残りの3人を見る。


「キールも今回の教会の件を知っている。対応も検討中だ。だが俺としてはキールが何かしらの行動を起こす前にあんたらの話も聞きたいと思ったんだ。で、話は戻るがアレつうのは何だヴィク?」


 俺の質問にヴィクが律義に説明を始めた。


「テンサイですよ」

「テンサイ?」

「ご存知ありませんか? ビーツの一種なんですが」

「え? シュガー・ビーツか!?」

「その呼び名は知りませんが」

「砂糖を作る原料じゃないのか?」

「はい、まあ」


 すげえ。それが本当なら砂糖作り放題じゃねえか!

 だが待てよ……


「何でそんなものをお前らが取り締まるんだ?」

「そ、それはテンサイが教会に帰属するからです」

「はぁあ?」


 思いもしない答えに変な声が漏れた。

 それにヴィクがよどみなく、しかし嫌そうに答え始めた。


「……テンサイは初代王が教会にのみ伝えた祝福だとされています。中央政府もこの慣例にのっとって砂糖の販売を教会にのみ許可してきました。教会の外でテンサイを育てるのは法律違反となるのですよ」

「そんなもん他の教会の教義と同じでなんの根拠もない。要は教会が独占販売をキープして美味しい利益を他に取られないための措置だ。砂糖は非常に栄養価の高い食い物だ。貧民の俺達にこそ必要な食いもんだ」


 ヴィクの説明にマーティンが息巻いて反論してるが……


「いや、俺が欲しい」

「ネ、ネロ殿!」


 ついポロッと本音がこぼれてヴィクがたしなめるように声を上げた。

 俺は律義に顔をしかめているヴィクを見上げて先を続けた。


「ヴィク、この件に関しては別途キールと俺が交渉する。俺は砂糖が食いたい。あゆみも食いたがってた。ビーノの野郎、隠してやがったな!」


 それにマーティンが小さく鼻を鳴らして説明してくれる。


「ああ、砂糖は常習性があるから子供にゃやらない事になってる。果物で充分だ。砂糖は一部の肉体労働者や病人向けだ」

「それは……追々話そう。何はともあれそれはヴィクもあんたらも今回の件とは切り離して考えてくれ。一番重要なのはあんたらの子供がまだ大量に教会に捕まっていていつ殺されるか分からない状況に置かれてるってことだ」


 俺の言葉にそれまで饒舌だったマーティンもゴーティも口をつぐんだ。


「おい、お前ら意見はねえのかよ? あんたらの子供だぞ?」


 俺の言葉に二人が顔を見合わせて苦い顔で俯く。

 ボソリとマーティンが無感情な声で話しだした。


「俺らは教会には手を出さねえ」

「はあ?」

「この街のもんは教会には手を出さねえって言ってんだ。あいつらに歯向かっていい事なんかねえんだよ」

「お、お前ら……お前らの子供だぞ? 一人や二人じゃねえんだぞ?」

「ああ。それでもここに残った奴らに比べればほんの一握りだ」

「ええ。それに彼らがまだ生きている保証もありませんし」


 ゴーティまで訳知り顔で頷きながら答える。

 それが俺の苛立ちに火を点けた。


「い、いい加減にしろ! あんたらそれでも大人かよ!? ここの連中まとめるにしちゃあまりに矮小じゃねえか!?」

「おい! 今なんつった?」

「ネロ殿!」


 正直頭のどこかではこいつらの言い分も理解してる。

 だけどまだ俺にはそれにただ諾々と同意するような真似は出来そうもなかった。

 いきり立つマーティンと俺を抑えようとするヴィクを無視して俺は続けた。


「何度でも言ってやるよ。ここでとぐろ巻いて酒飲みながら自分たちの守るべきガキが死んでいくのを指を加えて見てるって言うならお前らは全員ただの卑怯者だ」


 ガタンと怒りに任せて椅子を引き倒してマーティンが立ち上がる。浅黒く小山のような巨体が怒りで赤く変色してる。俺はそれを下から力いっぱい睨めつけた。


「座りなさいマーティン」


 突然静かな声がテーブルに響いた。それは先程から一人ずっと黙り込んでいたエルフの壮年の男性のものだった。聞こえたのか聞こえないのかまだこちらを睨みつけているマーティンに再度静かな声でエルフが続けた。


「マーティン。もういいですよ、怒ったフリは。あなただって分かっているでしょう、彼がいった言葉は何ひとつ間違っていないと」


 エルフの言葉に今度はマーティンが小さく唸り、宙を見上げて引き倒した椅子を元通りにして倒れ込むように座った。食堂に響いたマーティンの唸り声とその巨体を受け止めた椅子が立てる大きな軋む音にそれまでチラチラとこちらの様子を伺っていた周りの客が一斉にこちらに注目した。


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お読みいただきありがとうございました。
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