38 バッカスと交渉
「じゃあ、俺たちにその獣人とエルフの子供を救う手助けをさせたいって事だな?」
「うん」
珍しく静かに説明を聞いていたバッカスが確認するように私に聞いてきたのに頷き返すとバッカスがニヤリと笑って見せる。
「構わねえぞ。獣人の子供の件はもちろん気になるがお前らの頼みで暴れていいってんなら喜んで行く。ただな、だからってあのキールってやつに安く見られるのは癪だ。だからあゆみ、条件つけるぞ。あの街に帰る途中、森に一週間毛づくろいに来るってのでどうだ?」
「いいよ」「だめだ」
私と黒猫君が全く違う答えを返した。驚いて黒猫君の顔を見てしまう。
「黒猫君、何が駄目なの?」
「駄目だ。先に一度町に戻る」
「なんで?」
「なんでってお前! なんででもだっ」
ギロリと私を睨んだ黒猫君がプイッと向こうを向いてしまった。
あ。そっか。「ナンシーから戻ったら言う」んだったね。
「じゃあ、一旦あの街に戻ってからまた森に出向くよ」
「俺と一緒にな」
すかさず黒猫君が付け足した。
因みにただ今私は胡坐をかいてる黒猫君の片足を座布団代わりにさせて頂いてます。
目を覚ましたら既にその状態だったから申し訳ないけどそのまま座らせてもらってる。
「まあ、そうだね、私一人じゃ行くのも大変だし」
「それでいい。じゃあ早速森に……」
「あ、待ってくれバッカス。もう一つ頼みがあるんだ」
話を聞き終わってバッカスが立ち上がろうとするのを黒猫君が制止する。
「ナンシーの街な、農民が殆どいなくなっちまってるんだ。今のウイスキーの街は麦の刈り入れが終わって脱穀と他の農作業で忙しくなっている頃だろうから難しいかもしれないが、出来れば貧民でこの前の農作業を覚えた奴らをしばらくこっちに借り出したい。そこでだな……」
そういって黒猫君が説明を始めた。最初暢気に話を聞いていたバッカスもだんだん顔色をしかめ始める。
「お前ら狼人使いが荒いぞ。」
うん、確かに色々お願いばっかりで申し訳ないよね。
「バッカス、お礼を考えてるんだけどね。ちょっとこの辺に広い空き地ないかな?」
「あ? 確かもう少し下った所にあるけどなんでだよ?」
「黒猫君、そこの太い枝持って一緒に空き地まで行ってくれる?」
手頃そうな枝を指さす私を見て黒猫君、多分私が何するつもりか気が付いたみたい。何も言わずに枝と私を抱えて立ち上がった。
文句を言うバッカスをせっついて空き地まで先導してもらう。
「ここなら十分だな」
「うん。ねえバッカス、ちょっと狼の姿になってみて」
「ああ? これだって疲れるんだぞ?」
何が起きるか分かってないバッカスはグダグダと文句を言いながらでもその場で大きな狼に姿を変えていく。
あれ……?
「ねえ、バッカス。あなた前より大きくなってない?」
「気のせいじゃないのか?」
「いや、俺もそう思う。あゆみ、またお前の影響か?」
「うう、もしかしてもしかするよね。バッカスとは結構一緒にいるし」
「どういう事だ?」
「ああ、あゆみはどうも成長魔法を垂れ流してるらしいんだ。時々周りにあるものが勝手に育つ」
「俺、もう成長期は過ぎてたはずだぞ?」
「俺なんて猫から人に成長してんだからそれくらいなんでもない」
それ成長じゃねえだろってバッカスが呆れてる。
「気を付けろよ、下手すると突然人型にされちまうぞ」
「おい、それはやめろよ。族長がお前みたいな人型に姿かえたらどうなるか分かったもんじゃない」
二人して私をにらんでるけど私にはまるっきり調節ができないんだからにらむだけ無駄だ。
「じゃあ始めるか。バッカス、いいか? これを取ってくるんだ」
そう言って黒猫君が突き出した大きめの枝をつい顔を寄せて匂いを嗅いでしまったバッカスが「え? え?」って顔をしたのと同時に黒猫君がそのままそれを思いっきり遠くに投げ飛ばした。
「え? をぉぉぉぉぉ!」
戸惑ったのは一瞬。本能のままにバッカスが枝を追いかけていく。
「やっぱり行ったね」
「ああ、やっぱり行った」
私と黒猫君は生暖かい目でバッカスの飛び跳ねる尻尾を見送った。
「分かった。これを毎日一人につき20回、1週間で手を打つ」
人間離れした力で枝を投げ飛ばす黒猫君と「とってこい」をしばらく繰り返してたバッカスは、まだゼイゼイと肩で息をつきながら少しばかりバツが悪そうに私達の前に座りこんで交渉しはじめた。でも隠しようもなく尻尾が左右に振れている。
「多分大丈夫だ。新兵の朝練に付け加えてもらえば足りるだろ。因みにお前の今の群れは何人位出せる?」
「女子供を抜いて総勢がいま確か34人だ。元はもっといたんだがな」
バッカスの顔に痛みと寂しさが一瞬射しこんだ。そうだよね。キールさん達同様、バッカス達もたくさんの仲間を失ってるんだよね。それをまたこんな争いに巻き込んでしまうことに胸が痛む。
「ねえ、バッカス。もう人を失いたくないっていうなら断ってくれていいんだよ? 私たち他で何とかする」
「他でなんとかって、宛てはあるのかよ? どうせお前の事だからなんも考えないで言ってるだろう?」
一発で見透かされてしまった。
「あのな、俺たちはお前の家族だろ? 家族が頼みに来たのに断る様な懐の狭い奴は狼人族にはいないぞ? 覚えとけ」
「バッカス……」
バッカスが狼の顔のままその大きな口をニタリと歪ませた。見ようによっては凄く怖い笑顔だけど、本人を知ってる私にはすごく頼もしい。
「ありがとうね。そういってもらえるとほんとうに嬉しい」
「じゃあ、バッカス。今度は元の姿に戻ってみろよ、さっき言ってたの試してみよう」
黒猫君の言葉で思い出した様にバッカスが元の姿に戻っていく。
「あゆみ、こいつに魔術の信号送ってみてくれ」
「え? バッカスに? だってバッカスが狼人族は魔術使えないって言ってたよ?」
「いいからやってみろ」
言われるままに左手を繋いで右手に炎を出してみた。
「ん~? なんだこれ?」
「え? なんか感じるの? だったらそれを自分の右手にツーって流して手のひらからバァーって力出す感じで」
「あゆみ、お前の説明自分の感覚に頼り過ぎで全然意味わかんねーぞ」
「おおお! 出たぞ!」
黒猫君の文句とは裏腹にどうやらバッカスには私の意味がちゃんと通じたみたいで、私のに比べるとかなり小さいながらもバッカスの手のひらの上に間違いなく炎が出現していた。
「おい! 俺、魔法使ってるぞ!?」
「黒猫君、これどういう事?」
驚いて二人で黒猫君を見返したけど黒猫君がらそっけなく答える。
「さあな。原理は俺にだってわからねえ。ただ一つ間違いないのは……」
そこで言葉を切った黒猫君が少しためらいがちに言葉を続けた。
「あゆみの魔力は獣人の生き方を変えちまう可能性があるって事だな」