36 食料
「ひっく、ふぇ、ひっく」
「…………」
「一体どうしたの?」
部屋に戻ってみるとベッドにミッチちゃんとダニエラちゃんが丸くなって泣いてた。
「ほっとけよ。帰ってくる途中ちょっと嫌な事があっただけ」
ビーノ君は不貞腐れてるけど泣いてない。困った顔のヴィクさんが所在なげに椅子に座ってる。
私達の代わりに子供たちを連れ帰ってくれたヴィクさんは心配して私たちが帰ってくるまで残ってくれていたらしい。
その様子を見た黒猫君が私をミッチちゃんたちと同じベッドに降ろしてくれる。黒猫君はビーノ君とソファーに座った。
「それでビーノ、お前が話すか? それともあゆみがあいつらに聞かなきゃダメか?」
ああ、黒猫君容赦ないなぁ。そんな聞き方したらビーノ君自分で説明するしかなくなっちゃうの分かってて言ってるでしょ。案の定不貞腐れてたビーノ君がボツボツとしゃべりだした。
「……兄ちゃんの訓練見た帰りにヴィクさんと歩いてたら後ろから数人の兵士に文句言われた」
「なんて?」
「お前ら貧民街の汚いガキのくせに兄ちゃんたちに引っ付いてこんな所に来るなって。そうでなくても糧食少ないのにお前らに食わせるもんなんか無いって」
「ひどい!」
瞬間的に二人を引っ張って抱き寄せる。
でも私のとっさの反応を見たヴィクさんが肩をすくめる。
「申し訳ないが私もその兵士共に言い返すわけにもいかなくてね。実際この街の食料事情は切迫し始めてるし、今朝ネロ殿がはっきり自分たちの子じゃないって言ってしまったしね」
ヴィクさんの言葉に黒猫君が片手で顔を覆って宙を仰いだ。でも別に黒猫君が悪いとも思えないし、ヴィクさんの話を聞けば一概にその人達の事も責められない。でも……
「そんな事言わせておくのは絶対やだ。黒猫君、食糧、作ろう?」
「お前絶対言うと思ったよ」
黒猫君が少し遠い目をするけど私はそれをいった人たちをただ責めておしまいにするのは嫌だ。実際、食糧事情がひどい状態で自分達が食い扶持を増やしてしまった自覚もある。
だからみんなが嫌な思いしないでいい方法がいい。
「前にトーマスさんの菜園、一気に育っちゃったって言ってたでしょ。だったら今ならちゃんと一区画借りて作ればこの子たちの食料くらい出来るんじゃないかな」
「多分出来る。って言うかそれはどの道やってもらうつもりではあったんだよな。ここの兵舎の食い物ってだけじゃなく。ただ俺が外に出れなくなっちまったのが計算外なだけで」
「え?」
「昨日の件でこの顔が知れちまってるのは間違いないからちょっと市場行ってイモ買ってくるってわけにもいかないだろ?」
「ネロ殿、そんなことなら私が厨房に掛け合ってみてもいいぞ。どの道毎日大量に仕入れているはずだからな」
「じゃあ、ヴィクさんにお願いして一緒に仕入れてもらおうよ。もし必要なら私たちのお金注ぎ込んでもいいんだし」
「そうだな。だが麦の事もあるんだよな。お前の魔法だと育てるのは出来ても収穫は無理だからな」
「そっちは、なんか方法ないの? トラクターみたいな」
「モーターもないのに無理だ。大体刈るだけじゃなくて集める事も考えなきゃいけないしその後モミを外して製粉することも考えなきゃならねえ。麦はもう穂を垂れちまってるしどんなに頑張って北から農民を連れ戻しても間に合わねえ」
モーターか。うーん。
「間に合わないって麦が育ち過ぎちゃうってこと?」
「いや、雨季が来ちまう。麦の穂が長時間雨に濡れれば芽が出てもう使い物にならなくなっちまう」
「え? じゃああんなに生ってたのにあれ全部駄目になるってこと?」
「まあな。それに関してもバッカスとちょっと話し合いたかった」
「狼人族に刈り入れしてもらうの?」
「当たらずとも遠からず。まずはコイツらをちょっと見ててくれ。ヴィク、一緒に来てくれるか? 厨房よってキールに菜園の場所借りてくる」
そういって黒猫君はヴィクさんと慌ただしく部屋を出ていってしまった。
「おいてかれちゃったね」
部屋が突然静かになってしまってキョトンとしてる腕の中の二人にちょっと微笑んで見る。二人共すごい顔。手ぬぐいを引き寄せて水魔法で濡らして拭いてあげる。
「なんで顔ふくの?」
「え? だって泣いた後放っておいたら目の周りとか痛くなっちゃうでしょ」
「うん。泣いたら痛くなる」
「目、顔、痛い、なる」
「だから拭いておくの。そうすると痛くならないでしょ」
「もうちょっと痛いよ」
ああ、手遅れだったか。
「じゃあ今よりは痛くならない」
私はそういって二人の頭を撫でまわした。
「ホントだ。痛いの減った」
「ホント」
「お前ら単純だな」
ビーノ君がソファーから呆れた声でからかう。
「ビーノ君もこっちにおいで。顔拭いたげるから」
「俺はいい」
「良くない。キレイにしようよ。そっちに行って拭いたげたいけど黒猫君が杖をそっちにおいちゃったから自分で来てくれないと拭けないよ」
ビーノ君は一瞬躊躇したみたいだけど黒猫君が座ってたところに置きっぱなしの私の杖を持って子供たちのベッドに来てくれた。
「兄ちゃんこれ姉ちゃんの手元におかなきゃだめだろうに」
「ふふふ。それ多分わざとだよ。私が自分で歩き回ってどっか行っちゃわないようにね。いつもは黒猫君、自分で持ってっちゃうんだけど今回はビーノ君を信用したんだね」
私の言葉にビーノ君がブワッと赤くなった。おお、可愛い。
私は思わず杖を手渡そうとしてたビーノ君の腕を掴んで引っ張り寄せて頭をグチャグチャに撫で回す。ついでに有無を言わさず顔も拭いとく。
「うん。きれいになった。もう汚いガキなんて言わせない。あとで黒猫君とお風呂入って服も替えてもらおうね」
ビーノ君はキッと私を睨んで私の腕を振り払ってソファーに戻った。
「姉ちゃん呑気すぎ。そんなんで貧民が貧民じゃなくなるわけ無いだろ」
「んー、それだけじゃもちろん駄目なのかな。でも外見だって重要だよ? 初めて会う周りの人は君を知らないんだから最初は外見だけで判断するんだし」
そういって。昔をちょっと思い出す。
「お姉ちゃんね、昔すごく変わってたの。人と話せなくて犬と猫とお話してた。でもどうしてもお姉ちゃん、普通にならなきゃいけなくなってね。最初大変だったんだよ。みんな近くにも来てくれないの。だから一生懸命周りの人がどんなことして、どんな話ししてどんな服きてるか勉強したの。みんなが着てる服の絵を描いてみたり、お話をメモに取ったり。話題に上がってるものを真似してみたり。少しづつだけどね、そうしたら周りに人が普通にいるようになったよ。まあお姉ちゃんの場合いるだけで結局自分の心を開かなかったからお友達はできなかったけど」
「……姉ちゃん、ボッチだったのか?」
うわ。ビーノ君の言葉がグサリと胸に刺さった。
私、ボッチだったのか。
うん、周りにいっぱい人はいたけど誰も友達と心から呼べない時点で確かにボッチだ。
「うん、そうだったみたい」
情けない顔でビーノ君を見返したら今度はビーノ君が戻ってきておずおずと私の頭を撫でてくれた。
「兄ちゃんがいるから大丈夫かもしれねえけど俺も友達になってやるから心配するな」
ああああ。
ビーノ君を励ますつもりがビーノ君に励まされてるよ、私。
「ああ、あゆみはボッチだから俺と一緒に慰めてやってくれ」
気がつくと黒猫君がドアのところからニヤニヤしながら見てる。
「ひ、ひどい」
私の文句を完全に無視して黒猫君がこっちに来る。
「菜園は厩の横の空き地を使っていいとさ。厨房もまずはゴミ野菜からもらえるように手配できた。畑はヴィクが新兵に作らせるってさ」
「黒猫君は新兵の皆さんのアイドルだもんね」
すねて嫌味を言う私を関係なく抱き上げながら黒猫君が報告してくれる。
「ビーノ、こいつ連れてしばらく出て来るがお前らだけで大丈夫か? 昼はヴィクが一緒に食堂に行ってくれるって言ってた。ここに迎えに来る。もういなくなろうなんて考えるなよ」
「分かった。おとなしくしてるよ。ボッチの姉ちゃん置き去りにできねえし」
うう。私はボッチで決定らしい。
それでもビーノ君がここに一緒にいることに納得してくれたのはすごく嬉しいからもういいや。
「じゃあ行ってくる」
そういって。黒猫君に連れられて城門を抜けた私たちは街の横の山へと向かった。