35 自己申告
「あ、キール。実は他にもいくつか話し合っておきたいことがある」
話し合いが一段落して立ち上がった私の頬にわざわざ治癒魔法をかけてくれていたキールさんに黒猫君が声を掛けた。
「昨日あんたに腹を割って話せなかった事なんだがな。この件が片付いてからになるだろうが俺もあゆみも覚悟決めてあんたの秘書官とやらの仕事をさせてもらう代わりに、奴隷の待遇を何とか改善する手立てを考えて欲しい」
キールさんがちょっと嬉しそうに私の横に立ってる黒猫君に向き直った。
「続けろ」
「まず、さっきの話の続きだけどな。麦の刈り入れの目処が立たず、食料が確保できず、けど物資ばかり届いて中央との流通が止まっちまった今どうもこの街の中の物価がおかしなことになってる」
黒猫君が一度言葉を止めてアルディさんを見る。
「アルディも見たろ、俺たちをつけて来た時。奴隷市で売られてる奴隷の値段が物価の割に安すぎる」
え?
「しかも奴隷市が静か過ぎだ。買い手は少ないし、商売が動いてなかった。多分このままだと処分が始まっちまう」
え? え?
「現に獣人の子供と身体を欠損している奴隷がかなり痩せていた。多分あいつらから食事を減らされてるんだろ」
「く、黒猫君私そんなの気づかなかった、どうして言ってくれないの!?」
「……あの時いったからって俺たちには何も出来なかっただろ。だから先にキールを巻き込もうって言ったんだ」
そういえば言っていた。黒猫君は私以上に色々見て色々考えてたんだ。
「本当はもう一度市場をみて仕切ってる奴を特定したかったんだがそれはもう俺じゃ無理だな」
「ええ、ネロ君は顔が売れすぎてますから止めて下さい。代わりに私が少し調べましょう」
アルディさんと黒猫君の様子をみたキールさんが一つ頷いて私達に向き直る。
「秘書官の仕事はどの道ここが落ち着かないと何もない。考えようによっちゃ今ここの対応自体が即急に解決する必要がある案件としてお前らの仕事だな。本来秘書官ってのはその王族の施政の方向性や緊急の案件の対応をしてもらう事になる。とは言え、自分たちで全部をやるのではなく上手く人を使うのが通常だ。だが残念なことに俺には使える人手はここにいるしかない」
そう言って両手を広げたキールさんが部屋を見回した。
「この件が一旦落ち着いたら、俺の施政の方向として教会と奴隷制度について表明する事を約束する。ただし、実際にそれを実行させるのはお前らの仕事になるから覚悟しとけ」
「キ、キールさん、それ凄い! もちろん頑張ります!」
キールさんの言葉が私の胸を燃え上がらせた。凄い。私があの子たちを救う手助けを出来るんだ。
どうにかしてほしいと単純に思ってたけど、そうか、私、実際に自分がそれに加われるのか。
「あゆみ、お前また安請け合いして。分かってるのか? こいつは全部俺たちにやらせるつもりなんだぞ?」
「え? そんなの全然かまわないよ。だってやっていいんだよ? あの子たちを連れて帰って来れるかもしれないんだよ? 全員だよ?」
興奮して振り返って言葉を繰り返す私を困った顔で黒猫君が見返してる。そのうち子供をあやすように私の頭を撫で始めた。
「しかたねーな。お前がそういうんならそれでいいか」
「よし。それでネロ、話はそれで全部か?」
「あー、もう一つは別に今もうどうでもいい気もするんだけどな。あゆみも俺も魔術試験の申し込みをしておいたぞ」
「え?」
「はあ?」
「あ? だから魔術試験の申し込みをだな……」
「アルディなぜ目を離した!?」
「なぜ、ってああ! あの時。ネロ君たちが案内所で地図を書き始めた頃、キーロン殿下がそろそろ城主郭から戻られるだろうと一旦南門の兵士の様子を見ていたんですよ」
「おい、なんかマズかったのか?」
「マズいといいますか……」
「本来は俺が裏で終わらすつもりだったんだ。正式に試験の申し込みをしちまったんじゃ手遅れだがな」
「仕方ありません、時間が残ったら僕と試験勉強しましょう」
え? 今の話ってもしかして私と黒猫君に裏口で資格を与えようとしてたって事?
「まあ、結局ネロ君も魔術が使える様になりましたし、固有魔術さえ見られなければ問題ありませんね」
「そういう事だ。決して不用意にばらすなよ」
「あ、す、すいません。もう一つ申告したい事が」
私はおずおずと手を上げて意見を述べる。
「昨日、あのガルマっていう司教長に私たちが違う世界からの転移者だってばれちゃいました」
途端キールさんが厳しい目つきで私の後ろを睨んだ。頭の後ろから小さく「あ、ばか」って黒猫君の声がした。
「ネロ、どういう事だ?」
「あぁ? どういう事ってそういう事だ。ちょっとした俺らの言動でどうも感づかれたらしい」
「やっぱり一緒に教会の中に入るべきでしたね」
「…………」
キールさんとアルディさんの顔が厳しい物になった。
「まあ、いつかはバレる事も考えていたが。バレてしまったものは仕方ないな」
「それもあってネロ君を引き渡せとしつこかったのでしょうね」
「悪い」
「まあもう済んだことです」
そこでエミールさんが静かに呟く。
「でしたらいっそ転移者である事は公にしてしまってはいかがですか? 本来転移者の公的立場はかなり高いのですから」
「それは諸刃の剣ですね。教会は始祖原理主義ですからお二人への執着が今まで以上に高まるでしょう」
「まあ、それも中央政府の出方次第だな。ネロ、バッカスの所には今日行くのか?」
「一旦部屋に戻って子供たちの様子を見てから出来ればそのまま行ってくる」
「じゃあこちらもそろそろ動き出そう」
そういって皆それぞれ目的をもって執務室を後にした。