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異世界で黒猫君とマッタリ行きたい  作者: こみあ
第8章 ナンシー
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34 新たな固有魔法

「あゆみ、本当にもう大丈夫なのか?」

「はい、心配させてしまってすみません。もう大丈夫です」


 黒猫君に抱えられて部屋に入るとすぐにキールさんが声を掛けて来た。本気で心配してくれていたのが分かるキールさんのソワソワしてる様子に私は力なく微笑んでキールさんを見返した。


「私、なんか魔法使っちゃったみたいですね」

「ああ。多分あゆみの別の固有魔法が勝手に発動したみたいだったな。まずは二人共外を見て見ろ」


 え?っと思って黒猫君に抱えてもらったまま窓際に寄ってもらう。


「げ、ここまで影響したか」

「え? えええ?」


 今朝黒猫君がアルディさんと戦ってた訓練場が緑の草原に代わっていた。それだけじゃない。見渡す限り、その先も土の道が全て。でもそれは先に行くほどなんか細くなっている。

 そこで部屋にいなかったアルディさんが息を切らせて戻ってきた。


「確認してきました。この草はどうも真っすぐに領主の館に向かって土の露になっている場所全て覆ってるみたいです。それからもう一方に折れて領主の館と城を繋ぐように一直線に草地が出来上がってます」

「あゆみ、なにか思い当たる事はあるか?」


 アルディさんの言葉にキールさんが少し息をのんで私を見る。

 うん、多分理由ははっきりしてる。


「多分。これからお話しようと思っていた事と関係があるんじゃないかと思います」


 私がそう言って息をつくと黒猫君が椅子に座った。

 でも私を別の椅子に座らせてくれない。


「さっきみたいなことがあるかもしれないから今はここで我慢しろ」


 そういって自分の膝に私を抱え込んでる。

 これはちょっといくら何でも恥ずかしい。恥ずかしくてキールさんを見てアルディさんを見て、二人とも少しも茶化しもせずにその方がいいと頷いてるのを見て諦めた。

 まあ、黒猫君に背中を預ける形で抱えられてるから黒猫君の顔が近距離で見えないだけマシかな。


「さっき私、意識だけが遠くにとんでっちゃったんです。多分黒猫君の言葉で怒りが頂点突き抜けちゃって。気が付いたら見えてたんです」


 そこでちょっと息を吸って気を落ち着ける。キールさんが「遠視の魔術か」って呟いた。そっか遠視っていうんだこれ。


「牢獄らしき部屋がありました。石積みでコケが生えてて多分この執務室くらいのサイズの。窓も明かりもなくて鉄の扉に空いた隙間から差し込む光しかなくて。そこに子供が……50人くらい入れられてて」


 エミールさんが小さな銀製のカップをスッと差し出してくれた。ありがたく受け取ってひとくち口にした。水かと思ったらそれは口当たりの良いワインだった。


「子供たちはさっき黒猫君が説明してた通り身体と首が全く違っていました。皆泣いたり呻いたりしてて。苦しいのと、辛いのと怖いのとで。お風呂どころかトイレもないみたいで」


 カップのワインをもう一口すする。


「そしたら突然ふっともう一か所から呼ばれて。そちらを振り向いたら……」


 覚悟してたのに声が震え始めた。


「黒猫君、ニコイチ、そっちだけじゃなかったの。残った頭と体。獣人の頭とエルフの身体。確かに死んでたけど繋げられてた。まるでおもちゃみたいに」


 私の言葉でキールさんがじっと私を見つめてる。


「広い石柱の並ぶ神殿みたいな部屋にね。みんな座らせられてた。息一つせずに。目も開きっぱなし。所々身体が腐りだしてる子もいて。そこから虫がわいてた」


 それ以上は説明できなかった。声に出すと意識に合った以上にくっきりとその情景が目に浮かんじゃって。


「あゆみ十分だ。アルディ、草地は領主の館から教会に伸びてたって言ってたな」

「はい。今の話ですと教会のどこかに残りの身体を繋ぎ合わせた死体があると考えていいでしょう。ただ死体をなぜそのような状態で座らせていたのか──」

「動いてたんです」


 アルディさんの言葉の途中で私が呟いた。


「あの子たち、まだ動いてるんです。死んでるのに。たまにふらりと立ち上がる子がいて、部屋を出ていくんです」


 黒猫君がビクンと震えた。


「そいつらまさか……」

「以前テリースが見立てたあの連邦の襲撃者に似てるな。死んだ体を操ってる奴がいるのか」


 黒猫君の言葉を引き継ぐようにキールさんが呟く。

 もう思い出すのも辛いけど、私にはもう一つどうしても言わなきゃいけない事が残ってる。


「キールさん、お願いです。教会から残った子供たちを救い出してください。さっきの座ってる子達と同じ部屋に、まだたくさんの子供たちが見えました。全員裸で鎖でひと繋ぎにつながれてて。みんな横になる事も出来なくて」


 思い出したくないけど思い出さなきゃ。あの光景を。


「どの子も凄く痩せちゃってて、床は汚くて、凄く臭くて、みんな泣いてて」


 黒猫君が突然後ろから凄い力で私を抱きしめた。それがあまりにきつくて声が止まった。


「あゆみそこまでだ。もういい」


 黒猫君じゃなくてキールさんがそう答えた。エミールさんが手拭いをくれた。それで自分がぐちゃぐちゃに泣いてるのに気づいた。慌てて手渡された手拭いに顔を埋めた。


「あゆみの遠視はかなり精度が高いようだ。おかげで期せずして領主と教会による虐殺を知ってしまったわけだが。教会は今まで軍も王家も不可侵だった。でも俺はこの話を聞いてそのままにしておくつもりはない。とはいえアルディ、今のこの街の常駐軍の隊長はお前だ。軍の方針はお前が決めろ」

「そんな事いったってどの道巻き込む心づもりですよね、その顔は。どうせ最後は全員ご自分の近衛兵に任命してしまえばいいと思ってらっしゃるでしょう?どうやったって僕らを使う気なんじゃないですか」


 キールさんの静かな言葉にアルディさんは諦め顔で答える。するとキールさんが「物わかりが良くて助かる」と悪い顔で返事する。でもアルディさん、全然嫌そうに見えないよ。


「エミールお前は?」


 キールさんがエミールさんにも意見を聞いた。


「キーロン殿下。僕からももう一つお話しなければいけない事があります。多分殿下もお気づきかもしれませんが」

「やはり領主は……」

「はい」


 二人が何の話をしているのか私には分からないけどキールさんがより深刻な顔で黙り込んでしまった。


「アルディ、近衛兵はあとどれくらいで到着すると思う?」

「明日の夜までには。それで人数的には釣り合います。ただ教会を勘定に入れてませんでしたから、そちらで兵を失うと苦戦しますね」

「おい、ちょっとそっちだけで話してないで俺達にも説明してくれ」


 置いてけぼりの私と同様に黒猫君もみんなの話についていけなかったようでムッとした声が頭の後ろから響いた。


「ああ、申し訳ありません。実はここに到着してすぐ次の日にカールをとんぼ返りで『ウイスキーの街』に送り返したんですよ。あの時点ですでに人手がもっと必要になるのが目に見えてましたから」


 アルディさんが始めた説明をキールさんが補足してくれる。可哀想に、半年ぶりに奥さんに会えたカールさん、そのまま返されちゃったんだ……


「ここに到着してすぐ、領主が俺の名前を使って兵士を動かそうとした事実が判明した。多分北の鉱山に向かわせるか、他の三公との武力抗争に使おうとしたんだろう。だがそれには軍の代理指揮権を掌握しなけりゃならない。それを阻止するためにエミールは俺の代理の権限を証明する指輪を持って行方をくらました。まあ、実際には女の所を泊まり歩てたらしいがな」

「それが一番効果的ですから。なんせ毎日違うお嬢様の家にお邪魔してましたから相手も流石に追い切れなかったでしょう」


 凄い。追跡が追い付かない程色々な女性の所を回れるって。呆れるやら感心するやら。


「しかもこいつは逃げ回った挙句、別件で牢に掴まっちまった。本来ならすぐに素性はばれるはずだったんだが、こいつの素性を見て取れるはずの領主が気づかなかった。俺が領主の館でヤツと顔を突き合わせて、こいつの身柄を軍の方で引き取るといってもまるっきり気づいていない様だった」

「なんで領主がエミールの顔を知ってないとおかしいんだ?」


 そこでエミールさんがニヤリとわらって「僕はモテる男ですからねぇ」とわざとらしく誤魔化した。


「とにかく、その様子からしても残念ながら領主も既に操られている可能性が高い」


 キールさんの一言で、今黒猫君をからかっていたエミールさんの顔が強張った。


「領主直属の兵力と王国警備隊に属するここの護衛騎士団の兵力は通常バランスする様に配備されていた。しかし俺が『ウイスキーの街』に1隊を連れ出しちまったせいでここはいやでもしばらく劣勢を強いられるはずだった。ところが領主はその人数差でこちらを抑えるよりその余剰兵力を使って他の三公を抑える方に力を入れたらしい」

「城門で1隊分の領主直属の兵が時を同じくして街を旅立ったのが確認されています。領主の館に残っていた僕の協力者から聞き出したところによるとその1隊は中央と残りの二公の諜報に出されたそうです」


 すぐにエミールさんが事実を補足する。


「おかげで『ウイスキーの街』から兵を呼び戻せばこちらの方が数の上では優勢となる」


 キールさんが力強くそういうとエミールさんが少し皮肉な笑いを浮かべてキールさんを見返した。


「しかも領主の館の中にはまだ結構な数の僕の協力者がこちらからの連絡を待っていますしね」


 それを聞いた黒猫君が思いついたようにキールさんに話しかける。


「なあキール、だったらバッカスにも協力してもらうか? 教会の方はいっそあいつらの方がいいんじゃないか? 今まで教会に虐げられてた獣人を救うために義憤で立ち上がった狼人族と、それに共感したキーロン殿下が手を取り合ってってな所でどうだ?」


 黒猫君の言葉にキールさんが片眉を上げた。


「悪くないな。でもバッカス達が乗ってくるか?」

「分からねえが話を持ち掛けてもいいと思う。今日にでもちょっと会いに行ってくる」

「じゃあ私も一緒に行くよ」


 バッカスに会うなら私も行きたい。軽くそういった私の後ろから黒猫君のため息が響いた。


「そりゃお前が一緒の方があいつのやる気は上がるだろうけどな、山道だぞ。いいのか?」

「んー、そんなこと言ったってどうせ黒猫君が抱えてくれるんだから大丈夫でしょ」

「俺は知らねえぞ」


 そう言って頭を軽く一度どつかれた。後ろを取られてるから仕返しも出来ない。


「じゃあそっちは任せておこう、アルディとエミールは領主の館の方を考えてくれ。俺は……このさい仕方ない。中央の出張政府の思惑に乗って国王に担ぎ出される準備を始める」


 黒猫君がキールさんの最後の言葉に「やっぱそうなるよな」と小さくこぼした。


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