31 子連れ
「あゆみ、起きる」
「ふぇ?」
「姉ちゃん、お腹すいた」
夢の中から誰かが私を呼び出す声がする。
「姉ちゃん、悪い、こいつら起きてもう言う事きかねえ」
「……え‥‥っと、あ、ビーノ君おはよう。ダニエラちゃんとミッチちゃんもおはよう」
寝ぼけたまま起き上がった私はそれぞれの顔をボーと眺めながらおはようの挨拶をする。
「おはよう、です」
「おはよーお姉ちゃん」
「起こしちまってホントごめん」
まだ謝るビーノ君の頭をグリグリと撫でまわす。
「ビーノ君、お・は・よ・う」
「……おはよう」
うん。それで良い。
振り返ると黒猫君はまだ寝てるみたいだ。昨日眠れなかったのかな。悪い事しちゃったかな。
寝る前の出来事をちょっと思い出して赤面してしまう。我ながらちょっとやり過ぎたかなとは思う。
でもなんか最近の黒猫君の反応、凄く面白くて、凄く嬉しくて。
今まで思わせぶりな行動の割にいつも淡白な反応しかしてくれなかった黒猫君が最近私の挙動に一々赤面してくれるのは嬉しすぎて止められない。
ふと思い出してベッドの横のテーブルに置いた櫛を見た。
まだある。当たり前か。
嬉しくて顔が緩んでしまった。
そんな私をビーノ君が怪しみながら声を掛ける。
「姉ちゃん朝から何ひとりでニヤニヤしてんだよ、大丈夫か?」
「え? あ、うん。大丈夫。どうしようか、食堂に行ってみようか」
そういいながら窓の木戸と鎧戸を薄く開けると外はすでに明るい。ラッパはまだ鳴ってないけどもう人の起きてる気配もしてる。
「ビーノ君は昨日黒猫君といったから場所知ってるでしょ?」
食堂の場所はこの前の小部屋の先って言ってたけど私の足で迷って歩き回るのは避けたいし。
「ああ、姉ちゃん一緒に行くのか? 大丈夫か?」
「え? 私だってちゃんと歩けるし平気だよ」
「そうじゃなくて兄ちゃんになんにも言わないで行くときっと心配するぞ」
うーん、それはビーノ君が正しいかもしれない。
仕方ないので横で寝てる黒猫君をつついてみる。
「黒猫君?」
「んーぁ?」
「みんな起きちゃったから下行ってご飯食べてくるね」
それだけ言ってベッドを離れようとしたら後ろから寝間着の裾を引っ張られた。
「まて……俺も行く……あと1分……」
「いいよ、寝てなよ」
寝ぼけながら私の寝間着の裾を引っ張る黒猫君はどう見ても二度寝に入ろうとしてる。だから起きなくていいって言ってるのに、黒猫君、余計私の寝間着の裾を引っ張って抵抗してくる。
諦めの悪い。
「黒猫君、それ以上引っ張るなら寝間着脱いで着替えるだけだよ」
「起きるって。1分待てねーのかよ」
呻きながら黒猫君が起きちゃった。いや、寝かせてあげようとしてたんだけどな、私は。
「待ってろ、今着替える」
そう言ってさっさと自分だけ着替えた黒猫君は私の着替えを手渡してビーノ君を連れて部屋の外に出ちゃった。
そっか。これからはビーノ君の事も気にしてあげなきゃなのか。
私も手早く着替えを終わらせて昨日黒猫君にもらった櫛で髪を梳かし紐で結わって手ぬぐいを濡らす。自分の顔を拭いてから思い出してダニエラちゃんとミッチちゃんの顔も拭ってあげた。
ミッチちゃんはやっぱり濡れるのは嫌みたい。黒猫君と一緒だね。
ダニエラちゃんは──
「ダニエラちゃんは美人さんになるね」
汚れを落としたら眉毛とかまつ毛とかキラキラしててすごく綺麗。私の言葉にダニエラちゃんがはにかんでる。
「お姉ちゃん、ミッチは?」
「ミッチちゃんは可愛子ちゃん!」
二人共可愛くて頬ずりしたくなってしまう。
「おいまだかよ」
外で待ってた二人がしびれをきらせて聞いてきた。
みんなで食堂に下りて行くと何人かの兵士さんがこちらを指差して話し始めた。数人はどう見ても不快そうに顔を歪めてる。でも他の数人は私達を囲むように寄ってきた。
「ネロ殿。ネロ殿に3人もお子様がいらっしゃるとは思いませんでした。その若さで3人も違う人種の奥様と……羨ましい限りです」
「おい! 違うからな! こいつらは俺達が預かってるだけだ」
「あ、ネロ少佐、おはようございます、お子様と一緒のほうがいいでしょう、どうぞこちら使ってください」
「だから違うって」
「ネロ殿、不倫はいけませんぞ」
「だーかーらー!」
バカだね、黒猫君。みんな黒猫君をかまいたいだけなのに真剣にとりあうから余計からかわれてる。
「はいみんな、うるさいお父さんはほっておいてこっち座ろ」
「お姉ちゃん、お母さん?」
「お母さんでもいいよ、大歓迎!」
「やめろあゆみ、余計ややこしくなる!」
「お前らは朝から賑やかなこったな」
突然後ろからキールさんの声がして振り向くと目の周りにくっきりと暗い色のクマを作った疲れた顔のキールさんが立っていた。
「き、キールさん、お疲れ様です。そのクマ、まさか私達のせいとか……」
「ああこれか? 半分はそうだな。で半分は俺の国王推挙の件だ。どっちも飽きずに夜中まで押しかけてきやがって」
「その割にアルディは元気そうだな」
いつの間にかみんなの分のご飯を取ってきて子供たちに配り終えた黒猫君がキールさんの後ろに立っているアルディさんを見て眉をしかめてる。
「僕は適当に寝てましたので。文句言いたいだけの人間の話なんて同じことの繰り返しですから。難しい顔して返事しなければいいだけの事です。寝ててもなんの問題もありませんよ」
「そういう所はエミールとそっくりだなお前も」
そういってキールさんがため息をつく。どうやらキールさんはひとり律儀に話を聞いてたらしい。
「出来ればこいつらの事とか話し合いたいんだが後にするか?」
「いや今すぐ──」
「いけませんよ。ネロ君は新兵訓練が先です。今食べると吐きますから君は食べなくてよろしい。ほら、ラッパがそろそろ鳴りますよ」
ぴしゃりといい放つアルディさんに黒猫君が少し不服そうに返事を返す。
「……あゆみたちが食べ終わったら部屋に送るからそれからだ」
そういってこっちを見た黒猫君の手から自分の分の朝食をしっかり受け取りながら返事する。
「え? なに言ってるの? 私たちも黒猫君の訓練見に行くよもちろん」
「こいつらが余計怖がるだろっ」
私を見てた黒猫君はそういって眉を潜め、ご飯を食べてるみんなを視線で指し示す。
まだいうか。どうにも黒猫君の自分への評価に関してはどこかで一回ちゃんと話さないと駄目そうだ。
「そんなの大丈夫だよ。ねえみんなお父さんの戦う所見たいでしょ?」
「「うん!」」
「もちろん」
「お父さん呼ばせるな!」
もう、みんな冗談半分で楽しんでるのにノリが悪いなぁ。
いい加減カチンときた私は少し冷たい視線で黒猫君を見返し、困った顔でミッチちゃんたちを見返す。
「残念だねぇ。ネロお兄ちゃん、みんなのお父さん役はしたくないんだって」
私の意図をちゃんと理解したらしいおませなミッチちゃんがニヤニヤしながら返事してくれる。
「あゆみ姉ちゃんが母さんでネロ兄ちゃんがお父さんじゃないならあゆみ姉ちゃん、次は誰を私たちのお父さんに選んでくれるの?」
「そうだねー、どうしよっかな?」
「ま、待て。もうお父さんでもなんでも好きに呼べ!」
ミッチっちゃんの言葉にギョッとして、慌てて叫ぶようにそういい捨てた黒猫君は逃げるように食堂から出てっちゃった。
それを見送った私達は黒猫君が立ち去ったのを確認して顔を見合わせて笑いころげた。