27 事情
「ちょっと待っててください。下に行って馬車を呼びましょう」
そういってアルディさんが立ち上がり、さっきの階段から下に降りていく。それを見送った黒猫君がちょっと困った顔で私を見る。
「あゆみ、悪いけど今のうちにこの二人から話しを聞いてくれないか」
「え? 黒猫君、自分で話せばいいじゃない」
「俺、子供には必ず怖がられる」
そういった黒猫君の顔があんまり情けなくて。つい笑ってしまった。
笑っちゃった私をすねたように軽く睨んだ黒猫君はそれでもすぐに古びた一脚の椅子に私を下ろしてくれる。それからまるで逃げるように私から離れて後ろに行っちゃった。
そんな事しなくても別に大丈夫なのに。現にさっき黒猫君が助け出してくれたことが分かってる二人は黒猫君を怖がってる様子は全然ない。
「なんか突然こんな事になっちゃってごめんね。驚いたでしょ」
私が話しかけると獣人の子はちょっと怯えた様にこちらを見て、それを庇うようにエルフの子が少し前に出た。
「お、お姉さん達、なぜ私たちを連れ出したの?」
そう聞かれてちょっと考えてしまう。
「ん、二人はあそこにいたかったの?」
私の質問に二人とも素直に首を横に振る。
「でも、私達、あそこ、いるべきだった」
どうもこのエルフの子は言葉があまりしゃべれないみたいだ。だけど短い言葉の羅列でもしっかり意味は通じてる。
私は改めて二人を見た。2人とも小学生低学年くらいに見える。
獣人の子は多分エルフの子より年下。二人ともやけに細くてネコ科の獣人の子は所々毛が抜けちゃってる。エルフの子は暗くてよく見えないけど真っ白い肌に所々青あざがあるみたい。
胃が締め付けらえる様な気持ちを押し隠して笑顔で言葉を無理やり口から押し出す。
「えっと、まずは2人の名前をおしえてくれるかな? 名前が分からないと呼びにくいし」
私の質問に二人は顔を見合わせ、でもエルフの子がおずおずと答えてくれる。
「私、ダニエラ。この子、ミッチ」
「ダニエラちゃんとミッチちゃんね。私はあゆみ。こっちのお兄さんが……ネロくん」
『黒猫君』って紹介するわけにもいかず、『ネロくん』と言ってみてからふと気になって黒猫君を見ると慌てて視線を外された。私にネロくん呼ばわりされるのは恥ずかしいのかな。
「それじゃあ順番に話をしたいと思うんだけど、まず二人はなんであそこにいたの?」
奴隷市から買われていったのかもとは思ったけどやっぱり一応聞いてみる。すると二人はまたも顔を見合わせてからミッチちゃんがフルフルと首を振った。すぐにダニエラちゃんが答えてくれる。
「私達、貧民街、いた。ある日教会、人、来た。ミッチと私、捕まった」
「教会の人たちが貧民街からミッチちゃんたちをさらってきたって事?」
「うん」
念のため繰り返した私の言葉に今度はミッチちゃんが答えてくれた。
「捕まったのはお前らだけか?」
突然黒猫君が私の後ろから質問をすると、ミッチちゃんはビクンと跳ねて少し俯いたけど、ダニエラちゃんは黒猫君を見つめて返事を始めた。
「もっといっぱい。いっぱい。子供たくさん。おとなちょっと」
「そいつらはみんなあそこにいたのか?」
「みんな、ちがう、いっぱいどっかいっちゃった。でもまだいっぱいいる」
「ビーノもか?」
最後の黒猫君の言葉にダニエラちゃんがちょっと困った顔でミッチちゃんを見る。ミッチちゃんはびくびくとしながらもダニエラちゃんの後ろから出てきてか細い声で答え始めた。
「ビーノ兄ちゃんは私のお兄ちゃん。私迎えに来て捕まったの。私が捕まったから仕方ないの」
「ああ、お前たちを人質に取られて捕まえられたわけか」
黒猫君が納得がいったというように頷いた。
結局ちゃんと自分で話してるし。
黒猫君ってちょっと自分の顔を気にし過ぎなんだと思う。本人が気にしてるほど私は怖い顔だとは思わないんだけど……って私の場合は黒猫君の顔が好みど真ん中にハマっちゃってるんだからなんの基準にもならないか。
「それで……お前たちはあそこで何してたんだ? いや、何されて《・・・・》たんだ?」
黒猫君の質問に二人が二人ともその場で凍りついてしまった。暗がりでもその顔が恐怖に歪んでるのが分かる。それを見てしまった私はとっさに二人に手を伸ばして二人の手を掴んでしまった。
言葉が勝手に口からこぼれだす。
「こっち来て。大丈夫。私達はここにいるし、二人もビーノ君も一緒なんだから。絶対怖い所には行かせないから」
私の言葉に二人が目を見開いて、見開いた目からは大粒の涙がボロボロあふれ始めて。
そして二人してわんわんと泣き出してしまった。
私はそんな二人の手を引っ張って自分に引き寄せ、二人を守る様に抱きしめてしまう。
二人とも細い。その細さが凄く頼りなくて寂しくてつらくて。
やっぱり。
私やっぱり絶対この子たちをもう放したくない。
分かってる。さっき会ったばかりの子達だって。
でも駄目なんだ。もうこっちに入っちゃった。
今まで人との距離が分からなかった私には外と中の二つしかない。
この子たちは私の中に入っちゃった。
ちょっと困って振り返ると黒猫君はすでに私の直ぐ後ろに立ってた。
心配するなというように優しい顔で私の頭を撫でてくれる。
それだけで一気に勇気が出た私は二人をためらいなく思いっきり抱きしめなおした。