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1 街中

「そうかぁ。治療院に移るか。いやー残念だなぁ」


 あれから数日後。


 テリースさんの傷はすっかり癒えて、私たちは兵舎をでて治療院に引っ越すことにした。

 出発の挨拶をする私たちに、キール隊長が完全棒読みの文句をつけてくる。

 キール隊長のあまりにあからさまな演技に、兵士を含むそこにいる全員が苦笑いを抑えられなかった。


「それじゃあテリース、彼らを治療院まで案内したらまた戻って来いよ。まだ兵役終わってないからな」

「え? テリースさん、私たちを置いてこっちに戻ってきちゃうんですか?」

「ああ、心配いりませんよ、昼間だけですから。夜は治療院に戻ります」

「そういうことだ。テリースは兵役以外でもちょくちょくこっちで出稼ぎしてるからな」

「ええ、戦闘の傷に慣れてますからね」


 そう答えたテリースさんをキール隊長が少し寂しそうな目で見ている。

 この二人、知り合って長そうだな。


「治療院まではテリースが支えてくれるだろう。悪いが今こっちの人手は出せないんでな」

「大丈夫です、やっと杖一本を頼って歩くのにも慣れてきましたから」


 そうなのだ。

 最初はテリースさんの部屋と自分の部屋の間を行き来するだけでも一時間近くかかっていたが、今はぴょんぴょん跳ねながらなんとか10分かからずに行きき出来てる。

 足にしっかり筋肉がついてきたみたい。

 階段だって人に支えてもらったり手すりを使えば降りることが出来るようになった。

 まだ階段を上がるのは誰かに抱えてもらわないと無理だったけど。

 こうなってみると、折りたためる杖ってすごく便利。


「でもそそっかしいからその分転ぶ確率は増えたけどな」


 足元から黒猫君が余計なことを言う。


「もちろん黒猫君のようには動けないけど、これでもやっと軽いものなら運べるようになったんだよ。椅子も一人で座れるようになったし」


 そう、これは大きかった。トイレに一人で行けるようになった。

 ついでに言うと、とうとう我慢できなくてテリースさんに泣きついてお風呂に入った。お風呂、っていうにはかなり抵抗があるものではあったけど。

 実は兵舎の井戸端を一時間立ち入り禁止にしてもらって、そこで水浴びをさせてもらったのだ。

 でもなんだか心配で、下着は付けたまま。面倒だから下着も一緒に洗っちゃった。

 黒猫君が「現代人としてありえねー」って言いながらしっかり見張ってた。私の横で。

 本当は黒猫君にも見てほしくないんだけどね。

 もういっか。猫だし。

 でもトイレには入れないよ? 猫でも。


 そういえば、あれから黒猫君、ちょくちょく外に出かけて行ってはなんか持って帰ってきてた。


 猫がネズミとか取ってご主人に見せるってやつ?


 かと思ったらとんでもない。

 指輪とか拾ってきてたよ。

 しかも「これ俺のだから」とか言ってしっかり荷物分けてるし。猫に小判ならぬ宝石だぞ。


 兵舎から引っ越すといっても、私と黒猫君には本当に大した荷物がなかった。ほぼ身一つ。

 私たちが救出された場所は危険すぎて、私たちを連れてくる以外、何も持ち帰れなかったのだそうだ。

 向こうから私が着てきた服もあの砦に置いてきてしまったそうで、砦で着せられていた病人服の代わりに、今度はキール隊長が見習い兵士の制服を提供してくれた。

 私にはちょっと大きかったけど、裾を折って腰の所を紐で縛ってなんとか着てる。


「それでは出発しましょう」


 兵舎の皆さんにお礼と挨拶を終えた私たちは、パラパラと手を振る兵士さんたちに見送られながらお世話になった兵舎を後にした。


 道中はテリースさんが私の右側を、黒猫君が左側を歩いてくれることになった。

 この杖だと、歩くときに誰かに支えてもらって特に楽をすることは出来ない。それでも右側に誰かいてくれるのは気分的に楽だ。もし杖が滑ったりしたら倒れる前に受け止めてもらえる。

 黒猫君は、逆に私に押しつぶされる可能性の低い左側を歩く。


 杖を頼りに兵舎の中は見て回ってたけど、私が街に出るのはこれが初めてだった。

 最初に目にした街並みは、あまり綺麗とは言えなかった。煉瓦と言うにはちょっと安っぽくて、土くれと言うには硬すぎる、そんな壁が兵舎前からずっと続いている。


 日干し煉瓦ってやつかな? それとも土壁?


 兵舎の前は大通りではなく、この前通った城門の前が大通りだったらしい。そこまで行くと街の風景が少しだけ良くなった。

 街の真ん中だけは石畳が敷かれてる。

 その両脇には土の細い道が走り、ほとんどの人はそこを歩いている。

 道幅は日本で言えばなんとか4車線分ってところかな。

 人通りもそれ程多くはない。私のとろい歩みでも、人にぶつからずに充分ゆっくり歩ける。

 道行く人の表情はあまり明るいとは言えない。服装もまちまちだけどすすけてる。


 そんな中で目を引くのがそれぞれの髪の色。

 もう「極彩色!」っていうピンクとかから「葉緑素入ってるでしょ」ってくらいの緑、金髪に茶髪、黒髪も少なくなかった。

 逆に隊長さんのような青い髪は少ない、っていうか他にいない。


「テリースさん、隊長さんの青い髪って特別なんですか? 他にいませんね」

「ええ。彼は、ちょっとかなり変わってます。まあ、本人がまだ話していないのですから今は秘密ですね」

「そうですか」


 大通りに面した街並みは普通の煉瓦で作られていて、そこここには壁に色が着いている店もある。

 ただ、何年も塗り替えていないのか所々がボロボロと剥げていた。

 思わずテリースさんに聞いてしまう。


「テリースさん、失礼を承知で言いますが、もしかしてこの街って金銭的に結構苦しかったりします?」

「……やっぱりわかりますか」

「でもそれにしては元の作りがいい家が多いな。昔は良かったのか?」


 黒猫君が突っ込んで聞くと、テリースさんが悲しそうに眉を落とす。


「ええ。ここは王都と王都の北西にある大きな街を繋ぐ街道の、最後の街道沿いの街になるんですよ。街道が近くを通っているので交易も多く、元々は結構裕福な街だったんです」


 テリースさんが街を見渡しつつ先を続ける。


「それが、あの狼人族が大量にこの辺りに住み着いてからどうにも治安が悪くなってしまい、この一年程で一気に(すた)れてきてしまいました」

「たった一年か」

「はい。私たちもまさかこんなにあっという間に酷くなるとは思っていませんでした。この街以外に行き場のある者はすでに出て行ってしまいましたので、残っているのは行き場のない者と本当に貧しい者ばかりです」

「それって私に保障金とか出してる場合じゃないじゃないですか」

「……あの保障金には裏があるんです」


 テリースさんが言いにくそうに言葉を続けた。


「この街で本当に生活に行き詰まり、飢えを凌ぐ方法がなくなった者は……身体を売ります」

「売春、ですか?」

「それもありますが、それも出来ない者は本当に肉体を売るんです」

「うへえ、ここ真面目にやばいな」


 黒猫君は猫の顔を思いっきり(しか)めて言い返したけど、私は驚きすぎて声が出なかった。


「闇商売で肉体の売買は成立してしまっています。愚かしいことに、過去に政府の主導で肉体売買を執り行ったことがあったんです」

「うわ、王都行かなくて正解だったな」

「当時隣国との争いが酷くなり、戦える戦士の数が足りなくなりました。時の魔術院の総長が中心になって健康な肉体を買い集め、手早い復元魔法を繰り返したのです」

「え、ちょっと待ってください、この前説明してくださった復元魔法って他の人の足を買うんですか?」


 私の問いかけにテリースさんが頷きつつも、暗い顔で続ける。


「……この取引は戦後表向き禁止されました。ただし裏社会がこれを継続していることを政府は特に阻止していません」

「うわ、ひでーな。それって要は自分たちが流行らしちまったくせに国は知らんぷりってことか」

「そう言われても仕方ありませんね」


 黒猫君のあけすけな批判にテリースさんが顔を曇らせた。


「ただ、この復元魔法は決して健康な『生きている』肉体でなくても出来るんですよ。新鮮な死体があれば、それを利用して復元することも出来ます。ただし、より多くの魔力が必要になるため裏社会は生きた人間からの買取を主にしていますが」

「それで止められない代わりの保証金ってか」


 黒猫君が吐き出すように言えば、テリースさんがやはり頷き返す。


「そういうことです」

「でも私、売ってませんよ、自分の足」

「そんなことは国にはわかりません。いえ、分かってやっていると言われては政府は困るのです」

「そりゃそうだな、それじゃあ自分たちが放っておいて問題が起きているのを認めるようなもんだもんな」


 あまりの話にちょっと顔が引きつってしまう。

 肉体の売買。

 確かマフィアが内臓売るとかってお話はどっかで聞いたことあったな。

 でも国がそれをしちゃったら絶対ダメだよね。


 話しているうちに結構歩いていたらしい。


「さあ、着きましたよ」


 そう言ってテリースさんが立ち止まったのは、街の中心当たり。

 隣の教会らしき建物より高くそびえ建つ、ザ・幽霊屋敷って様相の建物だった。

挿絵(By みてみん)

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