閑話: 黒猫のぼやき7
あゆみの奴最近やけに髪を気にしてるみたいだ。今までどうやらテリースの櫛を借りていたらしいあゆみはここに来て借りられる相手がいなくて困ってるらしい。
それでもヴィクに頼めるときはいいが、昨日みたいに突然風呂に入っちまっても自分の櫛が無けりゃ確かにそのままにするしかない。
あゆみの髪はかなり柔らかいみたいで、絡まってることはあるが手櫛で結構すぐに元通りになる。まあちょっと横とか後とか跳ねてるのは本人見えてないしいいのだろう。
その様子が気になってた俺は今日の市場を流してる間、あゆみが使いやすそうな櫛がないか何となく見て回っていた。
「あ、あゆみ、櫛売ってるぞ」
その櫛が目に入った途端、ついあゆみに声を掛けてしまった。掛けてから「しまった」っと内心焦る。あゆみに言わないで買ってやれば後で驚かしてやれたのに。
でもそんな俺の気持ちを知ってか知らずか、あゆみの奴一瞬ジッとその櫛を見つめてからふっと諦める様に目線を反らして生返事を返した。
「櫛は借りられるからいいよ、どうせ手櫛でも何とかなるし」
そう言って隣の店を見始める。そんな事を言ったって本心じゃないのはバレバレだ。時々櫛を盗み見しては小さくため息ついてる。
でもすぐに隣の店のばあさんから魔法を習うと言い出して、そっちに金を払ってあゆみの気がそれた。
その隙にスッと指一本口の前に立てたまま隣の店の親父に金を差し出してさっきの櫛をゲットした。親父もそこはちゃんと心得てて声一つ立てずに金を受け取って櫛を渡してくれる。言い値で買う事になっちまったが仕方ない。
それをあゆみが見ていない間に懐に隠すとビーノがしっかりそれを見ててニヤニヤしながらこっちに手を差し出した。
クソ、ビーノにしっかり口止め料を取り上げられた。
まあそれでもこれで一つ『ウイスキーの街』に戻る前になんとかあゆみにやれるものが出来た。
……問題はいつ渡すかだな。
このまま何も考えないとあっという間に怖気づいちまう自分を俺は知ってる。
今夜だ。
今夜必ず渡すぞ。
そう決めた。
「黒猫君、朝の新兵訓練疲れてるでしょ、こっち来て」
そんな事を考えてた俺は突然あゆみに何を言われたのか分からなくて言われるままあゆみに近づいて乞われるまま手を差し出した。
「お? なんか熱くなってきた」
なんだこれは? 一瞬考えるのが遅かった。ゾクゾクっと体中が熱くなって。
マズい。これはマズい奴だ。
「あ、待て、十分だ、もうやめろ!」
思いっきり焦ってあゆみの手を振り払ったはいいがどうにもならない。
「あらまあ。お若い旦那様にはきつすぎたようですね。これからも調節を忘れずに気を付けてお使いください」
今にもあゆみに抱き着きそうになってる俺を見てこのクソババア薄っすらと笑ってやがる。目の見えないふりしてるだけで見えてるなコイツ!
しかもそういう重要な注意をなぜ先にあゆみに言わねえ!
って言われても困るが。
「よかったね。よく効くんだねこれ。これから時々してあげるね」
いらねえ。マジでいらねえ。
頼むからそんな嬉しそうにこっちを見るな。嫌だっていえなくなるだろっ。
チクショウ。
そこからは驚くあゆみを他所に。
「まあ少しくらい大丈夫だろ、すぐ後ろにいるし」
そう言ってあゆみを自分で歩かせて後ろからついてくしかなくなった。
理由は……言いたくねー。