23 昼の市場
「今日は神の日だから蚤の市はないけどいつもの日常品の店は出てるはずだぜ」
市場に向かう途中ビーノ君が歩きながら教えてくれた。どうもビーノ君、私たちの事を完全に田舎者として認識したらしい。殆ど観光案内のようになってきてる。
道はよく覚えてないけど昨日と同じ様な細い道を抜けて行くと昨日と同じ広場に出た。でも昨日見たあの妖しい雰囲気は微塵も残っていない。代わりに広場にはたくさんの物売りの声が響いていた。
「今日は安いよ! どれでも大銅貨10枚でどうだ!」
「出来立てのパンはいかが?」
「明日の活力、精力薬はどうだ? 家族が喜ぶぞぉ」
「こっちは今日で店じまいだ、持ってけ泥棒!」
「おい、あんたのとこ昨日もそう言ってただろ」
「それは俺の兄ちゃんの店。明日は弟が来るぞ」
凄い。この活気って久しぶりだ。買い付けやった日を思い出してちょっと胃が痛くなる。
「あゆみ、お前欲しいもんがあるんじゃなかったのか?」
黒猫君が私の顔を覗き込む。
「ああ、うん。細工なんかするような道具売ってるところあるかな?」
「あっちに確かいくつか出してるはずたぞ」
ビーノ君の案内で店の間を抜けていくと、小さな屋台で色々な道具が並べられていた。
うわこの光景、見てるだけで心が躍ってしまう。私は目をむいてそこに置かれている道具を見回した。
「黒猫君、下ろして。自分で見なきゃ無理だから」
ちょっと心配そうな顔の黒猫君はそれでも見上げ続ける私に根負けして仕方なさそうに私を下ろしてくれた。でも何か手がしっかり私の肩を掴んでるし。
屋台のお店の台の上には蔓を織って作られた籠がいくつも乗せられてて中にはそれぞれに使い古された道具が山ほど積み重ねられている。私はそれを目を凝らして掻きまわしながら目的の道具を求めて掘り下げていった。
「黒猫君、それ邪魔」
お店の品を夢中で見分し始めた私は何の気なしに肩に乗っていた黒猫君の手を叩き落とす。
確かにしたんだけどほとんど無意識の行動で、私は後ろも振り返らずにそのまま道具をチェックしていった。やっと3つほど思っていた道具が見つかって嬉々として黒猫君を振り返ったら、後ろに立っていた黒猫君が何故かすごく落ち込んでた。
「姉ちゃん、この兄ちゃんは姉ちゃんが心配で心配でしょうがないみたいだからそう邪険にしてやるなよ」
「え? 何? 私別に邪険になんてしてないと思うけど」
無意識なのかってビーノ君が呆れてるけど私何かしたっけ?
「そんな事よりこれで全部だから黒猫君私のお財布かして」
「まてこの三つで本当にいいのか?」
私の言葉にニコニコと笑ってたお店のオジサンが黒猫君の一言でピタリと笑顔を止めた。
「あっちの屋台にも同じようなもん積んであっただろ」
「えー? そうだっけ……あ痛っ!」
素直に返事しそうになる私の手をビーノ君が後ろから軽く抓った。
「姉ちゃん物覚え悪いなぁ、あっちでも見たろ」
「お客さん、ケチつける気ですかい? ウチより安い店なんかありゃしませんぜ」
「じゃあこれ3つでいくらだ?」
「それは掘り出しもんですぜ、3つで銀貨1枚でどうです?」
「銀貨なんかこんな所で使えるか。大銅貨60枚」
「お客さん、冗談はやめてくださいよ、そんなはした金で売れますかい」
「あっちじゃ道具3つで大銅貨90枚って言ってたぞ、この市場で一番安いってんなら証明してみな」
「冗談きついや。そんなんで商売になりゃしませんよ。大負けに負けて大銅貨300枚」
「それなら新品一つ買った方がましだろ、手垢の付いた商品を引き取ってやるんだ、持って帰る荷物は少ない方がいいんじゃないのか? 大銅貨100枚でどうだ?」
「そりゃ売れるに越したことはねーがそれにしたってお客さんひでぇや。せめて大銅貨150は貰わなきゃ売り損だ」
「嘘つけ、どうせ二束三文で買ってきたんだろ、とっとと在庫減らした方が商売が楽だぞ、大銅貨120。こっちだってこれで精いっぱいだ」
お店の親父さんが呆れた顔で大きなため息一つついて黒猫君にニヤリと笑いかける。
「いいですぜ。お客さん初顔だ、これからもよろしくお願いするって事で負けましょか」
黒猫君が同じ様にニヤリと笑って「ああ、覚えとくよ」と言いながら支払いを済ませてくれる。私は何か申し訳なくて、「ありがとうございます」って言いながら商品を受け取ると、お店の親父さんが「おお、姉ちゃんは可愛いなぁ。じゃあこっちはおまけだ」って言って袋に入った飴玉をくれた。
……私一体何歳だと思われたんだろう?
「あ、あゆみ、櫛売ってるぞ」
すぐに必要な買い物を終えた私達は黒猫君が物価を見たいという事でしばらくは色々なお店を覗いてまわってたんだけど、黒猫君が目ざとく女性の装身具を売っているお店で綺麗な櫛を見つけてきた。どう見ても新品で手作りらしいそれは、お店に並んでいた物よりは安いけど決してお手軽とは言えない。
「櫛は借りられるからいいよ、どうせ手櫛でも何とかなるし」
こんな所であまりお金を使いたくない。なるべく全部奴隷を買う方に取っておきたいのだ。
「それよりこれなんだろ?」
私は黒猫君におざなりな返事をしてすぐ隣のお店を覗いて声を上げた。そのお店は『魔法屋』ってなってるんだけど、おばあさんが一人座ってるだけで他に何もない。
「ああ、そのばあさんは魔法の信号を売ってるんだよ。魔法の出来る奴は信号で魔法を覚えられるんだろ?」
「面白れぇな。それで商売になっちまうのか」
「まあ、新しい魔法を習うのは大概高くつくらしいからな」
そういうビーノ君はあまり興味がないらしい。ビーノ君も魔法は使えないのかな。
私は興味を惹かれておばあさんに声を掛けた。
「すみません、おばあさん。どんな魔法を売っていただけるんですか?」
私の声が聞こえたのか聞こえなかったのか、やけにゆっくりと顔を上げたおばあさんが静かな声で話し始める。
「旅のお方に街の皆様、私がお売りするのは歴史に残るかのマーズ大司教の使用されていた洗浄魔法、治療魔法。稀代の術者トートの土掘り、土固め。そして皇帝様のお側に控える乳母殿が編み出された回復魔術。どれも一回大銅貨200でございます」
安くないけど高くもない。
「それ、こっちが覚えられなかったらどうなるんだ?」
「その時はお代は結構でございます」
おばあさんがどこか遠くを見る様な目で答えるのを見てやっとどうやらこのおばあさんが目が見えない事に気が付いた。黒猫君が私の顔を見る。そうだよね、黒猫君は今の所私からしか魔術を覚えられないんだからやるとしたら私だよね。
「一つくらいやってみたいんだけどいいかな?」
私の言葉に黒猫君が頷いた。そこで早速お願いしてみる。
「おばあさん、その回復魔術ってどんな効用があるの?」
「この回復魔術は疲労を癒し、活力を与えます。ただしやり過ぎにはお気をつけて下さいませ、身体の為にはちゃんと休まれるのが一番なのですから」
一時的な回復って事かな? じゃあユン〇ルとかみたいなものかな?
この前の買い取りの時にはほんとに一本欲しかったし、ここはひとつ覚えておいて損は無いよね?
「それじゃあ回復魔術お願いします」
「それでは手をこちらに……」
差し出された歳の割には艶やかで綺麗な手を取ってそれを自分の手と重ねて信号を待つ。
一瞬、私の方から信号が出た気がして顔を上げたらすぐにしっかりとした信号が流れて来た。
「黒猫君、朝の新兵訓練疲れてるでしょ、こっち来て」
同じ試すなら意味がある方が良いよね。そう思って黒猫君を呼んで私の横の黒猫君に流れて来た信号に魔力を乗せた物を注ぎ込む。
「お? なんか熱くなってきた」
黒猫君がちょっと片眉を上げる。
「あ、待て、十分だ、もうやめろ!」
黒猫君がちょっと焦ってきたのを見て私も急いで魔術を止めた。
「あらまあ。お若い旦那様にはきつすぎたようですね。これからも調節を忘れずに気を付けてお使いください」
私の手を離したおばあさんがにっこりと笑ってそう言った。




