22 運び屋
黒猫君と私の様子を生暖かい目で見ていたキールさんが気を取り直してエミールさんに声を掛けた。
「それでその令嬢の家でお前を襲ってきたのは誰だったんだ?」
「分かりません。寝台で襲われて部屋をめちゃくちゃにしてしまいました。都合良かったのでそのまま通報して頂いて領主の館に潜り込んだわけですが。襲ってきたのは一人。かなりの手練れの様でいてまるっきり手ごたえの無い……まるでマリオネットの様な相手でした」
ビクンっと私を引っ張っていた黒猫君の腕が引きつった。
「おい、キール……」
「ああ。多分同じ連中だな。『連邦』が何かやってるのも間違いないだろう。ここの領主には今色々良くない噂が立っていてそれをこいつは自主的に調べに行っちまったわけだが。結果としてそれが事実らしい事が確認されちまった」
「待てキール。俺たちも昨日街でその領主の噂を聞いたぞ。そいつがこの国の権力を握ろうとしてるって。ついでに中央の政府がお前さんを擁立しようとしてるってな」
黒猫君の言葉にキールさんがため息をつきながら頷いた。
「ああ。それは事実だ。元々バース、ナンシー、ヨークは三公と呼ばれててな。どいつも少しは王家の血が混じってる」
「ああ、そういう事か」
黒猫君はどうやら納得がいったらしい。そこでキールさんが少し眉根を寄せて聞いてきた。
「それを聞いたって事はもう中央の王族が死滅したってのも聞いたんだろ」
「ああ。やはりそれも事実なのか?」
「それは僕が確かめてきましたよ。ナンシー公は既に事実だと確認したようです」
私の横から黒猫君に返事をかえしたエミールさんはすぐに私に視線を移して白い歯を輝かせながら笑いかけてくる。
どうでもいいけどね、何でいちいち歯を見せて笑うんだろう、この人。
「じゃあお前が唯一の王族の生き残りっていうのは間違いないんだな」
黒猫君の言葉にキールさんが憂鬱そうに頷く。
「ああ。これを先に知ってたら皇太子の件ももう少し考えたんだが……手遅れだな。もう中央の出張政府が俺を国王に擁立するのを抑える手立てはないだろう」
キールさんの淡々とした言葉に黒猫君が少し厳しい眼差しでキールさんを見返す。
「……あんたが国王になるのか」
「仕方あるまい」
嫌そうな顔をしながらもハッキリと返事を返したキールさんを見て黒猫君は難しい顔のまま黙り込んでしまった。
それにしても。
今日は本当は奴隷の話をしたかったのに何か話の方向がすごく大事になってきてる。
キールさんが王様になっちゃうのか。もう気安くキールさんとか呼んじゃいけないのかな?
昨日馬車の中にいたキールさんは何かよそよそしい感じがして寂しかった。
「そう言えば君たちも何か話があったんじゃなかったのか?」
沈黙を破る様にキールさんが聞いてきたので私がついそのまま返事をしようとするとそれを横にいた黒猫君が遮る。
「ああ、ちょっとここの治療院がどうなってるのか知りたいと思ってな。ほら、テリースが院長がいなくなったから代わりの医師を探して欲しいって言ってただろう」
どうも黒猫君は私に奴隷の扱いの話をさせたくないみたいだ。仕方ないので私はおとなしく横で頷いてみせた。
「ああ。ここの治療院は教会の裏にある。確か中庭を抜けて裏になってたはずだ」
「教会かぁ。そういえばまだ一度も入った事なかったな」
「別に入る必要はない。特にお前は間違ってもその猫の耳を出したりするなよ」
「ああ。エミールには隠さなくていいのか?」
「もう報告は伺っています。あなた方の事を探っている者が現れた時点でアチラの情報も集めましたし」
やっぱりエミールさんの仕事ぶりは凄く有能な様だ。黒猫君でさえ感心してる。
「じゃあ俺たちはもう一度町にでて市場と教会に行ってくる。ああ、そういえばウイスキーは品切れみたいだぞ。白ウイスキーは下手に市場に出さないで領主にでも売りつけた方が良さそうだ」
「分かった。今日もう一度面会の予定があるからその時に聞いてみよう」
それから皆さんに挨拶して黒猫君は私を抱えてあっさりとその場を後にした。
「ねえ、なんでキールさんに奴隷の話するのやめちゃったの?」
部屋に戻って着替えを始めた黒猫君の後姿をちょっと盗み見しながら聞いてみた。黒猫君、どうせ向こう向いてるから気づかないだろうし。
あの尻尾、一体どうやって身体にくっついてるんだろう。まさか下着まで脱いでっていうわけにもいかないし。謎だ。
「それはまあ、お互いの為だな。キールが国王になる可能性が高くなってきちまったんじゃ下手な事にあいつを巻き込むのもちょっとな。まずは治療院の様子を見て俺達だけで何が出来るか考えてからでもいいだろ」
「黒猫君って実はキールさんの事すごく買ってるよね?」
「そうかもな。あいつ、何のかんのいって流石皇太子って思わせるだけの器量があるしな」
すごいね。男性から尊敬される男性か。私にとってもキールさんは確かに偉い感じがするけど、それでも距離感の良く分からない私にとって、キールさんは凄く近すぎて良く分からない。
「おい、なんでこっち見てんだ!」
あ、しまった。考え事してて黒猫君が着替えを終わらせちゃってるのに気づかなかった。
「え? 何となく」
「……いいけどな」
あら。あっさり流された。
黒猫君、自分の裸は見られても大丈夫なのか。だったらもっとしっかり見とけばよかった。
そのまま黒猫君に抱きかかえられてまたも街へと向かう。
ビーノ君は昨日朝食を食べた屋台の所で待っていた。今日もここで朝ご飯。
「じゃあ今日は市場が先だな」
「ああ。荷物が多くなると大変だから途中で一度戻るかもな」
「荷物が持てなくなったら運び屋を雇えばいいんじゃねぇの?」
「運び屋さん?」
私の疑問形の言葉にビーノ君が「あんたらなんも知らないんだな」っと馬鹿にした顔でこちらを見る。
「ほら、店の前あたりで肩から白い紐かけてる奴らがいるだろ。あれが運び屋。店で大口の買い物した奴らの配達を請け負ってる」
言われてみて見れば大きなお店の前には必ず一人は白いタスキをした人が立っていた。
「信用して大丈夫なのか?」
「当たり前だろ、じゃなきゃ仕事出来なくなっちまう。あの白い紐はただの紐じゃねぇんだぞ。ちゃんと資格持ってないともらえねぇんだ」
ビーノ君はそういって悔しそうに運び屋さんの一人を睨んでる。
「なんだお前、運び屋になりたいのか?」
「俺には無理だ。俺、台帳に載ってないし」
ああ。ここでもまた台帳。つい黒猫君と顔を見合わせてしまった。
「それにあのタスキをもらうには結構な金がかかる。俺達だっていつかは金貯めてって思うけど殆ど巻き上げられちまうし無理だろうな」
確かに、買ったばかりの荷物を頼むのだから身元のしっかりしている人に頼みたいと思うのは仕方ないと思う。でも台帳に名前が載ってない時点で全く希望が無くなっちゃうのはやっぱり酷いとも思う。
一概にどうすべきと言える問題じゃないんだね、こういうのは。
「ま、頑張れ。行くぞ」
朝食を終えてた私たちは黒猫君の言葉で立ち上がる。ああ、私は抱え上げられる。
もう私が自分で立ち上がる隙なんて一部もなかった。