13 南通り
ビーノ君の先導で今の道を暫く歩いていくと街の様子が徐々に変わって来た。
今の所南通りを真っすぐ北上してるんだけど、さっきみたいな屋台のお店はだんだんなりを顰め、代わりに作りの良い店構えの大きなお店が増えて来た。
横道も今までの裏通り的な暗い雰囲気から大通り程ではないもののにぎやかな物になってきている。
その一本を曲がって直ぐにビーノ君がこちらを振り向いた。
「この辺りが酒屋の通りだ。他にもチョロチョロ色んな所にあるけどここで最初に見とけば大体相場が分かると思う」
「ああ、そいつは助かる。早速見て回るか」
そう言って黒猫君は道の端から端までまずは店を軽く覗きながら進んで、道の端までくると今度は何件かの店で店主に声を掛け始める。
聞いてるのはまだウイスキーを置いているかとその値段、他に同様の酒があるか等。
今の所どこもウイスキーを置いてなかった。
「マズいな。ウイスキーはどこも売り切れちまってる。ここまで需要が高まっちまってると白ウイスキーを下手な所に出せないぞ」
自分が一緒だと足元見られるっていってわざわざ私達と距離を取ってくれてたビーノ君が寄ってきて話を聞く。
「兄ちゃんは酒を扱うのか? だったら領主様に売るのが一番高く売れるぞ」
「まあそうかも知れないが飛び込みじゃ無理だろう」
「献上品を扱ってる店なら仲買してるんじゃねぇの?」
「そんなのがあるのか」
「おい兄ちゃん、あんたどんな田舎から来たんだよ。ほら、ここみたいに紋章の付いてるところは献上してるって印だろ」
そう言ってビーノ君が指差したのは多分この通りで一番偉そうな設えのお店。黒猫君はさっき素通りしてた。
「ちょっと聞いてみるか」
黒猫君がそう言って中に入るとお店の店主がこちらを一瞥して直ぐに取り澄ました顔になる。
「何かお探しですか」
「ああ。最近ウイスキーは入ってるか?」
「入荷待ちでもう数ヶ月になります。それをご存知無いということは旅の方ですか?」
店主さんの目が少しだけ鋭くなった。黒猫君はだけどはぐらかす様に答える。
「まあなあ。ここではウイスキーが手に入るって聞いたんだがやっぱり無理か。あれば幾らぐらいの物なんだ?」
「そうですね。半年ほど前までは1壺銀貨3枚程でしたが今入荷されれば3倍は堅いでしょうな」
「入荷の見込みはあるのか?」
「生憎取引は最近全くされてませんから何とも」
「そんじゃ献上品を収めるのも大変だなぁ」
「そうですね。最近は良物のワインと発酵酒くらいしかお届け出来てませんから何か新しいお酒でもご存知でしたら是非お知らせ下さい」
如才なくそう言って店主さんは笑うがどうも客にならないならとっとと出ていって欲しいという顔色だった。それを見て黒猫君は「邪魔したな」と小さく手を振って店を出た。通りの隅で待っていたビーノ君がすぐに駆け寄ってくる。
「あれは駄目だな。かなりふっかけられそうだ」
「え? でもだってウイスキーを3倍で買うって……」
「違う、3倍で売れる、だ。大体他の店の店主の予想よりその時点で格段に低い上にあの顔はそれを買い叩くつもりのようだ。大方最後に残っていたウイスキーはここが買い占めてたんじゃねえのか」
「そうなのかな。どっちかって言うとウイスキー以外の物にシフトした感じだったけど」
黒猫君はちょっと驚いた顔でこっちを見た。
「あゆみはなんでそう思ったんだ?」
「え? だって他の店より高いワインが多かったから。あれでも売れるって事はワインの中でも特別な物を取り入れるようにしたのかなって」
「そうか。購買層が違うから商売の仕方も違うのか」
あれ。私が思い付きで言ったことを黒猫君が真剣に考え始めちゃった。
そこからはビーノ君に聞きながら表通りに面したお店の出してる物で興味を惹かれるものを見つけては見てみる。
先ず最初に目についたのが魔晶石。ビーノ君曰く魔晶石は卸がしっかりしてるからどこで買っても値段に大きな違いは無いのだそうだ。その代わり品揃えが店によって違うらしい。
表通りに面した大きなお店を覗くと色とりどりの巨大な水晶のような石の塊が牢屋の様に堅牢な鉄の格子の向こうで宝石の様に輝いてる。見てる分にはすごくきれいでいいんだけど、桁を読むのが大変なほどお値段がべらぼう。
「黒猫君、私もうお金の感覚が分からなくなってきちゃったよ」
「あー、まあここは大きな量でしか扱ってないみたいだもんな。ビーノ、もう少し小商いの店は無いのか?」
「この辺にはねえよ。でも加工した後の魔道具屋ならもう少し小さい物も一緒に扱ってるな」
「じゃあそこに連れてってくれ」
そっちのお店は前に立った時点で黒猫君と二人絶句した。
「ここってなんかホームセンター……」
「言いたい事は分かる」
面白過ぎて黒猫君も私もちょっと興奮気味。
だってそこはもう何て言うのか。
100円ショップと田舎のホームセンターを足して2で割った後ぐっと煮詰めたような感じで。
これは……いわゆるエセ日本とでも言うんだろうか。日本にあった便利グッズの亜品だらけなのだ。
店は通りに零れだすようにたくさんの物が積まれていて、夫々に色んな値段の札が掲げられてる。外に近い物ほど安くて中に進むにつれ高い物になる。
トーマスさんが見せてくれたマッチや部屋にあった魔晶石のライトはどちらかと言うと安い物の方で大量に積まれていた。他にも結構似通った物が売られてる。
例えば蛇口。そう、蛇口。
昔ながらの回すタイプの蛇口そのものを模った石なんだけど、口の所が水の魔石で出来てて魔力が尽きるまで水が出せるのだそうだ。
それからアイスノン。冷凍庫によく入れてるやつ。
形は薄ペラくてまあアイスノンぽいんだけど中に氷の魔晶石が入っててそれを振ると冷たくなるのだそうだ。
ホッカイロもあった。こっちは熱の魔石で出来てるそうで断然安い。
黒猫君と二人ためつすがめつしながら店の中をじっくり見て回る。
他にも大物ではさっきの氷の魔晶石を入れて冷やす冷蔵庫や軽石を入れて運びやすく出来る手押し車なんてのもある。魔石を入れられるアイロンとポット買おうとしたら黒猫君に熱魔法使えばいいだろって言われて諦めた。
「ねえ黒猫君。これ……」
「…………」
周りを見ながら店の奥まで進んでとんでもない物を見つけてしまった。
足の短いテーブルの真ん中には網のかごがぶら下がってて、そこに熱の魔晶石を入れられる──
「これってコタツだよね?」
「やあお客さんよく知ってらっしゃる。中央からいらしたんですか?」
店主が顔を輝かせながら近寄ってきた。
「こいつは新しい品なのか?」
「ええ、この辺りの物は中央から来た最後の商隊が半月程前に持って来たものです」
「ちょっと待ってくれ、じゃあ中央との行き来はもう半月も止まってるのか?」
「ええ。まあ」
「ねえ、こっちに魔石売り場あるよ」
言葉を濁した店主さんを一瞥して黒猫君が振り返る。
お店の奥の一角を区切って作られた魔石売り場にはビーノ君が言っていた通り魔道具になる元の魔晶石や魔石が一部小売されていた。
店主さんに聞いてわかったのは魔晶石のほうが魔石より断然高いって事。
魔晶石は色ガラスか宝石みたいに半透明だったり透明だったりするんだけど、魔石は色の付いたただの石っぽい。魔晶石は使い切ると砕けてしまうので再利用は出来ないけど魔石は単なる石っころになるだけだそうだ。魔晶石は拳大くらいの物が1600円以上。
……って実は円表示されちゃうと本当に分けわかんなくなるんだよね。だって黒猫君、今のここの十円玉は大体50円位の価値だって言うんだもん。銀貨なんて100円って表示されてるけど実際の価値は全然違うし。
でもこれは私達だけじゃないみたいで、ここの商品はどれも値段の横にちゃんと銅貨の数が併記されてる。魔晶石が大銅貨160枚くらい、光の魔晶石だけ同じサイズの物が大銅貨40枚くらい。で、魔石の方は大体クルミくらいの小石が10個で大体40枚~80枚くらいする。
一通り見て廻った黒猫君は魔石を全種類買うつもりらしい。黒猫君が店主さんに注文してる間、その一番端にコンビニの袋くらいのサイズのズタ袋1袋いくらで売ってる石があるのが目に入った。その袋の上の板には『大銅貨1枚』ってなってる。
「あゆみお前は何か買うのか?」
「んー、これって何だろう?」
私が指差すのを見た店主さんが笑って答えてくれた。
「それは子供のおもちゃくらいにしかならない溜め石ですよ。魔力を吸うだけでなんの役にも立たない。白と黒の縞々が綺麗だって言って装飾に使う奴が居るくらいで、そこまで小さくなっちまうともうゴミでしかない」
そういって店主さんが一つおまけだといって袋から出して私にくれた。
それをそのまま手の中に包んで魔力を込めるとスッと今出した魔力が吸い込まれる。でもそれだけ。確かに魔力を無駄にするだけみたいだけど、魔力を込めた後の石はなんかほんわり熱を持ってる気がする。
これって……
「黒猫君、この綺麗なの私欲しいよ。1袋買っていい?」
「いいんですかい? 本当に役に立ちませんよ?」
「飾りに使うからいいですよ。あ、でもこんなに買っちゃったら重すぎる?」
「ああ、それでしたらこちらの旦那さんが沢山買ってくださってますからまとめて宿までお送りしますよ」
黒猫君は何も言わないけどちょっと不思議そうにしながら私のやり取りを見ていた。後で説明してあげよう。
「じゃあ、これ全部兵舎に届けてくれ」
「兵舎ですか? あんな所にお泊りで」
今まで以上に警戒した態度でオジサンが媚を売り出した。
それを期に私たちは早々に買い物を切り上げて店を出た。