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異世界で黒猫君とマッタリ行きたい  作者: こみあ
第8章 ナンシー
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5 兵舎

「あの、カールさん。これはどういう事でしょうか?」

「どういう事とは?」


 私の問い掛けにカールさんが首を傾げて静かに問い返した。

 なぜ、私が思わずカールさんを問いただしてしまったかと言えば。

 カールさん、当たり前の様に黒猫君と私に二人一組で1つの部屋をくれたのだ。

 まあ、正直理由がわからない訳じゃない。だけどこれは……

 私の戸惑いをどう勘違いしたのかカールさんが言葉を続けた。


「安心していいぞ、ここは夫婦と家族専用だから変な兵士がちょっかい出してくることも無い」


 そういう事じゃないんだ、そういう事じゃ。

 顔を引きつらせて私を抱えてる黒猫君を見れば黒猫君も動揺しながらカールさんを振り返った。


「じゃあ、あゆみはここに入れて俺は独身用の方にいれてくれ」

「何おかしなこと言ってるんだ、夫婦なんだから何も問題ないだろう。大体足の不自由なあゆみさん一人をここに置いてくつもりか?」


 カールさんのもっともな返事に黒猫君が答えに詰まった。


「じゃあカール、お前の部屋に泊めてくれよ」

「何言ってるんだ、こっちは半年ぶりに女房に会えるんだぞ。邪魔しないでくれ」


 カールさんは黒猫君の言葉をそっけなく切り捨てて、それだけ言ってそそくさと部屋を出て行ってしまった。結果二人きりで取り残されてしまった私達はそれぞれ部屋を見る。

 どうやら2人以上で使うように作られているらしいこの部屋は治療院の私の部屋よりよっぽど広い。

 さっき見た広場に面しているが東向きなのか日はもう差し込んでいないが十分に明るい。ここも窓にはやはりガラスが入ってなくて、代わりに治療院と同じ鎧戸と木戸が付いていた。

 窓のすぐ前には簡単だけど机と椅子が置かれていてその横には私の部屋より大きめの戸棚が作りつけられている。

 入り口の直ぐ脇には簡単だけど大きめの二人掛けのソファーが2つとテーブルまである。

 そして部屋の真ん中には大っきなベッドがでーんと一つ。

 大きいよ? 確かに大きいけどさ。


「ま、問題ないな」

「え!?」


 驚いて見上げた私に黒猫君がしれっと答えた。


「俺がソファーで寝ればいい話だろ」

「そ、そうだね。そうしよう」

「そこで自分がソファーで寝るとか言わないのな」


 私を抱えてる黒猫君がニヤッと笑う。


「だって黒猫君どうせ丸まって寝るんだからソファーの方が良いでしょ」


 すかさず私も言い返しておく。

 ハンっと小さく笑い飛ばして黒猫君がそのまま部屋を横切って私をソファーに下ろしてくれた。

 下ろしてもらったのはいいけど。

 かなり年季の入ったソファーは私が座った途端ガクンと沈みこんだ。


「……黒猫君、これちょっときついかも」

「んあ? ヲォォォ! なんだこのソファー!?」


 私を下ろしてから自分ももう一つのソファーに座った黒猫君が驚いて叫んだ。

 やっぱり黒猫君が座ったのも同じだった模様。


「ま、まあ、何とかなるだろ」


 黒猫君が顔を引きつらせながら呟く。


「うん。まあ、何とかしようね」


 私も曖昧に答えた。

 何とかなるかなぁ? まあ今考えてもしょうがないね。


「ねえ、取り合えずキールさんの用事が終わったら街を見て回るんでしょ?」


 話を逸らそうとまずはこれからの事を話題に出してみた。ソファーの上で座り直してた黒猫君も直ぐに乗ってくれる。


「そうだな。まずは酒の流通の市場調査をしておきたい。ドンタスの話だと最後にウイスキーを出荷したのが半年以上前だからもうかなり数が減ってるはずだ。現在の需要や値段を知りたいし、白ウイスキーも1本持ってって酒場で意見も聞きたい」

「さっきちょっと見えたけど町中すごかったね。何か門の外の静寂が嘘みたいに人がいっぱいいて」


 街の喧騒を思い出している私の横で黒猫君が少し不安そうな顔をする。


「ああ。それなのに全く行商が行き来してないのがどう考えても変だがな」

「うーん、アルディさんが言ってたみたいにお祭りも何もないから?」

「いや、それにしたって中央から奴隷やら鉱石を買いに来てるはずだろ」

「そっか」


 そう言えば前にあの『ウイスキーの街』もここと中央の行き来で人が来るって言ってたもんね。


「そんな事よりお前も見たいもんあるんだろ?」


 一緒になって考え始めた私を見返して黒猫君が尋ねた。


「そうだね。でも先立つ物もないと何ともしようが」

「そうなんだよな。キールもナンシーに着いたら何とかするって言ってたし後で聞いてみるか」


 そこで会話が途切れてしまった。

 こういう時本当に困るんだよね。

 スマホも無ければテレビも本も何にもない。会話が途切れると黒猫君と二人、やる事が無くなっちゃう。この前の事があってからそう言えばこうやって二人だけになるの自体久しぶりかも。そんな事考えてると余計黒猫君の存在がむずがゆくて何となくソファーの上で座りなおしてしまう。

 そんな私の様子を見ていた黒猫君がこちらを斜に睨みながら眉を寄せる。


「……お前それ、ソファーは座りにくいみたいだな」

「あ、うん。ほら執務室の椅子とかって木の上にちょっとクッションが入ってる程度だったから片足でも楽だったんだけど、これだとクッションが沈んじゃうから身体が傾いちゃって」


 そうなのだ。こっちのベッドや椅子はもう嫌ってほど潰した羊の毛が板の上に乗せられてるだけなので正直結構硬いのだ。でも片足の無い私にはその方が上半身を支えやすい。

 でもこのソファー、どうも何かぶつ切れのゼリー状の何かが物足りない量入ってる感じで、全然身体が収まらない。気を付けてバランス取りながらずっと足に力込めてないと横に転がっちゃいそうなのだ。

 一体これ何で出来てるんだろう?

 黒猫君に返事する間も右にゆらゆら左にゆらゆらと落ち着きなく身体が勝手に揺れ動く。それを見かねた黒猫君が小さなため息と一緒に立ち上がった。


「ちょっとそっち寄れよ」


 そう言って私の右側に座る。黒猫君の体重でソファーのクッションが少しそちらに傾いて自然と私の身体が黒猫君の身体により掛かるようになった。肩と肩がぶつかって黒猫君に寄りかかる形で姿勢が安定したのはいいけど、代わりに黒猫君の体温が肩や右腕から伝わってきて。


「あ、ありがと」


 私が赤くなりながらお礼を言ったのに黒猫君は押し黙ってる。

 聞こえなかったのかと思って横を見たら黒猫君がバッと顔を背けた。


「今日昼寝してなかったろ、眠けりゃ寝てていいぞ」

「う、うん、今いいや。昨日思いっ切り寝ちゃったし。そ、それより街に出たら色々見て回りたいな」

「ああ、じゃあ俺の市場調査がてら少し街の店でも見て回るか」


 私の言葉にちょっと困ったような声で答えが返ってきた。


「黒猫君は買いたいもの無いの?」

「まだ分かんねぇな。トーマスが持ってたマッチみたいなもんがまだまだあるなら少し買ってみたい」

「そうだね。黒猫君はまだ魔法使えないんだもんね」


 私がソファーの背に寄りかかると私が座りやすいように黒猫君も後ろに寄りかかる。こうして座ってしまうとたった一つのベッドが目線の真ん前に来てしまって目のやり場に困る。


「いっそベッド買っちゃおうか」


 私の思い付きの一言に横で黒猫君がニヤリと笑った。


「そうだな。お前森に家が欲しいんだろ、だったらベッドあってもいいよな」

「そうだね。持って帰れるならあとテーブルとかも欲しいな」

「食器も必要だろ」

「台所はもう暖炉でもいいけど水場はもう少し工夫したい」


 なんか夢の家の話とかすごく楽しい。もちろんまだまだ夢でしかないんだけど考えるだけならタダだ。何かウキウキと想像を広げてしまう。

 そんな私の横で少しホッとした様に話に乗ってきた黒猫君が頭の上で腕を組んで陽気に続けた。


「お前水魔法使えるんだからタンクでも吊り下げてそこに水をためれば水道みたいに使えるかもな」

「おお、それ凄い。そしたら水洗トイレも夢じゃない?」

「トイレは必須だな」


 やっぱり黒猫君も何か苦労してるらしい。


「うん。お風呂も」

「まあそれはあれば嬉しい」

「無くちゃ困るでしょ」

「無ければないでいいぞ俺は」

「黒猫君人間になってもお風呂嫌いなの?」

「いや嫌いじゃないが別にどっちでもいい」

「私はないと嫌だ。あと本棚。本が欲しい。最近全く周りになかったよね」

「キールの部屋に少しあったぞ。まあ、あいつの蔵書は面白そうなもんはなかったけど」

「え? 聞いてないよ、どんな本?」

「『100年先を行く兵法』とか『剣術指導基本84手』とか」


 うわー。流石軍人さん。


「って事はここ本屋さんあるのかな」

「あったら地図がまず欲しいな。ここの地理がまだ全然よく分かんねぇ。これから北に旅する可能性もあるし……」


 途中から黒猫君の声が子守歌に聞こえて来た。さっきは眠くないって言ったけど、こうやってソファーに一緒に座ってゆったりしてたらやけに気が緩んじゃってだんだん目がくっついてきた。


「おい、あゆみ?」


 なんか黒猫君が呼んでる気もしたけど、いつの間にか私は返事より夢の世界に惹きつけられてすぅーっとそのまま心地良い眠りに落ちていった。



 * * * * *



 ソファーとも言えないソファーであゆみと話をしているうちにあゆみが居眠りを始めた。

 ついさっきまで昨日寝すぎたから眠れないって言ってたくせに俺がちょっと話しているうちに返事が返って来なくなった。部屋に沈黙が降りてふと気付けばこてりと俺の肩にあゆみの頭が落ちる。顔を覗き込めばスースーと気持ち良さそうに寝てやがった。

 まあ、気付かないうちに結構疲れてたのだろう。

 荷馬車の旅は決して楽じゃなかった。古い荷馬車の車輪はデコボコで道だって舗装されているわけでもない。俺でも疲れるほど荷車の揺れは馬鹿にならなかった。なのに俺たちが荷馬車の淵の高さまで荷物を積みあげちまったから俺が支えなきゃあゆみが掴まれる所なんてもうありはしなかった。

 なんせ飼葉まで酒瓶を保護する方を優先して箱の中に詰めちまったからな。

 だからこの旅の間中あゆみは自分の好きな様に座る事も出来ず俺の膝の上でずっと過ごした。

 俺は役得とばかりに腰に腕を回して抱えていたが、あゆみにしてみれば例え荷馬車から投げ出されない為とはいえ他人の膝の上じゃ落ち着かなかっただろう。

 ありがたい事に時期を過ぎたのかあゆみの匂いは気にならなくなり、お陰で俺はこの旅の間こいつのクッション役に徹する事が出来た。

 だがこうやって2人っきりの部屋で安心して俺の肩に寄りかかって寝落ちされちまうとこの前の俺の馬鹿な行為をあゆみが本当に許してくれたのが分かって嬉しい反面、やはりそういう対象として警戒さえされていない事に心が痛む。


 分かっている。全ては自分のせいだ。

 ここまで来てまだあゆみに自分の気持ちを伝えられていない。それが結果としてどのように転ぼうと、いい加減きっちり片を付けるべきなのは分かっている。


 いっそ。

 このまま今のうちに抱きしめたい。

 腕に抱え込みたい。

 荷馬車の上では十分な言い訳があったから寝てるこいつを遠慮なく抱きしめられたがここでそれをするのは躊躇われる。しかも目の前は俺たちのベッド。


 こういう事は暫く考えない様にしたい。もうあの二の舞はごめんだ。これ以上は身体より気持ちが先にありたい。


 そう思っているのにあゆみの髪を結ってあった紐が緩んで髪が一房俺の肩に落ちる。俺のシャツからでた二の腕の素肌の上をその髪が滑り落ちる感触がくすぐったくて。

 愛おしさと欲望がまた沸々と湧いてきた。

 反対の腕を伸ばして軽くあゆみの零れた髪をかき上げてやる。

 俺の指に反応したのかあゆみがホゥっと軽く寝息を零した。

 それが俺の指先に当たって。

 ついそのままあゆみの頭を俺の肩に押し付ける様に抱えてしまう。


 あとちょっと首を傾ければ。

 額にキスくらいはいいか?

 どうせこいつは絶対起きない。

 額に唇を押し付けると、あゆみの体温が唇から伝わってきた。

 これだけでいくらでも時間を過ごせる。

 こいつを見てるだけで。


 ……やばい。末期的だな。

 この旅が終わったら、か。

 だったらそれまではこいつの信用を裏切る様な事だけはしたくねぇな。

 その為には同じ部屋に寝泊まりするのも何とか今までと変わらない様に繕わなきゃならねぇ。

 こいつの居る部屋でずっと一緒に居られること自体は非常に嬉しいが。


 でも頼むからそれ以上動くなよ。

 そうじゃなくても目の前のベッドが俺を視覚的に誘惑し続けてるんだから。

 俺はこの甘い拷問を後何時間耐え続けりゃいいんだ?

 キール早く用事を終わらせて呼びに来い!



 * * * * *



「ネロ君、あゆみさん、ちょっといいですか?」


 アルディさんの声とノックが共に扉の外から響いてきてゆっくりと目が覚め始めた。

 どうやら私はしっかりと黒猫君の肩を借りて寝ちゃってたらしい。

 薄目を開ければ黒猫君はさっきと全く同じ格好でソファーの上に座ってた。

 私が寝ちゃったから動けなかったのか。申し訳ない。でもまだ半覚醒の私はそのまままだ動きたくない……


「入っていいぞ」


 待ってましたとでも言うように黒猫君が即答した。

 いいの!? っという私の心の突っ込みは時すでに遅く、扉を開けて入ってきたアルディさんの目がちょっと痛い。慌てて飛び起きて口の周りにヨダレでも付いてないか袖で拭った。


「キーロン殿下の手がやっと空きましたから一緒に来てください。そのまま夕食に行きますよ」

「だったら俺たちの荷物を今のうちに運んだ方がよくないか?」

「それでしたらチェックが終わり次第うちの兵が持ってくるでしょう」


 それを受けて黒猫君が当たり前の様に私を抱えて立ち上がる。

 とうとう座ったところから私を持ったまんま立ち上がる様になったね、黒猫君。

 もう私に歩かせる気なんて全くなさそうだ。


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