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異世界で黒猫君とマッタリ行きたい  作者: こみあ
第8章 ナンシー
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3 旅路2

「なんで誰も起こしてくれないんですか!」


 今夜の野営地に着いた俺達が先に夕食の準備と野営の準備を進めてると、森からこちらによってきたバッカスが荷台に乗っているあゆみを起こしちまった。

 もう少し準備が終わってからのほうが静かでよかったんだがそうも言えないか。


「黒猫君、なんか手伝うよ」

「そこで寝てろ、今出てきてもお前に手伝える事は大してないぞ」


 これを言いたくないから寝かせておいたんだけどな。


「そ、そう。じゃあバッカスおいで。毛づくろいしてあげる」


 毛づくろいしてもらえるバッカスは、役得とばかりにあゆみを荷台からおろし、地面に敷いた敷物の上であゆみの膝に背中を預けて丸くなった。まあそうしててくれた方がこっちは助かる。


 夕食の準備はどうやら俺の分担になったようだ。他の二人が必要最低限の荷解きをしたり、馬に飼葉を与えたりしている間に俺はカールと一緒に即席のかまどを組む。軽く穴を掘ってその辺りにある大きめの石を積み上げただけの簡単な物だ。

 夕食のメニューは荷物に積んできた玉ねぎを炒めて乾燥肉を足して作る即席オニオンスープとバッカスが森で狩ってきたキジが2匹とウサギが3匹。農村の近くで手に入れたローズマリーを乾燥させた物をトーマスから貰ってきてよかった。ウサギはこのままじゃ臭くて食えない。


 そう言えばトーマスとはあの後あまり話をしていない。暗い顔をしてるあいつを見ては罪悪感に苛まれてつい話しそびれている。

 俺がキジとウサギを手早く捌いてると、集めてきた薪をかまどの中に積み上げて火を起こしていたキールとアルディが覗き込む。


「ネロ、お前器用だなぁ」

「剣は苦手だって言ってたのにこちらは上手ですね」

「人切るのと食料捌くのを一緒にしないでくれ。手が空いたんなら荷物から鍋とラードを出してきてくれよ」

「僕が行きます」


 アルディが荷を取りに行きキールが剣を研ぎ出した。


「なんだ、剣が必要になるなにかがあるのか?」

「別に予定はないが用心に越したことはない。夜だからな」


 そう言って周りを見回すキールにこの暗がりでも自分がしっかり周りを見ることができている異常さに久しぶりに気づいた。


「ああ、お前には見えるんだったな」


 俺の顔色を読んだキールの言葉に苦笑いがこぼれる。


「ああ、バッカスも無論見えるだろ」

「お前らのような奴が仲間にいるのは心強いな」


 バッカスがキールの言葉に耳をピクリとさせて微かに開いた目でこちらをチラリと見て、でもすぐにまたあゆみの毛づくろいに目を閉じた。


「お前も毛づくろいしてもらわなくていいのか?」

「いいんだよ、ほっとけ」


 キールの笑えない冗談にぶっきらぼうに俺が返すと、バッカスの毛づくろいに忙しいあゆみがちゃちゃを入れる。


「黒猫君も後でやったげようか」


 クスクスと笑いながら言ってるところを見ると冗談のつもりらしい。こっちは冗談にならないんだからやめて欲しいもんだ。


 捌いた肉を吊るして血抜きしてる間にスープを片付ける。鍋にラードをひいて刻んだ玉ねぎをじっくりと炒める。今回はキールたちが軍の装備を持ち込んでくれたおかげで、携帯用の鍋を吊るす台があるのがありがたい。


「アルディ、悪いが水汲んできてくれるか?」

「それは折角ですからあゆみさんにやってもらいましょう」


 そう言ってアルディがあゆみを立たせて鍋のところまで連れてきた。


「え? 水ですか? 私が汲むんじゃすごく時間かかりますよ?」

「いえ、一緒に水魔法の練習がてらやればいいじゃないですか」


 それを聞いたあゆみが嬉しそうに手を差し出す。


「ではご一緒に」


 そのあゆみの手に自分の手を重ね、アルディとあゆみが水魔法を始めた。

 最初はアルディの手からだけ出ていた水が直ぐにあゆみの手からもこぼれ出す。


「すごい、これで水汲みはもういりませんね」

「いえ、普通水汲みの方が安くつきますからこんな事しませんよ。あゆみさんは魔力が豊富ですからいいですけどね」


 喜ぶあゆみにアルディが苦笑いしながら答えた。二人の手から流れ出す水を見てるとちょっと心配になる。


「おい、この水本当に飲めるのかよ」

「何を言ってるんです、これは魔力から生成された純水ですよ! 治療に使うにも調合に使うにも非常に適していると言われる最も高価な水です」

「純水ですか……」


 アルディが俺の言葉に心外だと言うように答えれば、あゆみがなぜか嬉しそうにニマニマと笑いだした。


「なあ、それ俺も試してみていいか?」


 ぼそりと呟いた俺の言葉にアルディがキールを見やった。


「まあ、系統魔法の初歩ならネロの魔力量でもおかしなことにはならないだろう」


 頷きながらキールが答えたので俺も立ち上がってアルディと手を繋いで鍋の上に手を掲げてみる。

 直ぐにアルディの手から水が流れ出したのだが──


「あゆみ、お前つないだ手から信号が来るって言ってたよな?」

「うん、教えてもらってる時って繋いだ手からなんか波のような規則的な信号がきて、それが結構特徴的で簡単に覚えられるんだけど黒猫君は違うの?」

「なんも感じらんねぇ」

「え?」

「「え?」」


 あゆみだけじゃなくキールとアルディまで驚いている。


「おい、ちょっと変わってみろ」


 キールが立ち上がってアルディの代わりに水を出し始めたがやっぱり何も感じない。


「全然なんも感じないんだけど?」

「仕方ない、一通りやってみるか」


 俺の言葉に眉を潜めたキールが手の平から次々と火や雷、風を出していくがどれにも変化はなかった。


「ちょっとそこに座れ」


 言われるまま地面に座って再度手を繋ぐとキールが今度は地面にもう一方の手をかざす。

 途端、その手の直ぐ下に土が盛り上がり、アリの巣のような小さな小山が出来あがった。次いでその天辺に小さな植物の芽が伸びてきて、一旦ピタリと成長を止め、そして枯れて土に返った。


「これでも駄目か?」

「全く。なあこれ、俺は固有魔法以外使えないってことか?」


 本当になにも感じなかった。俺の少し諦めの聞き取れる声にキールが頭を振る。


「これだけじゃなんとも言えんな。今これ以上俺の魔力を使うわけにも行かないから今日はここまでだ」

「……そうか。ありがとな」


 俺はキールの戸惑いを宿した眼差しが辛くて、少し沈む気持ちを押し隠して料理に戻った。

 ちょうどあゆみ達が注ぎ込んだ水が沸いてきたので、乾燥肉とさっき捌いたキジのガラを加えておく。こちらの乾燥肉はかなり塩気が強いから特に味付けはいらなそうだ。


「こっちはこれでいいな。おいバッカス、お前も一緒に食うのか? だったらお前の分の肉は生のまま取っておくぞ」

「いや俺はもう食ったからいい」


 一人分分け前が増えたな。

 吊るしておいた肉を捌いて串刺しにし、塩を降って鍋の横に並べる。


「後は時々串を回してれば出来上がりだな」


 肉が火に当たった途端、肉の焼ける匂いを嗅ぎつけてバッカスがよってきた。


「もったいねぇな」

「仕方ねぇだろ、俺達にはこっちのほうが上手いんだから」


 そのまま火に当たってるバッカスを見て次にあゆみを見る。


「毛づくろいはおしまいか?」

「うん、これ以上は櫛がないと出来ないんだよね」

「ああ、それならアリームに頼んどいたぞ。森の木材と引き換えに作ってくれるとさ」

「い、いつの間に! 私でさえ持ってないのに!」


 そう言えばあゆみが髪を梳かしてるの見てなかったなと気づく。持ってなかったのか。


「出来てきたら一つお前にもやるよ」


 バッカスの言葉にあゆみが顔を引きつらせてる。


「犬用の櫛かぁ……いいよ、ナンシーで探してみる」


 ちょっと情けない顔であゆみが答えた。




 夕食が終わる頃、キールが今夜の火の番を決めた。人数がいるから結構楽ができる。


「中三本交代でいいだろ」


 そう言ったのは花火の様に手元が細い木で出来た棒状の線香の本数だ。ここでは時間を計るのに線香を焚く。長、中、短とあって、これがそれぞれ一本約四時間、一時間、十五分で燃え落ちる。

 中三本と言うことは三時間おきか。


「俺からアルディ、ネロの順な。カールは明日の御者を頼むから最後に起こす。それまでは休んどけ」

「助かります」


 バッカスが不思議そうに俺たちを見た。


「別に俺がいるからお前ら寝てても大丈夫だぞ」

「お前寝ないつもりか?」

「いや、寝てたって周りで音がしたらすぐ起きるぞ。第一この辺りは大した魔物もいねえし」


 そう答えるバッカスの耳がピクピクと動く。


「そうかもしれないが馬もいるしやはり一人は起きてたほうがいい」


 そう言ってキールが最初の見張りに着くと、アルディとカールは当たり前のようにその横に自分たちの寝床代わりのカーペットを持って行って寝始めた。


「あゆみに荷車使わせるぞ」

「ああ、そうしてくれ」


 自分達の分のカーペットも引き出して、酒壺の詰まった木箱の上に一枚広げてあゆみを拾いに行く。


「なんか私だけ悪いよ。今日はかなり昼寝しちゃったしどうせ寝れないよ?」

「いいんだよ。なにかあってもお前は直ぐには動けないだろ。素直にそこ使っとけ」


 そう言って抱き上げてカーペットに乗せる。乗せられた荷台の上から俺を見ながらあゆみが声を掛けて来た。


「そう言えば黒猫君、ナンシーではその耳と尻尾、絶対出しちゃ駄目だからね」

「ああ、ネロ。明日からは道中も気を付けろ」


 あゆみの言葉にキールが追従する。


「かまわねえけどなんで今更」

「ナンシーって獣人はみんな奴隷にされちゃうんだって。黒猫君も捕まったら奴隷市で売られちゃうよ」


 ああ、さっきキールの言ってた話をあゆみもどこか他から聞きつけていたらしい。

 思ったほど極端な反応はないようなのでほっとする。

 そうか、俺も獣人に含まれるのか……なんか複雑な心境だな。


「分かったけどさ、あゆみも俺から絶対離れるなよ。お前のほうこそ危ないんだからな」

「んー、どの道自分ひとりで歩き回れ無さそうだよね、人多そうだし」


 分かってるのか分かってないのか、あゆみが適当に返事しながらカーペットに丸くなった。

 俺も自分の分のカーペットを荷馬車の横に敷いて寝床を準備する。 


「バッカスこっち来いよ」

「……ネロお前俺を枕代わりにする気じゃねぇだろうな」

「そうだけど? この前もそうだったろ」

「お前がくっついてると暑いんだよ。そっちで一人で寝ろ」


 バッカスはそう言って荷車の反対側に陣取りそのまま地面に横になった。

 本当はこいつが起きるような事態になったら直ぐ一緒に起きたかったんだが仕方がないか。


「明日はナンシーに着くからな。街中は色々マズいこともあるからあゆみとネロは街に入ったら俺がいいというまで喋るなよ」


 手を振って了解を示し、寝転がって目を瞑る。懐かしい森と草原の匂いの中で俺は直ぐに眠りについた。

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