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6 仕事?結婚?

 その日の夜、とうとう月の物が来てしまった。私の様子を見てたクロエさんがテリースさんに相談に行ってしまった。何事かと思えばクロエさん曰く彼女が知っている物より異常に多いのだそうだ。

 うーん、普通だと思うんだけど。

 それを聞いたテリースさんまで心配して見に来てくれて結局私の月の物は隠しきれない状況になってしまった。まあ、既に全然バレてたんだけどね。


「やはり世界の違いなのかもしれませんね。とりあえずあゆみさん自身は大丈夫な様ですしこのまま様子を見ましょう」

「いえ、テリースさんは本当に結構ですから。大丈夫ですから。もうお願いですから放っておいてください!」


 私の剣幕に心配そうにしながらもテリースさんが部屋を出ていってくれた。それを見てクロエさんがまだちょっと不安そうにこちらを見る。


「クロエさんも、これほんとに普通ですから。いつもの事ですし」

「でもあゆみさん、それじゃあお部屋からは出られませんよ」


 そうなのだ。詳しくは言いたくないけどこちらの対処法ではとてもじゃ無いけど向こうにいた時みたいに動き回れない。黒猫君の言葉通り動けなくなっちゃった。

 それでも病気なわけでもないし本人は結構暇なのだ。


「クロエさん、仕方ないからここで台帳仕事したいんですけど」

「え? 何言ってるんですか。あゆみさんは今の所様子見の絶対安静です。服やシーツの洗濯物はメリッサがしてくれるから良いですけどカーペットとか椅子とかに着いたら困るでしょ」


 ご、ごもっともですが。


「だからここで板でもひいて仕事を……」

「休んで下さい。そして寝てください」


 クロエさんに押し切られてその日はそのまま眠る事にした。



 でも次の日もその次の日も服を着替えてからそのまま部屋から出してもらえない。

 よくある深層のお姫様が窓際から動けなかったのってこのせいか?

 それでも2日目の昼間までは我慢した。昼になってクロエさんがご飯持ってきてくれて病気でも無いのにベッドで食べて。

 その辺りで限界が来た。


「もう無理! やる事が山積みになってるのに生●ってだけで寝てられるか!」


 とうとう叫びだした私はクロエさんを捕まえて脅迫を始めた。


「クロエさん、私のいた世界ではこの時期にベッドでグダグダする様な女は嫁に行けないと言われます。このままじゃ私、お嫁に行けなくなっちゃいます!」


 もうヤケのデマカセで言ったのに返ってきたクロエさんの言葉にビックリしすぎて目が点になった。


「ああ、それでしたら問題ないですよね、だってあゆみさんはもう結婚されてるんですし」

「え? 今なんと?」

「え? ですからあゆみさんは結婚されてるから……」

「私が結婚って誰と?」

「え? 何言ってるんですか、ネロさんに決まってるじゃないですか」

「ま、待ってください、誰ですかそんな事言いふらしてるのは?!」

「え? キーロン殿下が今朝皆の集まった所で発表されてましたよ?」

「はぁ?!」

「あゆみさん?」

「黒猫君を──」

「?」

「黒猫君を今すぐここに呼んできて!!!」


 私の叫びは執務室まで響いてたそうだ。


「そんなに叫ばなくてもご主人ですもの、すぐにお呼びしますよ」


 邪気のないクロエさんの答えに脱力して私はベッドの上で突っ伏した。



「入っていいか?」


 珍しく黒猫君が部屋の外から声を掛けてきた。黒猫君でもやっぱり気を使ってくれてるらしい。


「私が呼んだんだからもちろんいいよ、早く入ってきて!」

「外までお前の叫び声が響いてたぞ」

「だって、だって……」


 私は黒猫君の顔を見た途端、涙が溢れてしまった。


「こんなの我慢できない! こんな、こんなんで一週間もここに閉じ込められて、私の知らない間に黒猫君と結婚した事にされてて……」


 何でここで泣き出しちゃったんだろう。気分が不安定だったのもある。でもそれだけじゃなくて。悔しくて。


「私が女ってだけで何で皆の扱いがこんなに違うの? 何で黒猫君は一人でもナンシーに行けるのに私は駄目なの? 何でポールさん達、黒猫君のことは素直に認めたのに私は駄目だったの? 何でドンタスさんは黒猫君には握手で私には嫁に来いなんて言うの? そんでもって体調のせいで仕事もさせてもらえないってなんで?」


 もう完全に八つ当たりだ。どれもこれも黒猫君のせいじゃないのは分かってる。だけど今この鬱憤をぶつけられるのは黒猫君以外に居なかった。

 私の言葉を聞いた黒猫君はちょっと苦笑いしながらも私のベッドの横の椅子に座って私の頭を撫で始めた。


「お前、それは俺だって言いたいぞ。何で俺の体は死んじまったんだ? 何で俺ばっかり猫なんだ? 何でお前が大変だった時に見てるだけしか出来なかったんだ? 何でいつもトーマスの方がお前に相談されてるんだ? 何でバッカスには甘えて俺には甘えられないんだ?」

「え?」

「何であいつは家族で俺は分かんないんだ? 俺と結婚している事にするのは嘘でもそんなに嫌か?」


 途中で涙が止まって口をあんぐり開けて黒猫君の顔を見てしまった。


「黒猫君?」


 気のせいじゃなく黒猫君の耳が赤い。顔も……赤い。


「俺がキールに頼んだんだ」

「え?」

「お前が俺と結婚してるって皆にも伝えてくれって。そうしないとキールがそろそろ抑えきれないって言うんで」

「へ? え?」

「お前、知らないんだろうけど兵士の中にお前に結婚を申し込もうって奴が結構いるんだ」

「え? ええええ!!??」


 黒猫君がはぁっと小さくため息を吐いた。


「お前の謙虚な所が人気らしい」

「ウソ」

「ホント。トーマスだってお前が告白すれば即オッケーだろ。してみるか?」


 真顔で黒猫君が冗談を言う。


「そんなバカな。だって私今まで誰かに言い寄られた事とかないし。前の彼氏だって何か成行きで付き合って成行きで自然消滅してたし」

「じゃあモテ期なんだろ、きっと」


 黒猫君は茶化して適当に言ってるみたいだけど、ちょっとそれってもしかして本当に?


「なんだろう、この全然嬉しくない感は?」

「ならお前の欲しい相手がその中に居ねぇんだろ」


 その返事にふと元の話を思い出して黒猫君の顔を見た。


「それで何で黒猫君がキールさんに頼む事になっちゃうわけ?」

「それは……」


 黒猫君が言い淀みながら目線を空中で泳がす。

 泳いでた目線がゆっくりと私の方に向いて。

 真剣な顔でジッと見つめられて。

 私はこれは聴き逃しちゃいけないヤツだって思ってやっぱり黒猫君を一生懸命見つめ返して。


「それは……ナンシーから戻ったら言う」


 真っ赤な顔でそれだけ言って逃げようとする黒猫君の腕をハシッと掴んだ私はそのまま黒猫君を引っ張り返す。


「待って黒猫君。そんなんで逃す気ないから。言うこと言えないならまずは私に仕事をさせて。こんな所に閉じ込められて一日中一人で寝っ転がってたら気が狂っちゃう!」

「お、お前、今俺がどんな思いで──」


 叫んだ私を見下ろしながら黒猫君の顔が引きつった。


「もう黒猫君と結婚してる事になっちゃったのはそれでいいよ。でも私、こんな風にサボってるみたいにダラダラしてるのもうやだよ。そりゃマッタリしたいって言ったよ、前に。だけどさ、それはみんながみんなもう命の危険とか明日食べるものの事とか悩まなくなってからの話だよ。こんな状況でみんなが働いてるのに一人だけこんなのもうガマンできない!」


 パット君だって怪我が治りきってないのに働いてるんだ。この前は森に置いてけぼりだったからしょうがないけど麦の刈り入れだって手伝えなかった。ポールさん達には偉そうに個人台帳の作り方説明したのに私まだ一枚も自分で書いてない。

 悪いけど結婚がどうのこうのより今の私にとってはこの状況の方が切実なんだ。

 私の一生懸命の言葉はなんとか届いたみたいだ。引きつってた黒猫君の顔が私の話を聞いてるうちに少しずつ真剣な物に変わっていった。叫ぶように言葉をきって黒猫君を下から睨み上げた私に、最後には小さくため息をついて微笑みながら黒猫君が答えてくれる。


「分かったから離してくれ。今ポールに頼んで仕事の割り振りを戻してもらってくるから。パットに頼んで机と書類も入れてやる」


 黒猫君の言葉にホッとして脱力した私は黒猫君の腕に縋り付いてその場でベッドに突っ伏した。


「よ、良かったぁ。これで暇で暇で庭の葉っぱの数数えて時間やり過ごすのから解放されるぅ~」

「おま、だからくっつくな、離れろ」


 単に腕に寄りかかっただけなのに黒猫君が嫌そうに私を腕から振り落とそうとする。


 黒猫君のそんな雑な扱いに私はちょっとムッとして────


「何言ってるの、黒猫君もう私の旦那さんなんでしょ? これくらいで何……」

「ばか」


 ────茶化した私は次の瞬間、天井を見てた。


 え?


「お前な。いくら何でも無防備すぎ」


 黒猫君が私を……押し倒してた。


「何度も言っただろ。お前の匂い、キツイって」


 黒猫君が私の顔を覗き込んでる。ちょっと苦しそうに唇かんで。


「この部屋、もう時期が過ぎるまで誰も入れるなよ。過ぎてからも気をつけろ」


 吐き捨てるようにそう言って私を置き去りにして、黒猫君は部屋を出て行ってしまった。


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