5 クロエ
それから暫く私達は二人で額を突き合わせてお話し合いを続けた。
それで分かったこと。
今私が着てる服は農村で働く女性が一日中家の中で動く時の為のもので、本来女性が外に出て着る服よりかなり露出度が高いらしい。
「そんなに露出度が高い服を人に会うときに着るのは10歳位までの子供か貧民街で服を買えない者、それか東の館で働く者だけです」
「東の館って……」
「男性を相手にする商売の女性達です」
あ、娼館の娼婦の皆さんか。ああ、それであのヒキガエルがあんな目で見てたのか。
「正直あゆみさんの姿では東の館って言うより貧民のそれに近いですが」
「うう、確かに私じゃ色気もありませんしね」
「え? そんな事はないですよ。そうでは無くてあゆみさんのその髪ではとてもそう見えないって事です。あそこで働く女性はいつも髪を綺麗にしてますから」
あ、そういう事なのか。
とは言えスカートは膝丈より長いし袖も半袖だ。でも駄目なんだって。ここで執務するなら夏でも長袖を着た方がいいそうな。これは結局今まで通り執務の時は兵士の服を着ることにした。いつかお金ができたら少しは服も買おう。
次が髪の毛。
こちらに来て以来シャンプーリンスなどあるはずもなく、石鹸さえ無かった私は水で洗ってはテリースさんから分けてもらった髪結いの紐で後ろに束ねてきた。こちらに来た当時まだ肩にかかるかかからないかだった髪もやっと結いやすいくらいの長さになってきた所だった。
「やっぱり持ってきてよかったですね。これはお持ちじゃないだろうと思ってたので」
そう言って壺を1つ手渡してくれた。
中を覗くと何か白くて硬いクリームみたいな物が入っている。
「これは牛の脂から作ったクリームです。この通り固まってますが指で暫く触ってると柔らかくなって取り出せます。ほんのちょっとこれを指につけて髪に伸ばしてやれば櫛の髪通りが良くなるんですよ」
「うわ、これはありがたい! いつテリースさんの櫛の歯を折っちゃうかと心配だったんです!」
「え? ちょっと待って、あゆみさんもしかして櫛もない?」
「ええ、いっつもテリースさんから貸してもらってて。って言ってもお風呂自体滅多に入れなかったから普段は手櫛だったんですけど」
「櫛、買いましょうね」
クロエさんが顔を引きつらせてた。私だってそりゃ櫛は欲しかったけどさ、そんなものの前にもっと切実に必要な物が無かったからそれどころじゃ無かったんだよね。トイレの紙とか。
うーん、水車小屋の事もあるしそろそろ一度ピートルさんとアリームさんに会いに行くか。
私が水車小屋の設計に頭を飛ばしているとクロエさんが少し困った顔でこちらを見る。
「あゆみさんそれからお風呂ですけどね。普通は共同浴場に入りに行くんですよ。でもあゆみさんの場合私一人じゃちょっとお手伝いしきれませんねぇ」
「そ、そりゃそうですよね」
一瞬期待してしまった。共同浴場。いい響きだ。大きなお風呂入りたいなぁ。
そうだ。無いなら作っちゃえばいいじゃないか。ここだって一応カントリーハウスになったんだもん。ひとつぐらい贅沢な物作ったってバチ当たらによね? よしその内全部落ち着いたら絶対作ってやる。ドラム缶ブロでも……ってドラム缶も無いのか。
「あのクロエさん、つかぬ事を伺いますがこの辺に温泉とか無いですよね?」
「温泉ですか。確か北の獣人の国の近くには温泉が湧くって昔、おとぎ話で聞いたことがありますよ」
「じゅ、獣人の国ですか」
「はい。この街にはほとんど居ませんけどナンシーに出ると結構奴隷として使われていると聞きますよ」
「奴隷ですか? 獣人は必ず奴隷なんですか?」
「ええ、まあ教会がきめてますからねぇ。ここの教会は元々余りやる気ありませんでしたからわざわざ狩り出したり買い付けに行ったりはしてませんでしたけど。ナンシーや中央の様な大きな街では盛んに取引されてますね」
それってもしかして黒猫君、危ないんじゃないだろうか?
後で教えてあげないと。
「あと、エルフもたまに売り出されてるそうですよ。テリース様はそれをかい潜ってこの街に逃げて来たんだって昔教えて頂きました」
「テリースさんがですか? ああ、確かに以前はキールさんの奴隷になってたんでしたね」
「いえ、それはもう完全な言い訳のためでしたが、それより前、キーロン殿下と中央から逃げてくる時に狙われたんじゃありませんか」
「え? え? キールさんとテリースさん、元々逃げて来たんですか?」
「ああ、言い方が悪かったですね。キーロン殿下は逃げる様に転属を繰り返してナンシーの隊長とここの隊長を兼任してテリースさんをここに匿ったって以前噂で聞きましたよ」
色々まだまだ私達の知らない事があるらしい。これはやっぱりナンシー行きは一緒にしたいな。
私はちょっと自分の身体を見下ろしてため息をついた。