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4 ガマの爆弾

「じゃあ、一旦試作して持ってくるからな」


 そう言い残して席を立ったドンタスさんは、帰る間際に爆弾を落としていった。


「ああ、それからそこのお嬢さん、あんたがいると発酵が早く進むんだろ。あんたワシの3番目の嫁に来い。悪い思いはさせないぞ」

「い、嫌です!」


 何を言い出すんだこのオヤジは! 発酵のために嫁って発想自体もうアウトだけどしかも3番目!? って事はこの人もう既に二人もお嫁さんいるの!?


 即答する私をすごい目で見ながらドンタスさんが続けた。


「そんな貧民の様ななりの癖にワシの申し入れを断る気か!?」

「もちろんお断りします!」


 私が顔を引きつらせながらハッキリと断ってるのに、ドンタスさん今度はキールさんに向き直ってしなを作る。


「おお、キーロン殿下。これだけ色々今まで融通してきたのです。その娘1人くらいワシに嫁に来るように仕向けてくだされ」


 ドンタスさんのとんでもない申し入れにキールさんは眉をしかめながらこちらを一瞥して、それこそもっととんでもない事を言い出した。


「ああ、ドンタス。それは無理だぞ。あゆみはもうネロに嫁いでる」


 反射的に叫び出しそうになった私の口を黒猫君が慌てて手で塞いだ。

 ドンタスさんはそれを聞いて悔しそうに唇を噛む。


「それは本当に残念な事で。折角酒造りが速くなると思ったんだが」

「そういう事ならあゆみに協力させよう。発酵中の物を厨房にでも運び込んで一晩置いとけばいい」


 それを聞いたドンタスさんはすぐに機嫌を直して帰っていった。


「キ、キールさん! 幾らドンタスさんを追い返す為とは言え勝手に私を既婚者にしないでくださいよ」


 ドンタスさんが見えなくなってやっと黒猫君が手を離してくれたのでキールさんに向き直って文句を言うとキールさんがおやっと首を傾げながらこちらを見る。


「何を今更。お前らは二人で一人だって言ってたろう?」

「そ、それはそうですけど。黒猫君だって困ってるじゃないですか」


 私がそう言って黒猫君を見ると黒猫君が少し赤くなりながら答える。


「いや、あのガマガエルに付きまとわれるくらいなら俺の嫁って事にしといたほうがよっぽどマシだろ。アイツかなり本気でお前のこと見てたからな。それともお前、ああいうのが趣味か?」

「いい嫌、それは無いから。正直生理的に無理」

「そうだよな。だったらそれくらいの白い嘘はほっとけよ」

「白い嘘?」

「ああ、White(ホワイト) lie(ライ)。人を傷つけない嘘な。この場合ガマをってよりお前の事だ」


 うーん。嘘に白も黒もない気がするけど。少し引っ掛かるものはあるけど黒猫君が良いならそれでもいいか。私が不承不承頷くのを見たキールさんがニヤッと口の端で笑った。


「って事でめでたくお前らは夫婦ってことだな?」

「キールさん! 勝手に話を大きくしないで。絶対言いふらしたりしちゃ駄目ですよ、嘘なんですから。黒猫君もちゃんとキールさんに文句言ってよ!」


 私がこんなに一生懸命キールさんを止めてるのに黒猫君は一人曖昧な笑いを浮かべてる。


「あのなあゆみ。これからもこういう事は起きるだろ。お前の現状じゃ強引な奴の求婚を断るのも簡単じゃないぞ。下手な奴がお前にちょっかい出さない為にも別に俺はお前の相手って事にされてても問題ない。どうせ身内はそんなの嘘だって知ってるんだから心配するな」


 黒猫君は軽くそう言ったのに。これを私は後で沢山後悔することになる。

 私は二人のからかう様な視線に耐え切れなくなり杖を付いて立ち上がった。


「何か今日はこの服のせいで色々言われてる気がするからちょっと私着替えてくる」


 今日は黒猫君が農村で貰ってきてくれた服を着ていた。半袖のシャツと膝下の薄い麻のスカート。少しだけ女らしくて嬉しかったけど何かこれが全ての元凶な気がしてきた。やっぱり見習い兵士の服の方が色々面倒が無くていいな。


「キールさん、この際ですからいっそちゃんとした兵士の服を一揃えもらえませんか? あれなら私も男に見えるんじゃないですかね?」

「……検討しておこう」


 私を抱きかかえようとする黒猫君を「着替えに行くんだから黒猫君はいいよ」と言って手を振って断って私は一人で自分の部屋に向かった。

 全く何で私が独りで焦んなきゃいけないんだ? 結婚てそんな嘘や冗談にしちゃいけない事でしょうに。

 私が物思いに耽りながら部屋のドアを開けると女性が一人戸棚の前に立っていた。


「ごめんなさい、部屋を間違えました!」


 考え事をしながら扉を開けたので一瞬部屋を間違えたのかと思って謝っちゃったけど、ここやっぱり私の部屋だよね?


「ああ、あゆみさんですか? ここで部屋は間違ってませんよ」


 そう振り返ってにっこり笑いながら女性が頭を下げる。


「本日からこちらのお屋敷で働くことになりましたクロエと申します。主にあゆみさんの身の周りのお手伝いと厨房のお手伝いをさせて頂く事になりますのでどうぞ宜しくお願いします」

「え? 私のって私一人の為にそんなの必要ないと思うんですけど」

「失礼ですがテリースさんからあゆみさんはこの辺りの習慣に疎いと伺いました。男性ではお伝え出来ない事も多いのでしょう。今朝テリースさんがわざわざ農村の村長をしている祖父にお願いに来られたんですよ」


 うわ、テリースさん昨日の今日でわざわざ行ってくれたんだ。凄くありがたい。


「うわ、じゃあ色々と伺いたいことが山ほどあるんですけど」


 私の言葉にクロエさんが微笑みながらベッドにまずは腰掛けるように勧めてくれた。

 私の隣に腰掛けたクロエさんは多分30半ばくらいだろうか?

 落ち着いた雰囲気の女性で使い込まれたロングスカートにエプロン、やはり使い込まれながらも清潔な長袖のシャツを着ている。艷やかなブロンドの髪は少しだけピンクがかっていた。それを緩やかに後で縛り上げている。


「まずあゆみさん、先にお持ちの物を見せてもらってましたけどこれでお持ちの物は全部なんですか?」

「えっとそうですね。こっちの箱にほんの少しだけ他の物も有りますが」


 箱に入ってたのはあっちの下着と羊の毛玉が数十玉。

 実はこれ、定期的にテリースさんからせしめていたトイレの紙代わりなのだ。

 ここの建物のトイレには紙がない。用をたした後に洗う道具と場所があるんだけど。どうしてもそれは我慢できなくて医療用のコットン代わりにこちらで使われるこの羊の毛玉を頼み込んで分けてもらってきたのだ。

 切実にトイレの紙は欲しい。でもこれでもアレで拭いて洗うよりは何十倍もマシ。


「……テリースさんに聞いてはいましたがこれは色々と大変そうですね」


 私の返事にクロエさんが小さなため息をついた。


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お読みいただきありがとうございました。
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