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1 台帳開始

「あゆみいい加減起きろ」


 部屋に黒猫君のいつもの声が響いて目が覚めた。

 慌てて起き上がって声の主を探すと扉の所から呆れた顔でこちらを見る黒猫君がいた。

 確か昨日は心配で黒猫君が帰ってくるまで起きてようと思って頑張ってたのに、いつの間にか寝ちゃったらしい。それどころか黒猫君に起こされるまでまるっきり目を覚まさなかった。

 自分で自分に呆れながら眠い目をこすって黒猫君を見やる。


「おはよう黒猫君」


 私が目を覚ましたのを確認した黒猫君は勝手にスタスタと私の戸棚に向かう。


「みんな無事?」

「ああ。バッカスの仲間が子飼いにされてた奴を追ってくれてる。後でここに連絡が来る予定だ」

「そっか、良かった。心配してたんだよ」


 そう言いつつベッドの上で伸び上がりながら欠伸するとそれを見た黒猫くんが文句を言いつつも私の着替えを手渡してくれる。


「その割には暢気なもんだな。こっちは夜中過ぎまで働いてたんだぞ」  


 黒猫君は呆れた声を上げながら窓に向かう。それって私に着替えろって事だよね。


「しかもアルディの奴、他の兵士と一緒に起こして朝から剣の訓練付けだすし」

「え、すごいね黒猫君。じゃあ剣も使える様になったの?」

「一日やそこらで使える様になるわけ無いだろ。そう言えばお前が相談できる女性は午後にはここに来るそうだ」

「そ、そっか。ありがと。そうだ、同じアルディさんに教えてもらうんだったら一緒に行って黒猫君の固有魔法試そうよ」


 私が着替えながら答えると黒猫君が首を振って答える。


「いや、半日じゃ何かあった時にマズイだろ。それに悪いけどしばらくお前を抱えて動き回るのキツイわ」


 そう言う黒猫君の顔が真っ赤だ。耳の内側まで赤く染まってる。

 そうか、昨日匂いが分かるって言ってたもんね。


「黒猫君、もうそんな私を抱えて歩き回んなくていいよ。私自分でも充分動き回れるんだし。あ、そう言えば言い忘れてたけど黒猫君、ちょっと見て」


 私の声に黒猫君が振り返ってギョッとした。


「お、お前、それ何やってんだ?」


 片足だけで立っている私を見て咄嗟に両手を突き出して私を支えようとした黒猫君は、直ぐに私が自分だけで立ててる事実に気がついて恐々と様子をうかがっている。


「なんか私の左足、いつの間にかかなり筋肉が付いたみたい。もちろん歩くのは無理だけどこうやって立ってるだけなら暫く大丈夫になっちゃった」


 黒猫君が呆れながらこっちを見てる。


「人間の足って普通そんなに早く筋肉付かないだろ。それもお前の成長の魔法か?」

「あ、そうかも」


 そう言って私は自分の右足をみてしまう。やっぱりこっちは変化がない。左足にこれだけ変化が起きたのだ、もしかして右足もまた伸びてきたりしないかとちょっと期待してしまう。


「流石に切れちまったもんは生えてこねぇみたいだな」


 私の隣まで来て私を支えながら黒猫君が呟いた。そのまま少し悲しそうに微笑んで私を抱え上げて部屋を出ようとする。


「ちょっと待って、黒猫君、私匂うんでしょ? 下ろしてよ」

「少しくらいなら問題ねぇよ。それよりパットが部屋で待ってる。早く行くぞ」

「それを早く言って!」


 そういう事ならこんな所で話し込まなかったのに。



「おはようございます、あゆみさん!」


 私達の執務室に入ると、入り口の机にパット君が座っていた。パット君の元気な声にちょっと涙が滲む。


「おはようパット君。じゃあ台帳仕事始めよっか」

「ゴホン!」


 室内から聞こえた咳払いにふと見るとパット君の他にも3人ほど私達の執務机の前に立っていた。それを通り越して黒猫君と二人で自分の席に座ると残りの3人も席に付いた。


「前にちょっとは顔を見てるだろうが彼らはパットと同時期に雇った他の施政官達だ」


 黒猫君の言葉に直ぐに一番右に座った男性が続いた。


「自己紹介させてください。僕はポールと申します」


 最初にそう言って挨拶してくれたのは多分40歳くらいの男性だった。黄色がかった茶髪を短く刈り上げて少し厚めの濃い緑の服を着込んでいる。なんかちょっと軍人さんぽい。顔付きもガッチリしてて口をへの字に結んでる。少し太い眉の下の鳶色の目が私を値踏みするように見つめて来た。

 それに続いてポールさんの隣に座っていたもう少し年下の男性が2人続けて挨拶する。


「ゴードンと申します」

「ジョンと申します」


 ゴードンさんは少し丸顔の優しそうな人。恰幅もちょっといい。若いのに前髪がちょっと後退気味。白髪じゃないんだろうけど薄いグレーの髪のせいで余計年寄りっぽく見える。

 ジョンさんは多分一番年下。背中まで伸びるクリクリとカールした金髪を後ろに流して紐で結ってる。やけに輝く翠の目がまるでお人形さんみたいだ。ペチャンコの鼻の頭にソバカスが散っててなんかこれで女の子で髪をツインテールにしたら古いアニメの主人公になりそう。


「キャンデ……」

「言うな!」


 黒猫君に止められた。って事は君もそう思ったんだね。


「これで今ここの政務に関わる施政官は全員揃ったわけだが」

「あれ? 黒猫君タッカーさんを含めて5人雇わなかったっけ?」

「1人卸の業者に引き抜かれちまった。まあそれは仕方無いとして今後の仕事の割り振りを……」

「ネロさん、仕事に移る前にまず先にお二人の関係をご説明いただけますか?」


 丁寧な口調で、でもしっかりとこちらを見つめながらポールさんが問いかける。

 ど、どういう関係と言われても……

 困って答えられない私の横で黒猫君が無表情ではっきりと答える。


「キールの演説で誤解した奴もいるかもしれないが、あゆみと俺はどちらもランド・スチュワードだ。権限は同格だ」


 あ、当たり前だけど仕事の話だよね。私は恥ずかしくなって顔を引きつらせながら答えた。


「えっとそうです。ランド・スチュワードのあゆみです。個人台帳の作成を担当します」


 私の言葉に3人がそれぞれ顔を硬くした。


「お言葉ですが、彼女にそんな仕事が本当に出来るんですか?」


 言いづらそうに、でもはっきりとポールさんが言うのを聞いて私はちょっと驚いてしまう。だって私、ポールさんと仕事したこと無いのに。

 それを聞いて黒猫君がヒョイっと片眉を上げた。


「あゆみ、いいからこいつらにお前の考えた個人台帳の形式と作成方法を説明してやれ」


 無視された形になったポールさんがちょっとムッとしてるの、怖いんですけど。

 それでも黒猫君はもう椅子の上で腕組んで喋る気なさそうだ。仕方なく私は説明を始めた。


「……と言うわけで今パット君が持って来てくれたこの小さめのわら半紙が一般市民用、こちらの精製紙のほうが一部の高所得者及び高額収入のある商店向けです。通し番号は個人と企業……じゃなかった商売で分けますから気をつけてください」


 私の説明は多分15分程続いたと思う。見本の紙は既に以前パット君に話してた通り見出しが書き込まれてた。私が来る前にパット君が気を利かせてくれたみたいだ。


「ねえパット君、ピートルさんに頼んでこの見出しもハンコにしてもらおうよ。」

「ハンコ、ですか?」

「うん、この文字と同じ形に木か鉄を削ってもらってそれでペタンってやるの。すごく楽になると思わない?」

「ああ、いいですね。後でピートルさんに相談しておきます」


 ついちょっと余計な事に話がそれて慌てて周りを見ると目の前の3人が3人とも目を点にしてた。

 あ、いけない。また私の話についてこれない人を置き去りにして話しまくっちゃったみたいだ。

 困って黒猫君を見れば何故か黒猫君、一人でニヤニヤしながらこっち見てる。パット君に助けを求めようとするとパット君も何故かキラキラ目を輝かせながらこっちを見てた。


「それでポール、まだなんか不安はあるか?」


 黒猫君の声にハッとして顔を黒猫君に向けたポールさんが少し恥ずかしそうに答えた。


「いいえ、ございません。大変失礼しました」

「じゃあ、それぞれ紙を持って行って作業に移ってもらうがあゆみ、買い付けの時の紙に載ってない連中の呼び出しはどうする?」

「そ、それはお願いですから我々にお任せください!」


 ポールさんがやけに焦って言葉を挟んだ。スッと睨む黒猫君の耳にポールさんが何か耳打ちする。それを聞いた黒猫君が少し顔をしかめながら頷いた。


「それじゃ仕方ないな。あゆみには後で説明する。全体のまとめや作業の割り振りはあゆみが取り仕切るからな」

「はい、宜しくお願いします」


 そう言って3人は挨拶だけしてそれぞれ部屋を出ていった。


「黒猫君、どういう事? 何で呼び出した人達の対応を私がするんじゃ駄目だったの?」

「それな。ポールが言うにはこのままだとお前がかなり嫌な思いするからだそうだ」

「はい?」

「俺やお前が着てるこの服、どうも貧民や農民しか着ない最底辺の物らしい。そんでこんな田舎町でも商人はそこそこちゃんとした服で仕事をするらしい。」

「はあ」

「それでなくとも女の商人ってのは少ないそうだ。商人の奴らはお前が施政官だって言っても信じないだろうってさ」

「でもこの前買い付けやった時にはちゃんと出来てたよね?」

「あん時は緊急事態だった上お前多分女だと思われてなかったんじゃないか?」

「ひ、ひどい」


 でもありそうだ。あの時私見習い兵士の服だったしほとんど俯いて紙に書きっぱなしだったし。


「……じゃあまたあの格好でムスッとしてればいいんじゃない?」

「出来ればあいつらに任せてくれ。その足だとまたこの前みたいな事が起きないとも限らない」


 心配そうにそう言われてしまっては私もこれ以上文句も言えない。


「分かった。じゃあ紙の仕事だけやるよ」


 仕方なく合意した私を、でも黒猫君はまだ心配そうに見つめていた。


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