11 夜のお話し合い3
あゆみの部屋をあとにした俺は、そのままキールの執務室に入った。
「どうだった?」
俺は盛大にため息を吐き出しながら答える。
「説明してきたよ。枕投げつける剣幕で怒られたけどなんとか収まった。テリース、あんたが相談出来る女性を連れて来るって言ってあるからよろしくな」
俺の言葉にキールもテリースも明らかに安堵の表情を浮かべた。
「ちょうど良かったですね。私自身ここをカントリー・ハウスとして整える為に農村で人を集めてましたから。明日には丁度いい方をこちらに呼べます」
「あれはお前だけを俺が贔屓してるとでも思ってたのか?」
俺がへたりこむように椅子に座るとテリースが暢気な顔で答え、キールが問いかけてくる。
「いや違う。俺達が隠しごとをしてあいつを除け者にしてると思ってたみたいだ。特に俺がナンシーに連れていけないって言ったのが悪かったみたいだ」
「いやだって行けないだろう、これからの体調を考えれば……」
言葉を濁すキールの顔を見ながら俺はため息を付いた。
「どうも本人に自覚がなかったらしい。お陰でいらないことまで白状させられて枕投げつけられそうになった。あ、ついでにあんたらにバラしたことも勘づかれた」
キールがちょっとギョッとしながらも「別にいいが」と口の中で呟いて続ける。
「じゃあ、あゆみはナンシーに連れて行けないことには納得したんだな?」
「ああ。体調の話で爆発してくれたお陰で、今朝俺たちだけで先に話をまとめていたのもなんとか誤魔化せた。あんとき、せめて俺があいつの匂いの理由に気づいていればここまで拗れなかったんだが」
「今更言っても仕方ない。それに、悪いがこういう話は一番近い人間にしてもらうより他にないしな」
そう言ってキールがまた俺を意味ありげに見やがる。
確かに、一緒にいた時間は俺が一番長いかもしれないが、俺が一番近い相手なのかと言えば正直疑問だ。
最近はどうもトーマスに色々話してるみたいだし、あいつに頼んだほうが良かったんじゃないか?
バッカスには家族宣言してたしな。
まあ俺も家族以下ではないらしいが……今更、俺があいつの中でどう思われてるかなんて気にしても仕方ないんだけどな。
情けない気分になりつつある俺に、キールがお構いなしに話を続ける。
「それにあゆみにこれ以上、戦いに関わる話は聞かせたくないと言いだしたのはお前だしな」
「ああ」
そうだ。
昨日の一件で本気で懲りた。
あいつがあそこまで過敏に決闘に嫌悪感を抱くとは思わなかった。
やっぱり俺は少し日本人の常識からずれているんだろう。
今日のバッカスとの勝負だってそうだ。
俺だっていあいつとは一度本気でやりあってみたかった。
だけど俺が二つ返事で立ち上がったのを見て、あゆみは昨日と変わらないくらい怒ってた。
あゆみの前で誘いを持ちかけたバッカスをちょっと恨んだ。
それでも断れるわけもなく、結局あゆみの杖を持って置き去りにした。
結果から言えば、バッカスのやり方のほうがあゆみにとっては正解なのだろう。
さっきのやり取りを見てもそうだが、あいつに隠れてバッカスと話をつけたり、あいつの体調の話を勝手にキール達に話した俺への怒りのほうが間違いなく上だった。
「どうもあいつに隠しごとをするのは完全にアウトになるみたいだ。あとから知られたほうがよっぽど手におえない」
俺の言葉にキールが苦笑いしてる。
「それでも隠したいんだろう?」
「……内容によってはな」
昨日全員の前で宣言した通り、今日俺は俺個人の休暇として森に行くことになっていた。
これなら元々街と狼人族の争いに直接かかわりがなかった俺も、あゆみのつき添いという形であちらの様子を伺って来ることができると踏んでのことだ。
ただ、そんな含みをあゆみに話したって全く通じないだろう。
あいつはもうどこかもっと深い部分であいつらを信用しちまってる。
正直言えば俺ももう、昨日の一件でバッカスを信用することにしていた。
馬鹿みたいに聞こえるが、俺の場合こういうことは昔っから全てカンで決める。
あのとき、こいつは信じられる、そう思ってしまった。
だからそれで充分だった。
だけどだからって他の奴らまで全部まとめて信用した訳じゃない。
バッカスの統率力も分からなかったしな。
まあ、あゆみの統率力には恐れ入ったが。
「さっきも言ったが、あいつらあんたらの砦を使って生活してた。北に置いて来た女子供を呼び寄せてあの辺りで暮らしたいそうだ。それを邪魔されない限り、街の人間に対して特に思うところはないそうだ」
俺はそこで一旦言葉を切って複雑な気持ちで続けた。
「このままあそこをあいつらに任せても大丈夫だと思うぞ。あいつらあゆみには絶対の信頼をおいてる。っていうかあれはもう崇拝の域だな。あゆみがやれって言えばあいつらあゆみのために絶対やる」
「じゃあ最善の形で俺たちの要求通りになわけだな。あゆみのためって部分を除けばだが」
俺の言葉にキールが複雑そうな顔をした。
実は、俺は前もってキールから色々と交渉の足しになる材料を渡されていたんだが、あいつらが興味を示したのは砦の所有権と「次はいつあゆみが来れるか」だけだった。
あの砦は元々冬の緊急用貯蔵庫とナンシーの街から人を迎えるための仮の歩哨場所だったらしい。
それを狼人族との抗争がひどくなった時点で改装したんだそうだ。
だから狼人族があの場所を欲しがるならそれは別に問題なかった。
「それにしてもあゆみのお陰で一気に話が進んだな」
「ああ、こんな話し合い、普通に交渉してたら互いのわだかまりでどんだけ無駄な時間を費やすところだったか。あゆみ繋がりで俺も完全に受け入れられたみたいだった。なんかあいつの召使程度に見られてる気はするが。実はバッカスとは一回本気で勝負したぞ。お陰でそのあとは腹を割って話せた」
「そうか。どっちが勝った?」
キールの質問にバツの悪い思いで答える。
「俺の負けだ。あいつ、変身もしないし最後まで手加減してやがった。俺がどこまで本気か遊ばれてたみたいだな。だがお陰で気兼ねなくあいつらの内心も聞き出せた」
ナンシーとこの街を行き来出来る唯一の道は、あの砦のすぐ裏側を通っている。
あいつ等のことが信用できないとそこを使うことも出来ない。
荷馬車がやっと1台通れるほどの細い道だが、この半年ほぼ人が使っていなかった。
すでに左右の木々が生い茂って道をふさぎ始めているのも早く片付けなければならない。
もし狼人族が本当にわだかまりなく付き合える連中で信用出来るようなら、いっそ彼らと手を組んで街の外の防衛や森の管理を担ってもらえるよう、色々交渉したいというのがこちらの現状だった。
だがもし。
もしも狼人族の中に街への恨みが根強く残っているとしたら。
あゆみには悪いが、俺たちはやはりそれなりに軍事的な対応も考える必要があった。
それは決して彼らと戦うということだけではなく、お互いをそこにある脅威と認めて、お互い不干渉の元に住み分ける、と言うことだ。
決してこれだって悪い選択ではない。ただ間違いなくあゆみは気に入らないだろうが。
「俺の見たところ、あゆみが望んでいるような形での共存もいずれ可能だろうな。あいつらほんとに裏表ねぇし喧嘩のあともサッパリしたもんだった。俺が自分達の族長を傷付けたのに俺の傷の心配までしてやがった」
そう、結果から言えば、俺たちが思っていた以上にあいつらの中に俺達への敵対心はなかった。
いや違う、もっと厳密にいえば、あいつらは戦闘という行動にその時の一時的な感情以外を持たないみたいだった。
終わっちまえばそれまで。
多分、戦闘はあいつ等にとって本能の一部なのだろう。
かといって、意味もなく争いを仕掛けてくるような戦闘馬鹿でもない。
理由があれば戦うことをいとわないが、無闇やたらに戦いを好むわけではないのだ。
この辺りは俺の知っている元軍人の奴らとは大きく違っていた。
彼らは国によってヘイトを刻み込まれていた。
たとえ軍を辞めてもそれは簡単には消え去らない。
そしてこの考え方は多分、アルディやこの街の兵士たちにも当てはまる気がする。
キールだってこいつ、綺麗に隠しちゃいるが、狼人族にわだかまりが全くないはずないだろう。
あゆみは見ていないが、あの最初の敵襲があった夜、コイツは自分の部下を死なせ、その屍と狼人族の屍の上で踏ん張っていたんだ。
今朝こいつに話を持ちかけたとき、こいつもあゆみにこの話を聞かせたくないといった。
その時のこいつの顔には微かに自分を恥じらう様子が見て取れた。
俺にもそれは少しだけ分かる。
あんなに真っ白で素直に戦いなんていらないと見つめてくる奴が相手だと、俺達のこんな物騒な感情はやけに汚いもののような気にさせられる。
まあ、そうやって隠していたのがばれてまた余計あゆみを怒らせたわけだが。
「キール、お前も一度ちゃんとあゆみと話したほうが良い気がするぞ」
「考えておく。アルディにくれぐれも余計なごたごたを引き起こさない様注意しろと言っておいてくれ」
俺の言葉を曖昧に聞き流しながらキールが手を振った。
「あ、ああ。じゃあ行ってくるわ」
「お前も気を付けろよ。ランド・スチュワードの代わりも簡単には見つからないんだからな」
「分かってる」
すぐに書類に視線を移したキールに短く別れを告げ、一人静まり返った通りを城門へと向かった。