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10 夜のお話し合い2

 「……さっきはごめん。ちょっといいかな?」


 口にするのも恥ずかしいことを説明させられた挙句、あゆみにすごい剣幕で追い出され、力なくベッドに転がっていた俺は、ノックに続いて響いた声に驚いて飛き起きた。

 見るとあゆみが器用に扉から身体を一部だけ出してこっちを見てる。


 ノックしたあとこっちの返事も待たずに開けるのかこいつは。


 俺と目があった途端バッと俯いた。

 そのまま杖を突きつつ勝手に部屋に入って来てくる。

 すぐ近くの椅子に座った途端、今度はガバッと真っ赤な顔を上げ、俺を見た。


「黒猫君、決めた。やっぱり他の人達に相談するよりは黒猫君の方がまだマシだし。やっぱり助けて」


 あゆみのセリフに宙を仰ぐ。


 そうだよな。

 あそこでメリッサに断られたら、俺たち、他に頼れる奴いないもんな。


 非常に居心地が悪いが、我慢してベッドに起き上がって胡坐をかく。

 顔が真っ赤になってるのが自分でもよく分かる。


 こういう時、猫の身体は便利だったな。


 それでもなんとか顔を上げて、覚悟を決めてあゆみを見返した。


「先に言っとくけど俺だって役に立たないからな。あいつらに話したのも俺じゃどうしようもないからで、だから誰か女性を連れてきてもらいたいって相談してたんだ」


 あゆみがちょっと驚いた顔でこちらを見る。


「え? 黒猫君、何か色々知ってるから教えてくれたんじゃないの?」

「まて、お前は俺が一体どんな人間だと思ってるんだ?」

「森で一人で生きてける人?」

「……それは否定しないけどな。女性のそーいう知識なんてないぞ。こっちに同じものがあるとも限らないし。テリースがそれなら女性に聞くのが一番だって言ってた。明日あいつが農村から一人連れてきてくれるそうだ」

「え、そうなの?」


 それを聞いたあゆみが一気に安心して脱力した。

 こっちだって心底ホッとしてる。

 それからちょっと首を傾げて俺に聞いてきた。


「でもテリースさん、女性の患者さんにはどうしてたんだろう?」

「それはテリース曰く、女性が自分でなんとかしてくれてるか、動けない場合は排泄物処理の魔法でなんとかなっていたらしい」

「ああ、私が起き上がれなかった時に助けてくれてたあの魔法か。そ、それは頼みにくすぎる」


 よくわからないがそうらしい。

 あゆみも納得したみたいだから話をとっととまとめる。

 

「ああ、だからその人に色々と聞いてくれ。ただ、どう考えてもナンシー行きには間に合わないだろ」

「うう、大きな街、結構楽しみだったんだけど」

「……お前、忘れてるみたいだから言っておくけどさ、片足のないお前は金に出来る相手として見られる可能性が高いんだぞ。せめて俺が付きっきりでいれるときじゃなけりゃ行かないほうがいい」


 やっぱりこいつ忘れてたな。そういう顔をしてる。


 俺はため息が漏れるのを抑えられない。


「とにかくもうこの話はおしまいで良いか?」


 こんな話とっとと終わりにしたい。

 これ以上恥の上塗りももうまっぴらごめんだ。


 俺はそう言ってあゆみがなにも言わないのをいいことにすぐに次の話題に移った。


「あのな、他にも『連邦』のこととかまだまだお前に話さなきゃならないことが残ってるんだ。あとは頼むから落ち着いて聞いてくれ」

「『連邦』ってあの裏社会のグループのこと?」

「ああ。昨日も話したが、タッカーやパットの話ではどうも近くまで『連邦』の幹部連中が来てるはずなんだ。俺達もそれを警戒して歩哨や貧民街の見回りを続けてきたんだが、一向にその気配がない。到着が遅れているのだとしたらそれを確認したいし、出来ればどうにかしてこっちが先に尻尾を捕まえたい」

「んー、なんかさっきバッカスに炙り出させるって言ってたけど」


 ちゃんと覚えてたのか。

 ちょうどいいのであゆみに今日の出来事をもう一度説明しておく。


「ああ。ほらバッカス達と飯食ってるとき、あいつらの中にまだ中央に飼われてる奴が混じってるって俺が言っただろ」

「うん」

「あれを当人が聞けば、今夜にでも行動に出るだろうと思ったんだ。だから森の出口まで送ってきたバッカスに、夜中誰かに砦の周りを見張らせとけって言っておいた。今朝の話し合いでアルディも人を出すって言ってたから、それも伝えてある。だから悪いがそろそろ俺も行かなきゃならない」


 あゆみが驚いた顔で聞いてくる。


「え? なんで黒猫君が?」

「さっきも言っただろ、アルディはまだ狼人族を完全に信用していない。そんなアルディの隊だけで行かせたらなにか起きるかもしれないだろう」

「あ、そうか。そうだね。バッカス達もすぐ頭に血が上っちゃうし」

「そういうことだ。だから俺も今夜は見張りに参加してそのまま森に向かう」


 そこまでなんとか大人しく話を聞いてくれていたあゆみが、心配そうにこちらを見た。


「黒猫君、君は大丈夫なの?」

「あん?」

「だって、みんな兵士なんだよね? 相手だって裏社会の人でしょ? バッカスの仲間だって結構強いし」

「ああ、戦闘ってんならともかく、俺は仲介するだけだから大丈夫だろ。それに少しくらい怪我したって今は自分で治せるしな」


 俺は安心させようと軽く言ったのに、逆に余計心配そうな顔であゆみがこっちを見上げてくる。

 舌打ちしたい思いであゆみがなにも言わないうちから牽制する。


「ねぇ黒猫君」

「駄目だ」

「……まだなんにも言ってませんが」

「言わなくたって分かる。今夜は無理だ。スピードが必要だし音を立てるわけにいかない。お前を抱えていくのは無理だ」


 ここまで言っても食い下がろうとするあゆみを目だけで牽制しながらそのまましばらく睨んでると今度は口を尖らせてキッとこちらを見上げてきた。


「じゃあ、ちゃんと約束して。無茶は絶対しないで。バッカスにもさせないで」


 そのままこちらに乗り出しながらあゆみが怖い顔で睨めつけてくる。


「私だってすごく心配してるんだからね。もし朝になっても帰って来なかったら私、誰がなんと言おうと行くから」


 これは……こいつなりに俺達のことを心配してくれてるのか。


 何か気恥ずかしくて、でもこいつが真剣なのも分かるから茶化すわけにも行かず、俺は迷いながら言葉を選んで返事する。


「分かった。絶対無理はしないしバッカスにもさせない。まあどの道今日決着は付かないはずだ。相手がいればその居場所を探し出すのが目的だからな」


 立ち上がり、身を乗り出していたあゆみを椅子から掬い上げる。


 こいつ、とうとう俺が抱き上げても文句言わなくなったな。

 俺の顔を怖がることも全くなくなったし、それどころかさっきは思いっきり枕を投げつけてきた。

 男としても見られてないが、代わりに前みたいに変に避けられることもなくなった。


 ようやく元に戻ったな。


 あゆみは自分で動きたがるが、最初のスタートがスタートだっただけに、俺としてはあゆみの足がわりになれるときくらいはそうしたい。

 それを変に拒絶されないのはやっぱりありがたい。


 あゆみを腕に抱えてあゆみの部屋に入る。

 ベッドに下ろして杖も持って来た。

 ついでに明日着替える服も手近に置く。


「まあ、お前は寝てろ。明日は台帳仕事もあるだろ」


 そう言って俺が廊下に出ようとすると、あゆみが慌てて声を上げた。


「待って黒猫君。忘れる前に聞いていい?」


 なに事かと振り向くとあゆみが真剣な顔で聞いてきた。


「黒猫君、君のあっちの名前って何だっけ?」


 なにを今更。


「なに言ってんだよ、俺は『黒猫君』で決まりなんだろ?」

「そ、そうだけどね、ほら私達のあっちの名前って数少ないあちらからの遺産じゃん」

「遺産言うな。俺は死んでない」

「私だって死んでないけどさ。だからたとえ私が呼ぶことはないにしても、せめて覚えておこうと思って」


 俺はちょっとだけ考えて、「隆二(りゅうじ)」と小さく呟いた。


「リュウジ……ね。まあ呼ばないけどね。今度こそ覚えとくよ」


 あゆみは俺の名を転がすように呟いて、柔らかく微笑んでベッドに横になった。


「おやすみ黒猫君」

「おやすみ」


 あゆみの呟いた俺の名前がやけに耳に張りついてくすぐったい。

 それを振り払うように首を振りつつ、キールの執務室へと向かった。

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