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閑話: 黒猫の回想

 今朝は久しぶりに明るい気持ちで目が覚めた。


 ここしばらく心を占領していた心配事が、全てスッキリと解決したからだろう。

 麦もなんとかなって、食料も目処が立って、狼人族のことも一応決着して、あゆみも帰ってきて。

 疲れ切っていた俺は、どうやらあゆみの寝顔を見てるうちにそのまま隣で寝てしまったらしい。

 俺の横であゆみがいつも通り幸せそうに寝ている。

 ありがたいことに、今日は服を着たままだ。


 昨日はすぐ寝落ちしたから着替える暇もなかったもんな。


 寝ているあゆみの顔を見て、改めてホッとする。


 生きていてくれて本当に良かった。


 あゆみが起き出す前にベッドを抜け出して、顔だけ洗ってキールの執務室に向かった。

 あいつが起きないうちに少しキールと話しておきたかったからだ。


「キール悪いが時間あるか?」

「おはようネロ。こっちも幾つか話したいことがある。あゆみはどうした?」


 すでに書類とにらめっこしていたキールが、視線だけあげ、あゆみがいないのに気づいて怪訝そうにこちらを見る。


「あいつはまだ寝てる。あいつが起きる前に話しておきたいんだ」

「俺は構わないが。テリースとアルディはすぐ来るぞ?」

「ああ、あいつらは構わない。っていうかあいつらもいてくれたほうが助かる」

「じゃあ一体なんの話なんだ?」

「バッカス達のこともそうだが……出来れば今後、あゆみにはここの内政を任せて、荒事から遠ざけたい。バッカス達との政治的な駆け引きとか『連邦』や中央政府とやり合うのには噛ませないほうが良いと思う」


 俺の言葉が気になったのか、キールが片眉をあげ、書類を放り出して背もたれに身を任せた。


「……それはランド・スチュワードとしての意見か? それともお前個人の意見か?」

「俺自身の意見だ。あいつと俺はやっぱりかなり違う。俺は結構あっちでも色んなところを旅してたから色々酷いことにも経験してる。だけどあいつはずっと俺達の生まれた祖国で安全に暮らしてたんだ。常識が違い過ぎてすぐには慣れないだろう」

「それはお前、慣れる慣れないじゃなくて、あゆみを傷つけたくないだけだろ?」

「……そうかもしれない」


 自分でも気付いていなかった内心をキールに見透かされ、ちょっと気恥ずかしくてすぐに続ける。


「それに昨日みたいな茶番はもう懲りごりだ」

「ああ、あれはな。結果的に今回は信じられないほど上手く纏まってくれたが、毎回こんなに上手く行くとは限らないしな」


 二人そろって前日の騒動を思い出し、同時にため息をついた。


「分かった。アルディとテリースが着き次第話し合いを始めよう」

「俺はもう一度あいつの部屋に行って声だけ掛けてくる。まあ起きないだろうけどな」


 キールがニヤリと笑って俺を送り出した。


 アルディとテリースが到着するのを待って、俺が森で確認するべきこととバッカス達に提示したい条件、内部にいる『連邦』の子飼の対処、それにナンシー行きの日程について軽く意見をまとめた。

 ナンシー行きはとにかく早いに越したことはないが、これもバッカス達の反応しだいだ。


「正直を言えば俺もこういう交渉事ってのは苦手なんだけどな」


 元々俺のやり方は腕力で通すか腹割って話すかだ。


「そう言うな。今回の件であゆみがお前に輪をかけてこういうことに向いていないのが良く分かったんだ」


 そこでキールがちょっと考えて言い直す。


「いや違うな。もしかしたらあゆみのほうが向いているのかもしれないが、着地点がまるっきり予想できなくて怖くて任せられない」


 二人で顔を見合わせて吹き出してしまう。


「仕方ねぇよな。なんとかやってみるさ」


 話がまとまったところで、改めてあゆみを起こして城門へと向かった。


 城門を抜けて草原を走り出すと、あゆみが慌てて俺の首に掴まってきた。

 見下ろせば、顔を引きつらせてしがみついてる。

 悪いとは思いつつ、身体で風を切る感触と、腕の中のあゆみの体温が俺の気分を高揚させて、なんか上機嫌で思いっきりスピード上げて森へ向かった。



 あゆみとともに森に着けば、なんのことはない、バッカスもその他の狼人族もあゆみを下にも置かない待遇で迎えてる。

 まずは以前、俺たちが救助されかくまわれていた砦の奥、以前あゆみが寝かされていた部屋に通された。

 あゆみは知らないみたいだが、この砦にはここともう一部屋しか個室がない。

 バッカス達の話では、そのもう一つの個室をあゆみは占領していたらしい。


 しかも部屋に入った途端、あゆみの座る場所にはシーツを丸めた座布団みたいなものが用意されてるし、狼人族の一人がすかさずあゆみの分だけ木の器に入ったジュースと果物を持ってきてもてなしてる。


 こいつ、どんだけバッカス達に気に入られてるんだよ。


 本当に、あんなに心配していたのが馬鹿みたいだ。

 だからバッカスに勝負を挑まれたとき、俺は安心してあゆみを独り置き去りにして抜け出した。


 勝負から戻ってみれば案の定、あゆみは俺たちが留守の間、他の狼人族の連中にちやほやされていたらしい。

 ムスっとしていてもあゆみの前に積み上がったフルーツや木の実の山を見れば一目で分かる。


 だが置いてけぼりにした挙句、傷だらけになって帰ってきた俺達を見た途端、あゆみがヒスを起こしたように怒りだした。

 イライラとこちらを睨むあゆみを前に、俺とバッカスが顔を見合わせる。

 こいつを下手に怒らせると、突然とんでもないことを始めるのには昨日で懲りていた。

 だからすぐに気を利かせたバッカスが森のすももを一緒に取りに行こうと誘ってくれたのには心底感謝した。



 森の奥、湖に面した崖っぷちに到着するなり、ずらりと並ぶ木々にすももがたわわに実のるのを前にして、あゆみが涎を垂らさんばかりの様子で身を乗り出す。


 さっきあれだけフルーツ食べてたくせにまだ食うのか。


 すももにパクついているあゆみをよそに、俺は俺でバッカスの仲間達と友好を深めていた。

 どいつもこいつも裏のない良い奴らばかりだ。

 湖を泳ぎ回りながら話を聞けば、やはり皆、北に置いてきた女子供のことが気掛かりらしい。

 家族がいる者、いない者も、それぞれの理由で早く彼女たちを呼び寄せたいのだそうだ。


 日が傾きだし、あゆみを抱き上げて砦へと走り出そうとした途端、あゆみの匂いに頭がくらくらした。


 マズい、これは絶対なんか猫の習性のせいだ。


 思わず言わなくてもいいことを色々口走りそうになり、慌ててあゆみを抱えたまま崖から湖に飛び込んだ。

 咄嗟の行動だったが、思いがけずいい選択だった。

 あゆみの驚きっぷりに、悪いが胸に溜まっていたもやもやがスカッと晴れた。

 しかも湖の水に洗われてあゆみの匂いも治まって一石二鳥だった。


 帰り道、あゆみに聞こえないようバッカスがちょろっと言った「こいつやけにイライラし過ぎじゃねぇか?」って一言で、俺は気づいちゃいけないことに気がついてしまった。

 思い返せば、昨日治療院に戻ってからやけにあゆみの匂いが気になるなとは思っていたんだが。

 あの時点では全部しばらく会っていなかったせいだと思いこんでいた。

 昨夜風呂に入れてやったばかりなのに、今日すでに結構匂うなとは思っていたが。


 こいつ、なんで隠してるんだ?

 っていうか、隠すよな、普通。

 でも隠されると困るんだが。

 どうやらバッカスはまだ気付いてないみたいだな。


 砦に戻った俺たちは、バッカス達から分けてもらった肉を調理することにした。

 肉はどれも内臓から遠い部位ではあったが、血抜きは全くされていない。

 俺はともかくあゆみの奴、よくこんな物をレアで食べ続けていたもんだ。

 いくら狩りたてでも、かなり危ない。

 自分でやろうとしているあゆみには悪いが奪い取り、手早く調理を済ませバッカス達に合流した。


 予想していた通り、バッカス達に食人の習慣はなかった。

 続いて過去に彼らの中にも転移者らしき者がいたことを再確認し、狼人族が秘匿している鉄の精製方法を知っていると匂わせた。

 そしてこの群れにはまだ連邦の内通者が混じってると大きな声で宣言しておく。

 ナンシー行きにバッカスが付いてきてくれると言うのは予定外だが、今夜の結果次第では非常に助かる。

 つくづくこいつら、敵に回せば厄介だったが、仲間になればこんなに頼りになるやつらも少ない。


 帰りがけにバッカスに今夜の予定を耳打ちした。

 バッカスもある程度予想してたのだろう、直ぐに落ち合う場所と時間を知らせてくる。

 そんな俺達の様子を見ていたあゆみが、また拗ねて口をきかなくなった。

 もうそれは諦めて、あゆみを抱えて街へと向かった。



 キールの執務室に顔を出すと、今朝と全く同じ格好で書類を睨んでいた。

 そして俺たちの顔を見るなり間髪入れずに仕事の話に入ろうとする。

 それを制止し、口を利く気さえない拗ねきったあゆみの顔をキールにまざまざと見せつけながら、目配せして先にパットの様子を見に行くと断った。

 キールも直ぐに察した様子で、ならばついでにトーマスのところに寄ってこいと言い訳までくれる。

 最近、あゆみはトーマスにちょくちょく相談しているようだから、あいつに任せれば少し落ち着くかもしれない。


 テリースが教えてくれたパットの容態の酷さは俺にとっても寝耳に水だった。

 パットの容態がそこまで悪化していたことに、俺は全く気づいていなかった。


 それでテリースは毎日治療院から農場に通って来ていたのか……。


 多分キールもテリースも、俺がパットを心配するあまり、農村の仕事が手に付かなくなると思って隠していたのだろう。



 厨房にいたトーマスを見て、あゆみが顔を輝かせた。

 丁度良いのであゆみを一旦預け、テリースを引きずって一目散にキールの執務室に飛び込んだ。

 そこで今日気づいたあゆみの体調について説明する。

 慣れているのか慣れてないのかキールは軽い調子で「そんなもの放っておいてもどうにかなるだろう」というが、すぐにテリースが横から口を挟んで「とんでもありません!」とたしなめた。

 結局、農村から女性を呼んで住み込みであゆみの世話をしてもらうことになった。


 3人で顔つき合わせコソコソとそんな話をしている真っ最中、ノックもそこそこにあゆみがヒョイっと顔を出した。

 焦った俺たちはつい慌ててそれぞれ椅子に座り直してしまう。

 そんな俺たちの様子に気がついたのか、あゆみがより一層拗ねてしまった。


 マズいな、折角パットとトーマスのお陰で少しマシになっていたあゆみの機嫌が悪化してる。


 夕食を終わらせ、キールに今日の成果を報告する段になって、あゆみの機嫌が爆発寸前まで来てしまった。

 言い方にはかなり気を使ったつもりだったが、どうやら自分だけ仲間外れにされたとでも感じたのだろう。

 これは仕事であり、適任だから俺に振っただけだとキールがフォローを入れてくれるが、こいつが引っかかっているのは多分そこじゃない。


 やっぱりこいつになにも話さずに進めるのは無理があったのか。

 なんか今日は全てが裏目に出てる気がする。

 やりつけないことをやった俺が馬鹿だったのか。


 いつまでも隠してはおけない。


 諦めを込めてキールーを一瞥した俺は、さしで話しをするためにあゆみを部屋へと連れていくことにした。

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