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9 夜のお話し合い

 黒猫君に抱えられたまま自分の部屋に戻った私はかなりお怒りモードだった。

 私が怒ってるの分かってて抱え上げた挙句、そのまま部屋に戻されたのだ。


 どうも黒猫君、私が杖がないと歩けないのをいいことに、私の行動をわざと制限してる気がする。

 最初の内は親切かとも思ってたけど、なんかそれだけじゃない気がしてきた。


 ベッドの上に私を下した黒猫君は、すぐそばに椅子を持ってきて自分も座る。

 拗ねてそっちを向こうとしない私の背後で黒猫君のため息が聞こえた。


「あゆみ、聞きたくないかもしれないけどちゃんと聞いてくれ。今朝お前が起きる前にキールとアルディが執務室にいて、そこで今後の対策を話し合ったんだ。言っとくけどお前も何度か起こしたけど全く起きなかったんだぞ」


 う、それはなんか覚えがある。

 砦での生活にすっかり慣れていた私は、今朝久しぶりに私を揺り起こす存在を全力で無視してた。


「アルディは実はまだあまり狼人族を信用していない。確かにバッカスはああいう奴だし、見るからに裏がなさそうなのも分かる。だけどアルディはここ半年、仲間をあいつらに殺され続けて来たんだ。キールだって同じだ」


 黒猫君の言葉が胸に刺さった。


「そしてそれは狼人族だって同じだろう。バッカスはああだから俺があいつの目を奪ったこともサッパリと流してくれた。だが、それは決して誰にでも当てはまる話じゃないだろう。中には恨んでいる奴がいたっておかしくない」


 胸が痛い。

 それは私だって感じてなかったわけじゃないけど。

 森ではお互い、そこは触らずに済ませて来た。みんなも徐々に私のゴールデンフィンガーに下ってくれたし。


「正直、俺とお前はその怨嗟の循環からは外れてる。だから俺たちの気持ちとあいつらの気持ちが同じじゃないってことは理解しなきゃだめだ」


 「俺だってお前が殺されてたらどうだったか分からない」っと黒猫君がぼそりと付け足したのを聞いて、私の胸がまたズキンと痛む。

 確かに、私ももしパット君になにがあったのか知ってたらあんなに心穏やかに森でバッカス達と過ごせはしなかっただろう。


「だから今日あの森で、俺たちは図らずも二つの相反していた集団の代表だったんだよ。バッカスが俺を許して俺を迎え入れ、お前が俺の仕返しを笑って済ませて、みんなで一緒に飯食ってそれでやっと一歩目だ。お前はすぐにあいつらと街が一緒にやっていけるようにしたいんだろうが、物事はそんなにすぐに動かない。水車小屋だってお前が間に入らなきゃまず無理だ」

「でもだからって、なんで最初っからナンシー行きは私を置いてけぼりにする前提で話が進んだのよ」


 そう、最初に一番引っかかったのはそこだったんだ。

 黒猫君は、さも当たり前のように私を置いてくつもりで話してた。

 今まではなんのかんのでいつも一緒にいてくれてたのに。


「……おまえ、自覚ないのか?」


 そこで黒猫君が赤くなりながら意味不明の疑問を投げてきた。

 続けて「何て言やいいんだ」って一人でブツブツ言ってる。

 かとおもえば突然、ポンっと手を叩いてパッと顔を明るくした黒猫君が「メリッサ、出てきてくれ!」っと叫んだ。


「なによ、私あんたに呼び出されるほど安っぽくないのよ?」


 文句を言いつつ、金色のの光が徐々に集まってメリッサさんが部屋の角に薄っすらと姿を現した。

 

「頼む、悪いけどこいつの体調のこと、こいつに話してくれないか?」


 へ? 体調?


 意味が分からなくて首を傾げた私を一瞥して、メリッサさんがため息交じりに手を振った。


「悪いけど私、人間のそういうのよく分からないから嫌よ。自分でやりなさい」

「ま、待てメリッサ──」


 引き留めようとする黒猫君を冷たい目で見たメリッサさんがまるで明かりを消すようにふっと姿を消した。


「なんだか知らないけど、私の体の話ならいいからちゃんと話してよ」


 思ってもいなかった方向に話が進んで、ちょっと怖くなって黒猫君をせかす。

 と、黒猫君、真っ赤になりながら横を向いて話し出した。


「あー、先に言っとくけどお前が聞いてきたんだからな。怒るなよな」

「それは分かったから」


 イライラと返す私を横目でチラチラ見てから続ける。


「俺の鼻、人化してても猫並みに良くなってるのは前に言っただろ」

「え? 聞いてないよ」


 初耳だ。

 黒猫君がぴくぴくと耳を動かしながら余計顔を背けてる。


 え、もしかしてそれで昨日、私に臭いって言ってたの?

 まあお陰でお風呂に入れたからもう文句はないけど。


「じゃあ、今言った。でだな。猫ってのは結構そういう匂いに敏感なわけだ」

「そういうってどういう?」

「いいから聞け。だからそろそろお前は動けなくなるだろ」 

「へ?」


 そこまで言って黒猫君、「なんで俺が……」とぼやきながらまたもため息ついてる。


「お前女だろ、いい加減思い出せよ。月に一度は大変な時期がくるはずだろ」

「あ!」


 しまった。すっかり忘れてた。

 そっか月の物。

 こっちに来てからそれどころじゃなかったし、いつもの時期は過ぎてたし。

 てっきりこっちではそんな物ないのかと思ってたのもある。


 黒猫君が真っ赤になるわけだ。

 私も赤くならないではいられない。


「ご、ごめん、凄くボケで。え? ちょっと待って、今匂いで分かるって言った?!」


 うわ、それは本当に嫌だ!


「あ、ああ、そ、それは……」


 それどころじゃない、もっとひどいことに今気づいた。


「黒猫君、もしかして、まさか、それ、キールさんとテリースさんにも言ったの?」

「あ、あゆみ、それは……」

「信じらんない!」


 完全にキレた。


「黒猫君、ハウス! 今すぐ出てけ!」


 黒猫君の部屋につながるドアを指さして思いっきり叫ぶ。

 言い訳しようと何度か振り向いた黒猫君に、私は枕を握りしめて「ハウス!」と「出てけ!」を繰り返した。

 私の勢いに気圧され、自分の部屋へ退散した黒猫君が、まだ開いていたドアからひょいっと顔だけ戻し、


「やっぱり怒った」


 って言い残し、私が枕を投げつけるより早くドアを閉めた。

 間に合わないのは分かりきってたけど、怒りを込めて思いっきり枕を投げつける。

 こちらの目の詰まった枕は結構重い。

 バンっと良い音を立ててドアにぶつかってから、ボスっと音を立てて床に落ちた。

 それを見てため息をつく。


 投げたものは拾いに行かなきゃダメじゃないか。


 ふと見れば、それを見越したかのように、杖が黒猫君の座ってた椅子に置いてある。

 悔しくて、乱暴にそれを拾って伸ばしてから立ち上がった。

 自分でも八つ当たりなのは分かってるけど頭にくるんだからしょうがない。

 まあ、少し落ち着いて考えれば私が強要して黒猫君に言わせたのだ。

 怒ったって仕方がないのは分かってる。

 だけど、面と向かってあんな話をされた上、それを他の人にまで言われたって知ったら誰だって怒ると思う。


 それにしてもこれ、かなり困った。

 こっちでそんな時期にぶつかるなんて思いもしなかった。


 一人で置いてかれてもどうしていいのやら?

 私、もしかしてトイレにこもりっぱなしになるしかないのか?


 暗い気持ちで黒猫君の消えたドアを睨みつける。


 黒猫君の勘違いってことは……ない気がする。


 そう言えば黒猫君、こんな世界のネット小説読んでるって前に言ってたよね。

 もしかしてお話の中でどうしてるとか知ってるのだろうか?

 そうじゃなくてもサバイバル教室とかでなにか知恵があるのかもしれない。


 く、悔しい上に死ぬほど恥ずかしいけど、これって黒猫君に頭を下げて聞くしかないのか?


 私は枕を拾ってベッドにほうってから、ジッと黒猫君の部屋に続くドアを睨みつける。


 どうしよう。

 あんだけ叫んどいて今更助けてくれってちょっと虫が良すぎるだろうか?

 でも待って。

 よく考えたらいつから始まるのかも聞いてない!

 うわ、今日だったらどうしよう!?

 

 どう考えても他に手立ての見つからない私は、大きなため息をひとつついて黒猫君の部屋のドアをノックした。

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