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魔剣の発祥について、いまだこれといった確実な説は存在しない。
『炎』と呼ばれる一振りの剣が、疑似火炎を操る性質を発現させた記録が約百年ほど前。魔剣の力が公になり、剣使が台頭し始めたのはそれからとされているが、特別な力を持った剣自体は、それよりも以前から存在していた。
何しろ、歴史には超常の剣が開発された記録もその過程も、何一つ残されていない。現在の技術では生成不可能な失われた技術、今あるもの以外では偶然に発掘する以外で手に入れる方法の無い貴重品でありながら超兵器。それが超常の剣だ。
「良くもまぁ、これだけの剣を集めてきたもんだな。上手くやれば、これだけで戦争が起こせるぞ」
ナナロの呼び出しを受けた先、彼の所有する小さな山の敷地の一角に並べられていた剣の数は、実に十三。それも、その全てが少なくとも上位特別兵器よりも上に区分されている、強力な固有能力を持った剣だというのだから、ナナロという男の人脈も侮れない。
「流石にそれは言い過ぎだと思うけど。それに、あくまで借りてきただけだからね」
「それなら尚更だ。普通、人にほいほいと剣を貸したりしないだろ」
「そうかな? 信頼できる相手の頼みなら、僕は『ラ・トナ』を貸す事も躊躇わないけど」
奇剣『ラ・トナ』。
自身の愛剣である短剣に軽く目をやり、そんな善人紛いの事を言い腐るナナロを見ていると、なんとなく腹が立った。
「なら、貸せ。俺に、今すぐ」
「嫌だよ。僕は君の事はそんなに信頼してないからね」
「それを言われると、どうしようもない……」
ナナロの偽善者の皮を剥がしてやろうと思ったが、あえなく失敗して余計な本音を引き出してしまう。
「これ、全部の中から選んでいいんですか?」
「もちろん、その為に用意したんだから。どれでも好きなのを選んでくれていいよ」
「そうですか、ありがとうございます! ん、どれがいいかな……」
多種多様の剣を前にしたクーリアは、童女のように目を輝かせると、剣を一つ一つ手に取り吟味し始めた。その様子は、純粋に可愛らしく、微笑ましくもあるが、それが剣に対する反応だという事だけが少し物騒だ。
「しかし、君がこの場に来るとは思わなかったよ」
「俺はクーリアとならどこにでも行くさ。できれば、二人きりの方が良かったけどな」
「彼女が剣を手にする事に、抵抗は無いのかい?」
軽口を無視し、ナナロは直球の質問をぶつけてくる。
「そう思ってるなら、クーリアに剣なんて見繕うなよ」
「僕は、彼女には剣使として、正義の為に動いてほしいと思っているからね」
「その未来図は、あまり楽しそうじゃないな」
俺の言葉にも嫌な顔一つせず、ナナロは答えを待つ。
「クーリアには、やりたいようにやらせてやりたい。流石にこの街が吹き飛ぶのは勘弁だけど、それを心配するのはいくらなんでもやり過ぎだしな」
クーリアと魔剣『回』はかつて、彼女と俺の生まれ故郷を丸ごと消し飛ばした。
だが、あれは事故だ。
魔剣『回』の力、そしてクーリアの力を把握できていなかった大人達の引き起こした不幸な事故。俺の中では、すでにそう処理されていて。だから今のクーリアが剣を扱う事について、心配は全くしていない。
「……ん?」
シリアスな気分に浸っていた俺の視界の端を、何かやたらと輝く極大の光が掠めた。
「うーん……あんまりしっくり来ない」
首を捻りながらクーリアの掲げた両刃の剣から、再び極大の光の柱が生える。不幸か幸いか、天井の無い空の下、光の柱はどこまでも立ち上っていき、何を破壊するわけでもなく、ただその圧倒的な存在感を誇示していた。
「……ナナロ、あの剣は何だ?」
「聖剣『パウラの裁き』だ……とは思いたくない、かな」
ナナロの口にした剣の名は、俺も聞いた事がある。
『パウラの裁き』と言えば、聖剣蒐集家であり聖剣使いでもあったニコル・ラムの最も愛用していた『物理エネルギーを帯びた光を操る』聖剣だ。速度で言えば最速の呼び声も高い一振りながら、火力としては良いところ並という評価で、ニコルの生前に一度目にした機会を鑑みる限り、俺の印象もそのようなものだったのだが。
「やっぱり、彼女に剣を持たせるかどうかは、もう少し考えた方が良かったかも」
「正直、俺も同感だ」
初見の剣の力を、十分どころか百分くらいに引き出してしまうクーリアの剣使としての資質は、天才どころか天災に近い。
何も手にしたものが魔剣『回』でなくとも、クーリアならばあるいは一人と一振りで国を滅ぼす事もできるのかもしれない。そんな破滅的な存在が、この世界で誰にも目をつけられる事無く平和に生きていく事などできるのだろうか。
「うん、これは結構、楽しいかも」
それでも、無邪気な笑みを浮かべて剣を手に取るクーリアを見ていると、剣を手放すようにとは言えなくなってしまう。
基本的に、クーリアは最強だ。それなら下手に剣を遠ざけるよりも、自らの身を守る為に剣使として生きていく方が安全なくらいだろう。もしもクーリアの身に危険が迫ったとしても、また俺が助けに行けばいいだけの話だ。