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剣を振るうのは好きだ。
その先の目的が無くても、剣を振るというその動き自体が俺にとっては心地良く、肌に馴染む。だから、修行でも試合でも、もちろん実戦でもなくても、時間の空いた時には剣を振っている事が多かった。
「精が出るな」
「今日はそっちの剣は振ってませんよ」
「は? そっちの剣……?」
「説明させないでください、恥ずかしい」
特に必要に駆られているわけでもない趣味、背後からの声を聞いて手を止める。
「ひさしぶり、でもないですね、リースさん。どうしてこんなところに?」
「どうして、と言われても。むしろ、君がどうやって国防軍の訓練施設に入り込んだのかの方が不思議だよ」
「俺くらいになると、顔パスですよ。顔パス」
「顔パス、か」
実際、最初の頃は剣を振る場所には悩んだ。何せ、そこらの公園なんかで真剣を振り回していたら、まず間違いなく危険人物扱いは免れないだろう。しかし俺には幸運にも、国防軍では一種の有名人となっていたわけで。
「しかし、そうだな。まだ、あれからそれほど時間が経ったわけではないのか」
感慨深げな女の深い息の音が、妙に色っぽく聞こえる。
「失礼、少し疲れていてな。誰かに名前で呼ばれたのも随分と遠い昔のように感じる」
「あの一件で偉くなって、金もしこたま貰ったんだから、忙しいのは当然でしょう」
「君にそれを言われるのは複雑だがな」
まだ俺とそう変わらない年頃の女性でありながら、リース・コルテットの眉間にはすでに深い皺が刻み込まれているように見えた。それほど長くない髪すら手入れする時間も無いのか、以前に行動を共にしていた時よりも萎びている。
「少し見させてもらったが、相変わらず、素晴らしい剣筋だ」
「まぁ、これでも一応、世界一の剣士を自称してますから」
「そうだな。世界については軽々しく知ったような事は言えないが、少なくともリロス国内で君以上の剣術の使い手は、片手で収まる数ほどもいないだろう」
「もう……俺、リースさんのそういうところ大好きです!」
「な、なんだ。変な奴だな」
大抵の相手には冗談と受け取られる、むしろ俺自身も半ば冗談のつもりで言っている言葉を、リースは真面目に受け取ってその上で賞賛してくれる。その時に感じる妙な照れくささが、なんだかとても気持ちが良かった。
「国防軍に君がいてくれれば、私の仕事も少しは楽になるんだがな……」
「俺、リースさんのそういうところは嫌いです」
「ははっ、そう言ってくれるな。今のはただの愚痴だよ」
だが、と続いてしまう話は、あまり望ましくはない。
「本当に、国防軍に加わってくれる気は無いのか?」
「同じ事を何度も言う人も嫌いです」
「私の事なら、いくらでも嫌ってくれて構わない」
「嫌いな人と同じ職場で働くのなんて、なおさら嫌ですよ」
リース・コルテットという人は、いつでも生真面目だ。そんな彼女の性格を、俺は今のところ割と好んでいる。
「魔剣使われの仲間になるのが嫌だと言うなら、それでもいい。純粋な剣士としての君であっても、十分に――」
「そういう事じゃないです」
とは言え、生真面目過ぎてこちらも同じように対応しなくてはならないのは、困りものではあるのだが。
「俺は国の為に働く気は無いし、そもそも、もうあんまり働く気も無いんですよ」
「……ああ、それは聞いたよ」
「魔剣『回』の件で手に入った金が腐るほど余ってるのに、あくせく働く気にはなれません。それに、同じ仕事を受けるなら、『なんでも切る屋』で依頼を受けた方が取り分がいいですから」
真面目に本音を語ってみると、俗っぽすぎてまったくもって格好が付かない。だからと言って、適当な嘘で誤魔化すわけにもいかないのだから困ったものだ。
「そうだな。たしかに、私にとって都合のいい頼みでしかないのはその通りだ」
リースが俺の考えを責める事はない。そんなところも人として好ましくはあるのだが。
「ただ、気が変わったらいつでも言ってくれ。無理強いをするつもりは無いが、私としては、やはり君が加わってくれるなら嬉しい」
「考えてもおきませんけど、一応覚えてはおくつもりな気もします」
「そのくらいでも、十分だ」
やはり、リースは冗談が通じない。だから、会話が終わった後も、その事について少しだけ余分に考えすぎてしまった。