1-5
剣、と一言で表される場合、それは金属で形作られた刃を持つ近接武器の事を指す。
それは社会一般の常識であり、しかし『剣使』と呼ばれる者達にとっては、その常識は少しばかり異なったものとなっている。
剣、と一文字。そしてその前に例えば『魔』だとか、『聖』、あるいは『神』や『奇』などの特別な文字を冠した剣が、この世界には存在している。そして、それらはもはやただ『剣』と呼ぶには相応しくない埒外のものがほとんどだ。
例えば魔剣『不可断』であれば、触れたものを何であれ跡形もなく消失させる流体の生成、及び操作。魔剣『回』ならば刀身を軸として周囲の空間を文字通り『回す』など、魔剣、聖剣、神剣などと呼ばれる剣の形をした何かは、程度の違いこそあれど、現在の技術では再現不可能な現象を引き起こす事ができてしまう。
そういった超常の剣の力を扱う『剣使』こそが、現在の戦争における主戦力。その中でも、剣の力を引き出す事に関しては、クーリアは抜群の才覚をもっていた。
そして、『剣使』の台頭と共に、従来の『剣士』、真っ当に鉄の棒を振り回していた者達は戦場においての役割をほぼ失った。実戦剣術は淘汰され、今では見世物、良く言えば競技者でしかない剣士の中にも、しかしいまだ一線で渡り合おうとする者も少ないながら一応は存在していて。
「あっ、シモン――」
「てめぇ、サラ! 間を考えろ、間を! このバカ!」
なぜか自宅兼事務所の扉を開けてすぐ、我が物顔でソファーに寄っかかっていた女こそが、その絶滅危惧種とも言える剣士の一人であり、そして同時に今一番そこにいてはならない人物だった。
「なっ……誰が馬鹿!? 来たら鍵開けっ放しだったから、わざわざ留守番してやってたっていうのに、その態度は何なわけ?」
「マジで? じゃあ、それについてはありがとう! でもやっぱり帰れ!」
「相っ変わらずあんたはっ……本っ当に勝手! クソ野郎!」
「だから、そういうのじゃなくって。今は仲良くじゃれ合ってる場合じゃないんだって!」
短髪の少女、サラ・ケトラトスは、俺の妹でも姉でもない。
たまたま姓が同じという偶然を抱えて出会ったサラと俺は、それなりに仲の良い友人であり、同じ志を持つ者同士でもあった。しかしながら、今は少しばかり顔を合わせたい相手ではなくなっている。
「……ふーん、やっぱり、いつもは仲良くじゃれ合ってるんだ」
特に、クーリアの前では。
「ち、違うよ、あれ。サラはあれ、ペット! 小さいサルとじゃれあうみたいなあれ!」
なにせ、クーリアは俺とサラとの関係を控えめに言って邪推している。
説明が面倒だから妹だと言って誤魔化していたのを、クロナの奴が面白可笑しい尾ひれ盛り沢山にそれが嘘だと教えやがったなんて事情はともかく、浮気の誤解が解けたと思った矢先に、誤解の相手が俺の家でふんぞり返っているなんて状況が喜ばしいはずもない。
「なんでそれ!? ペットなら他にいい例えあるでしょ!」
「へぇ、そう。二人でサルみたいにサカってたんだ」
「うわぁっ、サルでもこうなるか!? 犬とか猫だとそう言われると思ったから、無理矢理捻ったのに!」
「何それ!? 大体、サカってないし!」
混沌と化してきた会話に、収拾を付ける方法が思い付かない。せめてそれぞれ一対一ならどうにかなるが、これでは一種の修羅場だ。帰りたい。家はここだけど。
「なんて、ね。冗談だよ、シモンとサラさんは何でもないってわかってるから」
蔑むような目をしていたクーリアは一転、小さく笑い声を零すと、俺の腕にきゅっとしがみついた。
よし、これでとりあえず一件落着。
「チッ……」
とは、ならないのが問題だ。
「私も暇じゃないから、話せないって言うなら帰るけど。でも、また来るよ。シモンにふさわしいのは、魔剣使われじゃなくて剣士だから」
「…………」
捨て台詞、と呼ぶべきなのだろう。
意外にもあっさりとこの場を去ったサラの残した言葉は、しかし苦し紛れの一言にしては少しばかり大きく俺の心を揺らした。
「……シモン?」
心配そうな、あるいは不安そうなクーリアの目が俺の目を覗き込んでくる。
「えっ? ベッドに入るにはまだ早いと思うけど」
心配するな、と言ってはいけない。そもそも、何も心配するような事などない、そんな事は最初から考えていないように振る舞うのが正解だ。
「私は、シモンには自分がしたい事をしてほしい。……うん、それが言いたかっただけ」
俺の上っ面の言葉を完全に無視したクーリアの口から出たのは、どうとでも取れる発言。しかし、それがクーリアの唯一の本心なのもわかっていた。
「それなら、そうさせてもらおうかな」
だから、俺はその言葉を都合のいいように解釈して。
直後、脱ぎかけの衣服を身体に絡ませたまま、無様に床に転がされた。