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epilogue

「チッ……少しくらい鈍ってても良かったのに」

 模擬剣を腰元に引きながら、サラは隠す気もない舌打ちを鳴らす。

「そこは、何事も無く治った事を喜ぶべきだと思うんだが」

「それについてはさっき済ませたでしょ。っ、ああ、クソっ」

「そんな義務的に喜ばれても」

 立体的な斬撃の連打を、最短距離の防御で凌ぐ。

 俺が人造聖剣『フィネの焦燥』によって負った全身の火傷、特に消化器系の損傷が完治したのは、まだつい先日の事。退院の手続きに関しては本当についさっき済ませたばかりであり、いくら後遺症もないとは言え、そんな病み上がりに対して容赦なく模擬剣を振るうサラは、もう少し俺の身体を労ってくれてもいいと思う。

「それじゃあ、次はこれで行くわよ」

 模擬剣を放り、サラは転がしてあった剣を手に取る。

「本気か? 死ぬぞ、俺が」

「何言ってんのよ。大体、そういう約束だったじゃない」

「まぁ、それはそうだけど」

 俺がまだ病床に伏せっている頃、その事を知ったサラはすぐに見舞いに来てくれた。それ自体は純粋に嬉しい事であり、実際にサラは泣き出しそうなほど俺を心配してくれていたのだが、それ以前に俺達には片付けていない問題があった。

 掻い摘んで言うと、黙って一人でリロス北部、そして中部へとクーリアやクロナ、ラタを助けに行き、重傷を負って帰って来た俺の事を、サラはかなり怒っていた。サラを巻き込みたくなかったためだとはいえ、せめて一言くらい残して行ってくれと言われては返す言葉もなく、その贖罪の代わりとしてサラの剣の練習相手を約束したわけだ。

 だが、実際、それは中々に大変な役割だった。正直に言えば、やりたくない。

「知ってるか、サラ。約束の第一原則は、約束は守られるとは限らない、だ」

「知らない」

 戯れ言は無慈悲に流され、剣が抜かれる。

「……だぁ! から、無理だって!」

 同時に放たれた三本の水の槍を躱し、斬るも、統率を失った水が波となって俺を呑み込む。壁に叩きつけられる前に道を斬り開いて脱出するが、サラがその気であれば水に呑まれた時点でアウトだ。

「『糸』よりこっちの方が、私には合ってるかも」

「どっちでもいいから、俺にぶつけるのは止めてくれ」

 結局、アンデラは魔剣『糸』をサラに返還する事はなかった。それはまぁ予想通りであり、少なくともローアン中枢連邦との戦争が終わるまでは、アンデラが手に入れた魔剣をみすみす手放す事はないはずだ。

 しかしながら、その代わりとしてサラは戦場で一度だけ使った聖剣『ポドムの瞬き』を手にする事となっていた。

「それは無理ね。だって、これ憂さ晴らしも兼ねてるから」

「だと思ったよクソが!」

 圧倒的な水量を圧し付けてくるサラと『ポドムの瞬き』の前では、俺は逃げ惑う事すらできない。『不可断』はその特性上、面での質量攻撃を消しきれず、『ポドムの瞬き』はまさにその質量に特化した聖剣だ。つまり、相性が悪すぎる。

「――まぁ、このくらいにしておくわ。シモンは本気でやる気はないみたいだし」

「買い被るな。あと少し続けてたら、今頃俺は病院に逆戻りだ」

 鼻や口から流れ込んだ水を吐きながら、無様に床に転がる。溢れ返っていた水のほとんどは、すでに聖剣の力により魔法のように消え去っていた。

「……本当に、『学校』に入るのか?」

 聖剣と、それを操る剣使。

 そんな在り方を選んだサラを見つめ、静かに問う。

「一応、それが条件なのよ。そうじゃなくても、入ってたと思うけど」

 サラは『学校』の剣使候補生として、適性の高い聖剣『ポドムの瞬き』の暫定的な使用者として剣を預かる立場となった。その裏には、アンデラが魔剣『糸』を持ち去った補填の意味もあるとは言え、建前としての剣使の生き方をサラはむしろ進んで許容していた。

 戦場で、サラは実戦の恐ろしさを知った。だが、いや、むしろだからこそ、サラは剣使への抵抗を捨ててまで、戦うための力を手に入れると決めたのだ。

「俺は、サラには戦ってほしくない。お前を巻き込むくらいなら、一人で死ぬ」

「知ってるわよ。それに、諦めた」

 サラは俺と肩を並べて戦うためではなく、ただ俺を危険から守るために剣使となろうとしている。だが、そうであってもやはり、俺はサラに守られようとは思わない。大切なモノが危険に晒される事を、俺は認められない。

「だから私も、あんたと、シモンと同じで勝手にやるわ」

「……そうか」

 俺とサラの望みは、どうやっても噛み合わない。

 だから、サラも俺も、自分の望みのために自らを犠牲に互いを守る事に決めた。不器用な相互対立、それはほとんど無駄でしかない。

「なら、俺も諦めるしかないな」

「そうね。諦めるしかないわ」

 それでも、この在り方はどこか俺達にふさわしいように思えた。



 事の顛末はあまりに複雑過ぎて、俺が全てを知ったのはつい最近の事だった。

「あっ、シモンさん」

「ラタか。元気にしてたか? クロナにいじめられてないか? 下着が無くなってたらまず同居人を疑うんだぞ」

「ラタさんにおかしな事を吹き込むのはやめてくれないかな」

「出たな、怪我人。俺はただ、怪我をしていても性欲がなくなるわけじゃないから、別に無害ではないんだという事をだな」

「なんだぁ、シモン。入院中溜まってたなら、言ってくれれば良かったのに」

「クロナはラタの教育に悪いから引っ込んでろ」

「……いや、どっちもどっちだろう」

 屋敷が半壊し、そうでなくとも家族を失ったラタは、少し前までのようにナナロとクロナの家に滞在する事になっていた。ナナロはまだ先の戦闘での火傷が完治しておらず、自宅療養の形を取っている。

「それで、何の用事?」

「別に何ってわけじゃなく、何となくだな。そっちの具合はどうだ?」

「あぁ。まぁ、全体的にぼちぼちって感じ?」

 クロナとナナロの兄妹は、今のところ多くの問題に同時にとりかかっている。ナナロが負傷を押してまで入院を拒んでいるのは、そのためだ。

「じゃあ、私はちょっとシモンと二人きりで話してくるから」

「ああ、僕はその間に書類を片付けておくよ」

 クロナが俺の話相手を引き受け、ナナロはそれを送り出す。

「あの、シモンさん。また今度」

「今度って言うか、話が終わったら戻ってくると思うけど」

 控え目なラタに手を振り、クロナと共に奥の部屋に向かう。

「別に、あっちで話してても良かったんじゃないのか?」

「それって、私と二人じゃ不満だって事?」

「自覚があるなら、努力をするべきだな」

「自覚はないし、努力もしたくないなぁ」

 下らない事を言い合って、どちらからともなく笑う。

「でもまぁ、やっぱり、ラタの前だとちょっとね。もう一通り話したとは言っても、やっぱり何度も聞かせたい話じゃないっていうか」

「まぁ、そうだな。その方がいいか」

 クロナとナナロの取り組んでいる問題は、ラタの家系である大財閥、そしてリロス共和国にとっては裏切り者であるフィクサム家についてのものが主だ。

 事の全ての始まりは、フィクサム家の緩やかな衰退にあった。重金属の加工、特に武具や防具の生産を主な市場としていたフィクサム家は、剣使の台頭と共に徐々にそれらの需要を失い、それをきっかけとして財閥全体の運営も傾き始めていた。その状況を救う起死回生の一手として選んだのが、同じ大財閥であるコリウス家との提携、つまりはフィネを使った政略結婚だ。

 それが、当初クロナがフィクサム家について予想した事柄の全てだった。

 それよりもむしろ、クロナが注意を向けていたのは提携相手であるコリウス家の方。コリウス家がリロス共和国に対して謀反を企てている事を、クロナはコリウス家の三男、キルケ・コリウスを通して耳にしていた。

 そして、クロナはコリウス家による謀反を止めるために策を打つ事にした。

 最初に俺達がフィクサムの屋敷でキルケから聞かされた事、あれはクロナとキルケが共謀して創り上げた嘘だったのだ。ナナロを確実にコリウス家に当てるために、コリウス家を明確な悪に仕立てた。フィクサム家には、嘘の援助の話を持ちかける事で協力を仰いだらしいが、その辺りの事は良くわからないし、今となってはわかる必要もない。

 結果的にコリウス本家は壊滅し、謀反は阻止された。ただし、あくまでコリウス家による謀反は、だ。

 謀反自体は、フィクサム家により引き起こされた。さしものクロナも、コリウスだけでなくフィクサムまでもが寝返る事までは予想しておらず、それに気付いたのは背を刺されてからだったのだ。フィクサム家は現在、本家を含む財閥組織のほとんどがローアン中枢連邦に移転し、その技術と財力をリロス共和国との戦争のために用いている。

「フィクサムの財産は、国内にはもうほんの少ししか残ってないみたい。でも、ラタの名義でそのいくつかは抑えたから、普通に暮らしていく分にはなんとかなると思う」

「それはよかった、と言っていいのかどうか」

 フィクサム家がローアンに付いたのは、おそらく純粋に金のため。資金の援助、そして戦争により生じる特需を利用して、傾いた経営を立て直そうとしたのだ。直前で阻まれたとは言え、コリウス家も同じような事をしようとしていた以上、そういった財閥や企業を利用して謀反を起こす事が、ローアンの戦争における勝算の一つだったのだろう。

「それと、フィネちゃんの方の進展はなし。様子が悪化する様子もないけど、かといって良くなる気配もないし、今のところ検査を依頼したキマ教授の反応待ちって感じかな」

「……そうか」

 フィネ・フィクサムは、フィクサム家の最大戦力であり、そしてローアンの切り札になるはずだった。

 より正確に言えば、人造聖剣『フィネの焦燥』。大財閥フィクサムに偶然にも生まれた剣使の才と、大財閥コリウスが所有する秘蔵の聖剣の配合こそが、フィクサムと、そしてコリウスが互いに手に入れようとしていた鬼札だったのだ。

 コリウス家はローアン中枢連邦への手土産として人造聖剣によるリロス共和国への大打撃を与えるため、そしてフィクサム家はそのコリウスの思惑を知った上で人造聖剣を掠め取り、自分達がローアンに取り入るため、それぞれの思惑が入り混じった結果として、フィネを材料にした人造聖剣は完成してしまった。

「ラタの様子はどうだ?」

「今のところ、落ち着いてる。ちょっと居心地は悪そうだけど」

 ラタは初めから、政略結婚の内実、フィクサムによる人造聖剣の製造とリロス共和国への反乱についてある程度まで知っていた。知った上で、依頼を引き受けてもらうためにあえて俺達に面倒な事情を隠していたのだ。

 事実、相手こそ最初に目星を付けた俺ではなかったものの、ラタの思惑通り依頼は受諾され、フィネも無事とは言えないまでも相対的に悪くはない結末に収まった。

 だが、その結果に対する当然の代償として、ナナロやクロナ、俺は身を危険に晒し、負傷を負う事にもなった。妹を助けるためとは言え、ラタはそれに引け目を感じないでいられるような少女ではないだろう。

「じゃあ、ナナロは?」

「ナナロ? さっき見た通り、まだ治ってないけど。とは言っても、普通にしてる分には普段通りだし、むしろ仕事がある分、いつもより元気なくらいだよね」

「いや、そっちじゃなくて、仲悪くなったりとか」

「え、なんで?」

「…………」

 ごく自然に首を傾げるクロナに、思わず溜息が零れる。

 仮にもナナロを騙し、コリウス家への弾として使っておきながら、クロナにはナナロへの引け目など欠片もない。

「あぁ、そんな顔しないで! ちょっと特殊なのはわかってるけど、私達ってそういう関係だから。逆にナナロが私を騙す事もあるし、お互い様みたいな」

「嫌な兄妹だな。ラタとフィネを見習ってほしい」

「まぁねぇ。でも、これでもやってけてるからいいかなー、って」

 第三者の俺には良くわからないが、案外そんなものなのかもしれない。

 実際、気にしていないのはクロナだけでなくナナロも同じだ。当人達が納得しているのであれば、傍から見て異常な関係であろうとそこに口を差し挟む余地はない。

「話っていうと、大体そんなところ?」

「そうだな……いや、あと一つだけ」

 ラタとフィネを含めた俺達についての話はこれで全て終わった。だから、ここから先はいずれ俺達に影響してくるだろう外側の話。

「戦争はどうなってる? 優勢か劣勢か、それとも和平か?」

 ローアン中枢連邦の策であった財閥の寝返りは、片割れのフィクサム家だけを引き入れるに留まった。その上、切り札である人造聖剣『トルネの焦燥』の入手にも失敗し、戦争に際してローアンの用意していた仕掛けは上手く運んだとは言い難い。その上でまだ、消耗戦を強硬するだけの理由が敵国にあるのだろうか。

「……私の知る限りでは、戦況は拮抗。ローアンの攻勢が緩む気配もなさそうだね」

「そうか」

 何となく、予感していた。始まってしまった戦争はまだ終われず、これからも血は流れ続ける。あるいは、クーリア、もしくはフィネをアンデラが手に入れていれば、事は呆気無いほど簡単に終わったのかもしれないが。

「クロナは前線には出ないんだよな?」

「私? うん、今のところ出るつもりはないけど」

「そうか、それならいい」

 今も俺には、戦争の重荷を背負うつもりなど欠片もない。俺にできるのは、ただ手の届く範囲のモノを守る事だけだ。

「えっ、何? 何かあったの?」

「いいんだって」

 ただ、その中にクロナも含まれている事を、面と向かって告げようとは思わなかった。



「だから、シモンはクロナさんが好きなんでしょ?」

 クーリアの声色は、特に不機嫌なものではなかった。

「それなら、私と同じ部屋で寝るのはやっぱり良くないと思うよ」

「そんな、殺生な!」

 しかしながら、その言葉の内容はまさに俺にとっては処刑に等しかった。やっと出て来られた病室に逆戻りしそうなほど、言葉の刃が俺を滅多刺しにする。

「そもそも、俺は別にクロナの事が好きとかじゃないから!」

「いいんだよ。クロナさん、いい人だし、私なんかより綺麗だし」

「まず、あいつはいい人じゃない。それに、クーリアの方がクロナより可愛い」

「わ、私は可愛くないから」

 腕をぱたぱたと振って否定するクーリアは、文句なしに可愛い。むしろあざとい。

「ストップ。ダメだってば」

「えっ……」

 たまらず抱き締めにいくも、強めに拒否されて普通に凹む。

「私は、別に二番目でもいいけど、クロナさんに悪いから」

「いや、だからクロナと俺は何もないし、俺はクロナを好きでもないって」

 なんだか俺に都合のいい言葉が聞こえた気がしたが、今は訂正が先だ。クーリアはどうやら、何か妙な誤解をしている。

「そもそも、なんで俺がクロナを好きだなんて思ったんだ?」

「なんでって、シモン言ったでしょ。『他の誰でもない、この俺の手でクロナを助けたいんだ!』って。だから、つまりそういう事なんだ、って」

「待った。多分、というか絶対、そんな言い方じゃなかった」

 クーリアの無駄に熱の入った演技は、控えめに言っても相当脚色されている。俺があの時、自らクロナを助けに行くと決めたのは、そんなロマンチックな理由ではない。

「大体、それを言うならクーリアの時だって同じだろ」

「私の時は……ほら、幼馴染だから、とか。それに、シモンって正義感強いから」

「正義感なんてない。それに、幼馴染が理由としてありなら、クロナも友人とかでいいし」

「うっ……それは」

 至極まともに反論すると、クーリアは怯むように口籠った。

「でも、でも、クロナさんはシモンと付き合ってるって」

「……は?」

「助けに来た時に抱き締められて、強引に唇を奪われて告白されたって言ってたから」

 記憶を辿る、までもなくそんな事実はない。

「あ、あのクソ女!」

 油断していた。

 俺が病院に入院している間、隙を見てクロナはクーリアに事実無根の大嘘を吹き込んでいたのだ。そういう奴だとは知っていたはずなのに、つい忘れていた自分が情けない。

「クーリア、俺はこれからあいつを殺してくる。そうすれば、問答無用で俺とクロナには何の関係もなくなる。それでどうだ?」

「いいわけないでしょ! わかった、わかったからやめて……ってぇえ!?」

 腰に縋り付いて俺を止めようとしたクーリアの身体を、逆にこちらから抱き返す。

「よし、やっと捕まえた」

「だ、騙したの!?」

「いや、クーリアが止めなかったら本当にクロナを殺してた」

「騙してくれてた方が良かった!」

 しばらく落ち着かなさそうにしていたが、やがてクーリアは諦めたように力を抜いた。

「とりあえず、クロナの言った事は嘘だ。これは信じてもらうしかない」

「う、うん。たしかに、あの時のクロナさんはなんかニヤけてたかもしれないし」

「それなら、そこで気付いてほしかった」

「だって、嬉しくて笑ってるのかと思ったから……」

 言っている内に自信がなくなったのか、声が段々と小さくなっていく。

「それと、俺に好かれるのが嫌なら遠慮せずそう言ってくれ。それで諦めるかどうかはわからないけど、少しは接し方も考える」

「えっ……?」

 思えば、ずっと気に掛かってはいたのだ。

 俺はクーリアを助けた恩人だ。恩を着せるわけではなく、それは一つの事実であり、否定して消えるものではない。クーリアはきっと俺に恩義を感じていて、それが俺への好感を少なからず引き上げてもいるだろう。

 だが、恩は同時に枷にもなり得る。もしかしたら、クーリアは俺の事など特に何とも思っていない、もしくはそこまで行かずとも、男女としての好意はないのに俺の好意を拒めずにいるだけなのではないか。いつか自分に縛られないでほしいと言った言葉は、同時に自分が俺に縛られている事の暗喩なのではないか。

 それを問うのが怖かった。問わずに続ける関係には限界がある事を知っていても、もし表面だけの関係であったとしても、壊れるのは嫌だった。

「……私は、シモンには私を選んでほしくない」

 ぽつり、と呟きが零れた。

「私は危険な剣使で、私と一緒にいたら、シモンはずっとあの時の事を忘れられない。いつか私を選んだ事を後悔する。その時になって、嫌われるのが怖いの」

 それは、クーリアの初めて口にした弱音だった。

「馬鹿、そんな事は聞いてない」

 クーリアがそんな下らない事に悩んでいるなんて、考えた事もいなかった。

「正直に言えば、俺はクロナが好きだよ」

「……っ」

 本当は、こんな事は言いたくなかった。

「サラも好きだし、多分ラタも、フィネだって好きだ。助けたいし、無事でいてほしい」

「シモン……?」

 贅沢な話だとは思う。だが、それが俺の本音だった。

 大事なモノを選択したくなどない。守れるのであれば、全部守りたい。誰も危険な目に合わず、平和で幸福にいられる事が一番にきまっている。

「そっか。だから、私を助けてくれたんだ」

 納得の声。

 クーリアも当然、大事なモノの中に含まれている。だから、俺はクーリアを助けた。

「でも、だったら――」

 クーリアの出そうとしている結論が、俺にはわかっていた。なぜなら、それは俺が一度出そうとしていた結論だから。

「違う」

 だが、違うのだ。これはもっと、単純な話だ。

「俺が一番好きなのは、クーリアなんだよ」

 大事なモノはいくらでもある。その全てを守りたいし、救いたい。

 それでも、否が応でも優先順位は存在する。存在してしまう。俺がクロナを助けに行く時、クーリアの助けを拒んだように、中部での内乱の情報を聞いてラタよりもクロナよりもクーリアの身を案じたように、大事なモノの中でも一番はやはりクーリアだった。

「昔の事とか、剣使としてとか、そういうのは最初から勘定の内だ。全部ひっくるめてクーリアで、全部ひっくるめてもクーリアが一番好きだ」

 告白。

 好かれるのが嫌か、なんて質問はただの遠回りでしかない。要は、クーリアが告白を受け入れるか否か。重要なのはそれだけだ。

「……ずるいよ、シモンは」

「そうかもな」

 涙を流れるままに、目を見て告げられた非難を肯定する。

 答えは自分の中で出すものだ。俺がそれを強いるのは、あまりに強引かもしれない。

「そんな事言われたら、何も考えられなくなっちゃう。それでいいんだって、シモンと一緒にいていいんだって思っちゃう」

「いいんだよ。むしろ、いてくれないと困る」

「っ……シモンっ!」

 赤子のように俺に身を預けるクーリアを、柔らかく抱きしめる。

 これで何かが解決したわけではない。俺達を取り巻く環境は何も変わらず、過去も消えてなくなりはしない。

 だとしても、それでいい。俺はクーリアが幸せで、そして俺も幸せであればそれだけでいい。きっと今だけの感情が、今だけは他の何よりも大切に思えた。


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