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魔剣使われに告ぐ   作者: 杉下 徹
4.動乱と罪
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4-10


「――――」

 あれほど俺の手こずった人造聖剣は、あっさりとアンデラの手で封じ込められていた。

 魔剣『糸』の操る線は、熱への耐性があるのか、少女の身体から発される熱にも拘束が緩む気配はない。腕を使わないと指向性の制御がままならないのか、熱射を封じられた少女はただの発熱性の物体と化していた。

「とは言え、このままにしておくわけにもいかないかな」

 アンデラが困ったように肩を竦める。『糸』で無力化したところで、それはあくまで一時的なもの。拘束を解かれた瞬間、少女はまた闇雲な兵器と化す。

「やっぱり、こうするべきか」

 ふと、後ろを振り向く。背を向けた隙を突こうかと一瞬思案するも、まずそれを実行するだけの力が身体に残されていない事に気付いた。

「いいよ、ラタさん」

「ラタ……?」

 アンデラの声が聞き覚えのある名を呼び、見覚えのある少女がそれに従って現れる。

「……フィネ? っ、フィネっ!!」

 碧い目の少女、ラタは、妹である少女の姿を視界に捉えると、絶叫をあげながら少女へと駆け寄っていく。

「ラタ、今は――」

「心配ない。もうあれは、聖剣としての機能を止めているよ」

 アンデラの言葉が正しかったのか、少女の身体からは大量の湯気こそあがっているものの、彼女を抱き締めたラタの肌を火傷が覆っていく事はなかった。

「なんで、だ?」

「『フィネの焦燥』はフィクサム家により聖剣の機能を付与された人造聖剣だ。剣としての彼女は、フィクサム本家の者と彼らが権限を与えた者のみが操れるようになっている」

 複数の疑問が、一度の言葉で解消される。ラタの登場でフィネが動きを止めた理由、そしてアンデラがこの場にラタを連れて来た理由。

だが、アンデラへの本題はそうではない

「違う。なんで、お前はここにいる?」

「知っていたからだよ。正確には、確信したからさ。ローアンの戦争への勝算が、フィクサム家の引き入れとその製造した人造聖剣なのだと」

 初耳の情報が、また一つ飛び込んでくる。フィクサム家がローアン中枢連邦に加勢していたなんて話は、今の今まで聞いた事がなかった。

「とは言っても、正直なところ危なかった。ローアンの部隊と合流されてからでは、こうは行かなかっただろうからね」

「随分と、饒舌だな」

「君ほどじゃないさ。今は、流石にそんな余裕もないようだけど」

 俺を見下ろす目には、蔑みの色が込められていた。

「でも、今回は感謝しているよ。結果的に、人造聖剣を無傷とはいかないまでも手に入れる事ができた。君が完全には壊さないでいてくれたおかげだ」

「っ!」

 やはり、アンデラの目的はフィネにあった。クーリアを使って造り上げようとした人造魔剣、その代わりの人造聖剣としてフィネを使い潰すつもりなのだ。

「そう簡単に……フィネを、渡す、とでも?」

「君にそれを阻む理由はないはずだ。君はクーリア・パトスを救いたかっただけで、人造剣の運用を止める大義なんて持ち合わせてはいない」

「…………」

 言い返せない。道理も信念も、感情ですら今の俺がアンデラに優るものはない。

「それでも……渡さない」

 俺にあるのは全て我儘だ。目についたモノが欲しくなる、危険に晒された、不憫に見えた少女を助けたいと思ってしまう。優先順位など語るもおこがましい、俺はただその時に応じて気移りしているだけの、我儘で半端な子供に違いない。

 クーリアの時も、サラの時もそうだ。俺はずっと我儘なだけで、それでもどうにかしてその我儘を叶えてきた。正しくなくても、中途半端な望みであっても、それが実際に一途な信念に負けるかどうかは別の話なのだから。

「もういいんです、シモンさん」

「ラタ?」

 人形のように動かない少女の身体を抱きながら、ラタは静かに呟いた。

「アンデラさんは、戦争が終わったらフィネを治してくれると約束してくれました。それができるのも、アンデラさんだけだって。だから、それに賭ける事にしたんです」

「違う。こいつ、がどういう奴か、ラタは知らない……から」

「国防軍の反乱者で、人造魔剣『回』運用計画の首謀者。たしかにそれくらいしか知りませんけど、でもそれで十分だと決めたんです」

 ラタは俺が思っているよりも国防軍の内乱について知っていた。思えば、最初に俺に依頼を持ちかけたのも、人造聖剣と成ろうとしていた妹を助けるためには人造魔剣計画の少女、クーリアを救った俺が適任だと考えたからなのかもしれない。

 だが、実際には俺は人造剣自体について詳しいわけではない。その専門家は計画の首謀者であったアンデラで、すでに人造聖剣と化したフィネを救う事ができる可能性は、俺よりもアンデラの方が高いだろう。

「それは、嘘だ! アンデラがみすみすフィネを手放すはずが――」

「僕の目的は国を護る事だ。それ以上の力は不要だよ」

「その為、に、フィネを潰すだろうが! ……っかっ、はっ」

「それは君の思い込みだ。それこそ、兵器をみすみす壊す必要がない」

 アンデラの言葉は、正しいのかもしれない。クーリアの時は、そもそも人造魔剣として造り変えられる事自体を喰い止めた。だからその後の事については、あくまで推測するしかない。すでに人造聖剣と成り果ててしまったフィネにとって、戦争の道具として一時使われる事はもはや大した問題ではないのかもしれない。

「君との話はもうおしまいだ。僕達は、これから一刻も早く人造聖剣『フィネの焦燥』をローアンの重要拠点に叩き込む。それが、リロス共和国にとっても、ラタさんにとっても最適の選択肢なんだから」

「っ……待て、まだ、話は」

 フィネを担ぎ背を向けるアンデラと、それに従うラタを止められない。正しさや選択以前に、今の俺には何を成す力も残されてはいなかった。

「待って、ラタ」

「クロナさん?」

「君は、ホールギス兄妹の妹か。君にも感謝はしているよ」

「私はラタに話があるの。君には興味ない」

 だから、二人の足を止めたのは俺ではなくクロナだった。

「私とナナロの人脈なら、人造剣の研究者にも辿り着けると思う。人造魔剣の製造と運用までが目的だったアンデラよりも、剣と人の分離まで研究している専門家の方が、フィネちゃんを助けられる可能性は高いんじゃないかな」

「それは……」

 クロナはあくまで理詰めで、ラタを説得しようとしていた。たしかに、闇雲にアンデラを止めるより、ラタの選択を翻させる方が賢明なやり方なのは間違いない。

「……君は、今回は僕と同じ目的の為に動いていると思っていたんだけどね。そうでなければ、兄を騙してまでコリウス家を潰した事の道理が通らない」

「ぇ……?」

 ナナロが口を挟んだ一言は、またも俺の把握していない事柄だった。

「君と話す気はないのに。でも、まぁ、ちょうどいい機会だから言っておこうかな」

 浅い溜息を一つ、軽い調子でクロナは語り出す。

「私の目的は、私にもよくわかんないの。その時によって、やりたい事とか違うし。それで、今は――ただ、シモンの味方になりたいだけ」

 そこで、クロナが俺へと視線を向けた。

「シモンは私と同じだけど、私とはちょっと違う。色々ブレてるとこはあるけど、それでもどうにか自分を把握しようとしてる。それが純粋にすごいと思うし、そういうところがまぁ……うん、つまり、好きなわけだよ」

「……なんだよ、それは」

 クロナは全面的に俺を肯定して、そしてなぜか告白までしていた。こんな時なのに赤面して目を逸らしたクロナに、俺も一瞬だけ状況を忘れ目を奪われてしまう。

「だから、止めるよ。それで、私がフィネを助ける」

「……君の言う事は良くわからないな。でも、何であっても無駄だよ。君のその手の中の剣は『不可断』だろう。そして、鞘はそこに転がっている」

「試してみる? 私が使う『不可断』がシモンの時と同じかどうか」

 はったりだ。クロナの剣使としての素質を用いたところで、『不可断』は剣から流体を発生させる事もできなければ、今の鞘の位置からの流体をアンデラに届かせる事もできない。それは、人造聖剣と化したフィネとの交戦の際に明らかになっていた。

「…………」

 だが、おそらくアンデラにその確信はない。

 だとすれば、無理にリロス国内でも有数の剣使であるクロナに挑むより、戦力としての自分の身を優先してこの場を引いてくれる可能性はある。

「……いいや、その気はないよ」

 アンデラは降参の言葉を口にした。

「君も殺すには惜しい力だ。僕は、彼女達を手に入れられればいい」

「っ、待てっ!」

 そして、跳んだ。

 魔剣『糸』で身体能力を増強した跳躍には、悪足掻きのように鞘から迸った流体など届く事もなく、アンデラの姿は腕に抱えたフィネと共に瞬く間に離れていく。

「ラタ!? そんな!」

 そして、ラタもその後を追う。剣使ですらない少女のあり得ない速度の移動は、これも『糸』での操作によるものだった。アンデラは初めから、ラタの意思にかかわらず彼女を思い通りに動かす術を持ち合わせていたのだ。

「……くっ、そっ」

 力も準備も、今はアンデラが上を行く。それは、元々アンデラの目的が一貫されていたからだ。付け焼き刃の感情、付け焼き刃の対策ではとても止められない。

「行かせ……ない」

「――!」

 その乱入者は、完全に予想外だった。

 風の刃が『糸』から伸びる線を断ち切り、ラタの動きを止める。それにより、アンデラもまた去りゆく足を止めていた。

「フィネを、離せ」

「……キルケ・コリウスか。こんなところにいるとは、色々と予想外だ」

 その剣使は、倒れていた。立ち上がる事もできないまま、地を這いここまで来ていた。

 キルケ。

「コリウス?」

「そう。キルケは、コリウス本家の三男。フィネの婚約者だった人だよ」

 アンデラの発言を、クロナが裏付ける。

 コリウスの剣使を自称した男は、その言葉のままにコリウスの姓を持つ剣使だった。だが、それなら、どうして今ここにいるというのか。

「フィネを離せ」

 俺以上の重体とは思えない、堅く、強い声色。

 それだけで、詳しい事情を吹っ飛ばして、理屈でなくキルケがフィネの為だけにここにいるという事を直感する。

「なるほど、君にこの『糸』は相性が悪い」

 風の刃を瓦礫を盾に回避しながら、アンデラが息を吐く。『糸』の操る線には物体操作の力こそあるが、それ自体に風の刃を受け止めるような硬度はないのだろう。現に、瓦礫と剣を結ぶ線は次々と断たれ、アンデラの防御手段は減り続けている。

「だけど、無駄だよ」

 轟音。

 音の正体は、瓦礫同士の摩擦、その膨大な集積だった。空間内に積み上がった瓦礫のほぼ全てが、『糸』の力により床を離れてキルケへと飛来していた。風の刃も迎撃に向かうが、全てを落とすのはとても不可能。そして、立ち上がる事すらできないキルケに、残りの瓦礫を避けきれるはずもない。

 執念でも、まだ足りない。純粋に強力な力を持ち合わせているからこそ、アンデラはあの時まで止まる事なく進み続けていたのだから。

「「なっ……」」

 驚愕を叫んだのは、俺以外に誰か。

 瓦礫の波が、弾けて飛ぶ。間を奔るのは、苛烈な紫電の奔流。

「ごめん、遅くなっちゃった」

 クーリア・パトス。

 小走りで駆け寄ってくるその少女こそは、他に比肩するもののない力だった。


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