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魔剣使われに告ぐ   作者: 杉下 徹
4.動乱と罪
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4-9

 ところで、俺は正確には剣使となる以前に剣士を捨てていた。剣使と戦い、そして倒す事を考えた時、純粋に剣術だけを武器としたのでは不可能な事はわかっていた。

「煙玉?」

「ああ、前にも使って見せただろ」

 足音が聞こえてすぐ、廊下に放ったのは、時間稼ぎと撹乱の為の煙玉だった。密閉空間での煙幕は、屋外で使うよりも幾分か効果を増してくれるだろう。

「でも、時間を稼いでも逃げ道はないんじゃないの?」

「だろうな」

 いくら視界を奪ったとは言っても、まさか気付かれずに横を抜けられるわけもない。俺が侵入してきた天井の穴も、無駄にデカイ屋敷の縮尺と簡素な部屋の内装のせいで、モノを足場にしたところでとてもよじ登るのは不可能だ。

「だから、獲る」

「それは――」

「『不可断』は当てさえすれば必殺だ。それに、この状況なら十中八九当てる手がある」

 魔剣『不可断』の能力、触れたモノを尽く消し去る流体の前では、神剣『Ⅵ』や聖剣『アンデラの施し』、そして魔剣『回』の力ですら無力と化す。弱点と言えば流体の絶対量の少なさとそれによる射程不足だが、一度に限ればそれを補う手段はある。

「一応聞いておく。あの子は、フィネなのか?」

「……そうだよ。フィネ・フィクサム。ラタの妹で、フィクサムの切り札」

「そうか」

 推測に確信を得て、腕が僅かに重くなる。

 きっと、ラタは泣くだろう。俺を恨むかもしれない。

「だとしても、斬る」

 だが、俺には自分とクロナの方が大切だ。知人の妹に情をかける余裕はない。

 もう一度、廊下に出て様子を確認する。煙幕はすでに地下に満ちた。こちらからも相手の姿は見えないが、階段を上がる足音はない。機はまさに今だ。

「――ふっ」

 風が僅かに煙を払う。

 腕の振りと共に手の中から抜けたのは、魔剣『不可断』、そのもう一つの本体とも言える鞘。『不可断』は流体を鞘から生み出し、剣でその流体を操る魔剣だ。鞘を自身の身体から離せば、鞘の位置を起点とした遠隔操作も可能ではある。

 高速で投擲された鞘は、瞬く間に煙の中に消えていく。後は、剣を握り鞘から流体を四方に伸ばすだけだ。視認ができず不安はあるが、経験と感覚に頼るしかない。

 すぐに、二つの音が響いた。

 一つは床に鞘が跳ねる音。そしてもう一つは、おそらく床に身体が倒れる音。

「…………」

 煙幕の晴れた先、そこにあった光景が、予想の正しさを裏付けていた。

 血溜まりの中、そこに少女だったものはあった。どこをどう切断され、どこがどう繋がっているのかまではわからない。ただ、飛び散り溜まった夥しい血の量を見れば、即死である事だけはたしかだった。

「……意外と、呆気無いんだ」

 あれほど恐れていた少女が倒れたというのに、クロナの声に安堵の色はない。いくら恐ろしくても、相手は幼い少女で、ラタの妹だ。勝利と呼ぶには、あまりに後味が悪い。

「とりあえず、これからどうする? ここを出るか、それとも『Ⅵ』を回収するか?」

 しかし、だからといってここで黄昏れているわけにもいかない。クロナには聞きたい事も多い。早くこの場を脱して腰を落ち着けたい。

「できれば、回収したいな。あれって、一応まだ私のじゃないし」

「そうか、ならさっきの剣使を捕らえて吐かせ――」

 悪寒がした。

 だが、取るべき行動がわからない。まだ『不可断』の鞘は放ったまま、地下を抜ける階段までも距離がある。

「フィネ」

 だから、先程も聞いた男の声が響き、それに応えるように肉片と化したはずの少女の身体が起き上がる一部始終を、俺は真正面から眺めている事しかできなかった。

「――――」

 事態を呑み込めないまま、脳は最適な行動を選択する。

『不可断』の遠隔操作。少女の身体は、まだ転がった鞘の射程内にある。四本、触手のように伸びた流体が、首を切り離し、心臓を貫き、両腕を斬り落とす。

 はずだった。

「――まさか」

 朱に全身を染めながら、少女はまだ五体を保ったままでいた。首の傷は端から三分の一ほどまでのところまでで止まり、胸に穴は空いていない。そして両腕、首と同じく切断を免れた両腕の、どちらの先にも剣が握られていない事に今になって気付いた。

「シモンっ!」

 周囲の温度が上昇する。

 熱の発生源は、少女の身体そのもの。糸に吊られたように持ち上がった少女の右腕の先から、絶対的な熱が放射された。

「――っぁあ!」

 熱が周囲の壁を溶かし、地下空間の形を変える。一度放たれた熱は密閉空間から即座に排出される事もなく、辺りはさながら熱された石窯の如く高温に覆い尽くされていた。

 だが、まだ生きている。炭や液体になる事なく、俺達はまだ意識を保っていた。

「……ナナロ?」

「いや、ナナロの剣だ。『ラ・トナ』を借りてきた」

 熱射の直撃を逸らしたのは、奇剣『ラ・トナ』の空間屈折。如何に膨大な熱量の放射であろうと、その通り道自体を捻じ曲げる『ラ・トナ』の性質なら逸らす事ができる。

 今だけは、ここが周囲の囲まれた地下空間である事が幸いになった。俺はナナロほどには『ラ・トナ』の力を扱いきる事はできないが、熱射の来る方向が限定されていれば、逸らす難易度は格段に落ちる。

 本当は『ラ・トナ』は使いたくはなかった。剣使が同時に扱える剣は原則的に一本。原理は超常の力の仕組みと同じくわからないが、二本以上を操ろうとするとどちらも力を発揮しなくなるか、良くても両方の性能が著しく落ちる。懐に隠し持っている間は大丈夫だったが、一度力を用いてしまった以上、『ラ・トナ』を手にしている間は『不可断』は手元から離しておかなくてはならない。

「それなら――」

「あれは、人造魔剣か?」

 クロナの言葉を遮り、短く確認を問う。

「うん、そう。正確には、人造聖剣『フィネの焦燥』だけど。でも、まさかあそこまで剣に同一化するなんて」

 人造魔剣。

 それは、偶然か奇跡の産物である超常の剣を、人の手によって再現しようとする試みの事、ではない。

 木造、あるいは石造などという時の意味と同じく、人造魔剣とは人を材料にして造る魔剣の事を指す。剣使に剣を、いや、剣に剣使を取り込む事で、剣使の全てを剣の燃料として最適化させる、そんな非情に過ぎる代物。

「フィネ! 連射だ!」

 少女の名を呼ぶ男は、いわば人造魔剣、いや、人造聖剣を扱う剣使なのだろう。そんな第三者を必要とするほどに、少女は完全に剣と化していた。

「まだ助かるか?」

「このままじゃ、地下ごと熱しきられてアウトだよ。私なら、もしかしたらこの距離からでも『ラ・トナ』であの子の身体を――」

「いや、フィネだ。フィネは、まだ助かるのか?」

「な――っ」

 クロナが絶句する。

「早く、時間がない」

 しかし、今は時間が惜しい。人造聖剣の熱は規格外で、決して狭くはない地下空間が一秒ごとに灼熱地獄と化していくのがわかる。天井に逸らした熱で、外に穴を空けて熱気を逃そうと試みてはいるが、所詮は悪足掻きにしかならない。

「……わかんない。もしかしたら、ってくらいだと思うけど」

「そうか」

 クロナは、助からない、とは言わなかった。その方が自分の助かる可能性は高くなるだろうに、俺の考えくらいは読まれているはずなのに。

「『不可断』を預ける。使い方は任せた」

 俺が『不可断』を手元に置いておけない以上、まだクロナに持たせておいた方が役に立つ。できれば、そうはならない方が望ましいが。

「……馬鹿」

 呟きを背に、全速力で少女への距離を詰める。

 熱源である少女、人造聖剣へと近付けば近付くほどに、周囲の温度は更に加速度的に上がっていく。息を吸う気管、肺までが焼け付くような感覚に襲われる。

「――――」

 少女の指が微かに動いた。

「あ゛あ゛っ……っ!」

 瞬間、右からの熱波。『ラ・トナ』の空間屈折で逸らすも、前方から継続的に放たれていた熱への防御を解いた事で、前半身が焼け爛れる。

 あの人造聖剣は熱を操る。圧倒的な熱量、そしてそれに比例して操作範囲もまた常軌を逸して広い。壁や天井、床といった熱を蓄積したモノは全て、その熱を収束させ放射する砲台になり得てしまっていた。

 だが、まだ足は動く。もう距離は僅か、あと少しで届く。

「フィネ!」

 焦燥の声が、少女の両腕を掲げさせる。

 腕が、頭が、足が熱を感じた。両脇の壁、天井に床、俺を取り囲む平面の全てが、蓄積した熱を放つまさに寸前。

 目の前の少女の腕が、熱で大きく歪んで見える。四方からの熱波に加え、人造聖剣による直接最大の熱射。一つでも喰らえば炭と化し、逸らせるのは良くても一つだけ。

 熱は、同時に放たれた。

「――フィネ」

 熱射の激突、そして爆発。高めに高められた熱の全てが、更に一点で集結した事で、その中心から流れ出す熱の量もまた規格外のものだった。

「グッ、そぁ……」

 熱の収束点からは、逃れる事ができた。『ラ・トナ』の空間屈折で捻じ曲げた前方の空間を通り抜ける擬似的な瞬間移動は、前方からの熱射を逸らすと共に他の三つの熱波の収束点から俺を逃がしていた。

 予想外は、二次的な熱の放出。収束し、無軌道に発散した熱の波は、無防備な俺の背を焼き、身体の動きを停止させるには十分過ぎるものだった。

「本当に、運の悪い人だ」

 男の声が、頭上から降る。

 少女はすでに抜き去り、地上へ続く階段も越え、その先に立つ男までの距離はもはや半歩。だが、立てない。そして、男は腰の剣、炎を操る超常の剣を抜いた。

「……今更、火なん、て……怖くもないな」

「あなたには同じ剣使として、敬意すら覚えます。ですが、だからこそ残念です」

 俺の強がりを恐れたわけでもないだろうが、男は炎を操るのではなく剣を直接上段に構えた。歪んだ構え、この程度の剣士に斬られるなんて、とても耐えられない。

「同じ……じゃあ、ない」

「何の――っ、ぇっ?」

 男の剣が、俺の顔のすぐ横に落ちる。

「……危ねぇ、な。少し、ずれてたら……」

「どうよ、シモン! っていうか、こんなの、普通は無理だから!」

 炎の剣使を葬ったのは、魔剣『不可断』の足元からの一撃だった。俺が蹴り、男の足元まで転がしていた鞘からクロナが流体を発生させて操る、即興の連携。と言うよりも、一方的に俺の意図をクロナに汲んでもらっただけだが。

「……馬鹿言え。お前、なら、この程度」

「あれっ!? シモン、シモン! ねぇ、生きてる!?」

「あぁ……生きっ、んん、生きてるよ! ……っ、ホっ、カハッ!」

 生存確認の発声でむせ返り、危うく死にかける。全身が満遍なく火傷に覆われ、加えて呼吸器系も熱気を吸い込み、とても無事とは言い難い。

 だが、生きている。俺もクロナも、死んでいない。後は――

「っ! シモン、後ろ!」

 熱射の一撃を咄嗟に逸らす。クロナの声がなければ、もろに喰らっていただろう。

「――――」

 怠慢な身体に鞭打って首の向きを変えると、少女はすでに次弾を構えていた。

「止まら、ない?」

 人造聖剣の少女は、指示者が斃れた後でもその動きを止めてはいなかった。まだ自我があるのか、それとも先行の指示に従い続けているのか。

「フィネ! 止めろっ、俺は……ラタの知人だ!」

 名前を呼び、制止を呼びかける。炎の剣使は、フィネの名前を口にする事で人造聖剣としての少女を操っているように見えた。もしも自我に従って動いているとしても、ラタの名前を出せば手を止めてくれるかもしれない。

「くっ……だ」

 試みは、あえなく失敗。逸らしきれなかった熱波が腕を舐め、危うく取り落としかけた『ラ・トナ』を汗で滑りながら握り直す。

 妥当な結果だ。誰の指示でも聞くようでは、兵器としては欠陥品もいいところ。フィネ自身の意思であっても、一度は自分を細切れにしようとした相手を信じるわけがない。

「シモンっ! ……っ」

「やめ、ろ、クロナ。隠れてた方が、いい」

 剣を両手で握りながら駆けてくるクロナを止める。

「でもっ!」

「判断力、は、下の下だ。多分、それで、どうにかなる」

 独立して動き始めてからの少女は、ただ直線の熱射を放つだけの機械と化していた。

 天井や壁を伝った多方面攻撃を用いれば、足の利かない今の俺は一溜まりもない。おそらく指示者なしでは、少女はごく単純な行動しか取れないのだろう。

「私だって戦える! この剣に何の力もなくても、私だって――」

 すでに『不可断』の力の起点である鞘は彼方にある。クロナは優秀な剣使だが、剣士としては素人もいいところだ。しかし、それでも、今の少女ならクロナの接近を無視して俺だけを狙い続ける可能性はある。もしもそうであれば、クロナの振るった『不可断』の刃が少女の息の根を止める事もあり得るかもしれない。

「違う」

 だが、その奇跡を俺は望んでいなかった。

「俺は……今の俺は、フィネを助けたいんだよ」

 人造聖剣の少女。兵器と化した、哀しい剣使。

 それは何より、あるかもしれなかったクーリアの未来だ。アンデラを倒し、国を危険に晒してまで救いたかった少女と、今目の前にいる少女を、今の俺は重ねてしまっていた。

「そんな事! そんな状況じゃないでしょ!」

「ああ……そう、かもな」

 熱射と空間屈折。剣の力の拮抗は、今の一時だけのものだ。剣の力を引き出すのに体力の消耗などはないが、熱を上手く逃し続けるには常に最適な空間の繋がりを思考し続ける必要がある。そうでなくとも、空間全体に籠もり続けた熱は消え去っておらず、全身の火傷の痛みでいつ意識が飛んでもおかしくない。

 だから、これは――

「――地下とは、面倒なところにいたものだ」

 熱が離れていく。顔を上げると、少女は両腕を身体に巻きつける形で固まっていた。

「しかし、君はやっぱり半端で我儘で、幼稚な子供だよ」

 少女の腕に目を凝らすと、そこには細く長い糸が伸びていた。魔剣『糸』、そして耳障りな声の持ち主など、間違いなく一人しかいない。

「なんで、お前がここにいる」

「決まっているだろう。君と違って、僕の目的は常に一つだけだ」

 アンデラ・セニア。

 俺にとっての絶対的な敵対者は、そういって顔をしかめてみせた。


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