4-6
どうでもいい事を思い出した。
かつて俺の住んでいた街の風景。両親に姉、友人の顔。もうこの世界に存在しないモノ達が脳裏を通りすぎていく際、響いた感情の名前を俺は知らない。
悲しみも怒りも、おそらく普通であろう程度には持ち合わせていた。ただ、怒りの矛先がどこに向いているのかはわからない。もちろん、クーリアではない事はたしかだ。
そしてそれ以上に、そもそもどういった類に属するのかすらわからない感情の方が遥かに大きく強かった。だが、それも全ては終わった。全部ひっくるめて郷愁とでも纏めてしまえるような事でしかない。
だから、どうでもいい事。そんなどうでもいい事を思い出していた間、自分が寝ていたのかそれとも起きていたのかの方がよっぽど重要で大切だ。
「……朝、か」
時間は大切だ。そして今に関して言えば、時刻も同じくらい大切だ。クーリアが顔を出してくる前に家を出ていなければ、彼女の同行を認めたという事になる。やっぱり行くのはやめた、だとか寝過ごしてただけでこれから一人で行く、だとかも可能だろうが、まぁ控え目に言って格好は付かない。
「なんて、な」
実際のところ、もう結論は出ている。
ただ、それを告げるのが心苦しく、その時が来てほしくないだけだ。
「おはようございます、シモンさん。あの、寝室を借りてしまってすいません」
朝の挨拶はラタの声だった。一見して睡眠は十分に取れていそうで、少し安心する。
「おはよう。寝室の事なら、むしろラタが俺のベッドで寝るのは嬉しいから大丈夫だ」
「そ、そうなんですか? えっと……」
「半分冗談だから、深く考えずに流してくれ」
おそらく怪訝な瞳、という類の視線を向けられ、慌てて弁明する。過剰に気を使われるのも困るが、変態扱いされるのもそれはそれで良くはない。
「あの、シモンさんは、クーリアさんと恋人同士なんですよね?」
ラタにとって、それは軽い気持ちでの質問だった事だろう。質問というより、確認のつもりだったかもしれない。
「違うよ」
だからだろうか。
「……えっ?」
「俺とクーリアは、恋人同士じゃない。俺はクーリアの事が好きだけど、正式に告白した事も、それを受け入れられた事もない」
それに対する俺の答えも、思っていたよりもすんなりと吐き出す事ができた。
「そう、なんですか?」
「そうなんだよ。なぁ、クーリア」
「……うん、そうだった。私達、告白とかしてなかったね」
クーリアの表情を表現する言葉は、真剣という一言以外には思い浮かばなかった。俺とラタの話を聞いていたクーリアが一体何を思ったのか、それを悟る事はできない。
「俺はクロナを助けに行く。クーリアも着いて来てくれ」
「いいの?」
「ああ、それが最善だ。俺もそう決めた」
妥協ではない。俺の出した答えは、今に限ってはクーリアの望みと一致する。
そんな自分の事が、少しだけ嫌になってもいたが。




