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魔剣使われに告ぐ   作者: 杉下 徹
4.動乱と罪
32/41

4-3

「……ごめん」

 夕闇の下、殊勝に頭を下げるサラの姿は、俺の目には物珍しく映った。

「いや、別に怒ってないから。どっちかと言うと、助かった」

 十六人の襲撃者の内、二人を殺害、一人を捕縛、残りは不利を悟ってか逃走し、この南部拠点には束の間の平和が訪れていた。その中でも唯一、生け捕りという形で俺達が対面した剣使を無力化できたのは、隙を付いてとどめの一手を加えた俺よりも、真っ向から戦ってその隙を創り出したサラの功績によるものが大きい。結果から見れば有効な共闘、むしろ俺からサラに感謝をしてもいいくらいだ。

「私が言ってるのは、それ以前に戦場に出るなんて言った事。戦いたい、なんて理由で軽々しく顔を出していい場所じゃないって、シモンは知ってたのに」

 しかし、やはりサラは頭を下げ続けていた。

 拠点防衛には成功したものの、被害はゼロというわけではない。拠点の被害は死者だけでも二桁には乗っていて、負傷者はその倍では済まない。顔も見知らぬ俺からすれば、あくまで雑兵、と片付ける事はできないでもないが、当人の関係者にしてみればこれ以上ない悲劇だろう。

 戦争とはつまりそういうものだ。死者は数で数えられるくらいに当然で、それは勝利の傍らにすら存在している。その事実に、サラは戦場に実際に身を置くことでようやく気付いてくれたらしい。

「いや、俺もそこまでわかってなかった。認識の甘さは、お前と同じくらいだ」

 とは言え、俺も名義上の戦争はこれが初めてだ。

 戦場に出ようとしたサラと、止めようとした俺。その結果が俺も同行するなんて中途半端なものになったのは、二人ともが戦場の危険を過小評価し、そして自分を過大評価していたからでしかない。

「じゃあ、戻るか?」

 たった一度の戦闘で逃げ帰るというのは、かなり情けなくはある。それでも命と天秤に掛けるほどには、俺もサラも面子に重きを置いてはいない。

「……そうね。リースさんには、私が謝っておくわ」

「それならお言葉に甘えよう。正直、今あの人と会うのは気まずい」

 逃げ帰る恥ずかしさもそうだが、その前に俺には何度も戦場には出ないと言ってしまった過去がある。簡単に撤回した宣言を更に撤回するような真似は、面と向かって告げるには避けたいものがあった。

「シモンさん、それにサラさん」

 結論が出たところで、女性兵の声が俺達を呼んだ。ちょうどいい、カリアには少し悪い気がしないでもないが、伝言係を頼まれてもらおう。

「カリアか。実は、俺達はこれから――」

「お二人に、捕虜への尋問をお願いしたいのですが」

 しかし、こちらが話を切り出すよりも先に、想定外の話題を放り込まれてしまった。

「尋問? いや、俺達にそういう心得はないぞ」

「特に技能は必要ありません。ただ、彼が自分と剣を合わせたお二人にしか話したくないとの事で。要求など無視して強引に話を聞き出してもいいのですが、もしお二人がよろしければその方が穏便に済むかと」

「……どうする?」

 個人的には、自ら前線に立つのは願い下げだが、戦争に関する情報には興味がないでもない。ローアン中枢連邦の戦力はどの程度のものなのか、戦争の目的は何なのか。知りたい事の全てが聞き出せるとは限らないが、情報は直接的であればあるほどいい。

「私はどっちでも。けどまぁ、少しくらいは軍の役に立ってもいいんじゃない?」

 サラの理由は戦線を抜け出す後ろめたさからだろうが、とりあえず尋問への参加には賛成らしい。なら、迷う必要はない。

「わかった、やろう。連れてってくれ」

「ありがとうございます。では、私に付いてきてください」

 慇懃に一礼すると、カリアは拠点の中を先導して歩き始める。見慣れない道、俺もまだ拠点の構造全てを把握しているわけではないが、通常では足を運ばない区域を進んでいるように思えた。通り際に兵士とすれ違う事もない。

「地下牢、か」

 細い階段を下りた先、格子に囲まれた空間を目にしてようやく気付く。今回のように捕虜を捕らえた時、彼らを収容するための設備の用意は当然だ。

「それでは、私はここで。魔剣の接収はもちろん、片手と両足を拘束具に繋いではありますが、念のため注意は怠らないようにお願いします」

「ああ」

 剣を手放した剣使はただの人だ。とは言え、敵は敵、万一を警戒するのは無駄ではない。

「おい、呼ばれたから来たぞ」

 看守と思われる兵士に一礼して牢を覗くと、そこには先程まで向かい合っていた灰色の服の剣使がいた。頭の布は取り払われ、予想よりも幼い青年の顔を晒している。

「お前らか。じゃあ、消えろ」

 顔を上げて俺達の姿を確認すると、青年は顎で看守に立ち去るように指図した。

「自分の立場をわきまえろ!」

「わきまえてるとも。情報を聞き出すまでは殺されない、貴重な情報源だろ」

「……チッ」

 看守の怒声を気にも留めず、青年剣使は人を喰ったような嗤いを浮かべる。

「すいません、この場を任せても?」

「ああ。話を聞くだけなら、俺達だけで十分だ」

「わかりました。……チッ」

 浅く頭を下げて去っていった看守の、舌打ちの音が微かに響く。おそらく彼は捕虜の態度だけでなく、俺の態度にも腹を立てていた。若造が偉そうにするのが気に入らないタイプなのかもしれないが、俺としても彼だけに敬語を使うわけにもいかない。

「それで? 何を話すつもりで呼んだんだ?」

「特にねぇよ。ただ、話をするならお前らだって条件を出しただけだ」

「そうか。じゃあ、知ってる事を全て吐け」

「知ってる事? それが何についてなのか言ってくれねぇと、何もわからねぇな」

 …………。

「こいつ斬っていいかな?」

「沸点低すぎない!? 大体、シモンだって普段わりとこんな感じじゃない」

「マジで? ……たしかに、これは偉そうだな」

 人の振り見て我が振り直せ。思わぬところで痛い指摘を受けてしまう。

「まぁいい。お前らの部隊の目的と、ローアンが戦争を吹っ掛けて来た理由、後はローアンの不利になるような情報を片っ端から言え。御託を抜かしたら、もう片方も落とす」

「……っと、怖ぇな」

 腰の魔剣『不可断』に軽く手を添えて見せると、青年剣使の右肩が僅かに跳ねた。大した虚勢だと思っていたが、流石に肩口から切断された腕の痛みは堪えているらしい。

「後は、そうだな。まだ名前を聞いてなかったか」

「名前? タブだよ。タブ・ヴィシア。そう言えば、俺も一つ聞いていいか?」

「抜かすな、って言わなかったか?」

「ただの質問だよ、嫌なら答えなくてもいい。お前、シモン・ケトラトスだろ?」

 答えなくてもいい、という問いは、無言を肯定とみなすようなものだった。

「だったら?」

 サラが俺の名前を呼んだ事で推測されたのだろうが、孤立無援の捕虜に名前を特定されたところで困る事もない。

「なら、そっちの女が魔剣『回』の適合者か?」

「――ぁ?」

だが、俺以外については話が別だ。

「落ち着けっ! 別にあんた達にちょっかい掛けようってんじゃねぇから!」

 今度こそ明らかに怯えを見せる青年剣使、タブの様子を見て初めて、俺の手が『不可断』を強く握り締めていた事に気付いた。

「……残念だけど、私はあの子じゃないわよ。サラ・ケトラトスが私の名前」

「ケトラトス? シモンの妹か?」

「妹じゃない。もちろん姉でもない、ただの偶然よ」

「わざわざ名乗らなくても……」

「言っておかないと勘違いされたままでしょ。それは嫌だったから」

 サラのクーリアへの感情がどのようなものか、正直なところ俺には良くわからない。ただ、単に人違いされるのが嫌だという以上の理由があったとしても驚きはしない。

「そうか、違ったか。あー、やっぱり当てにならない噂だったな」

「その噂とやらについても聞かせてもらおうか」

「ああ、話すさ。そもそも、俺の話がそれについてだからな」

 心なしか従順になったタブは、交互に俺とサラを見比べると口早に話を始めた。


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