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魔剣使われに告ぐ   作者: 杉下 徹
3.渇望の意味
29/41

3-6

 剣が似合う、と思った。

 稀代の、もしくはそれ以上の剣使であるクーリアには真逆の感想を抱いた。あくまで俺の主観に過ぎないが、素質や才ではなく人格や性質、もしくは単純に外見や印象のような部分で、サラ・ケトラトスには鈍く光る刃が似合うように感じた。

「シモン? 早かったじゃない」

 去り際の冗談を真に受けたというわけではないだろうが、サラは濡れ髪に薄着といった湯上がりの風貌で。その膝の上に寝かされた短めの剣は場違いにも見えた。

「その剣は?」

「試作剣『二十八番』。たしか、魔剣『宵傘』を再現しようとして作られた剣で、辛うじて刀身での力の無効化の性質だけを低水準で実現した、名前通り試作品でしかない出来損ないの剣だって」

 伝聞系の言葉。自分が聞かされた事をそのまま口にしているだけなのだろう。

「どうしてそんな剣を持ってるんだ?」

「元々、この剣の目標は単純に力、というかエネルギーみたいなものを操る剣だったみたいで。それ自体は失敗したんだけど、力を発生させようとする過程の一部は中途半端に剣の中に組み込まれたままらしくて」

「悪いんですけど、何を言ってるのかさっぱりです」

「私も聞いて覚えてる事言ってるだけだから。魔剣の仕組みとか、流石に無理」

 呆けたような声をあげてみると、サラも諦めたように肩を竦める。

 現在における最先端の技術を更に超えた謎の産物、それが超常の剣だ。その構造は一介の剣士風情に理解できるようなものではない。

「結論だけ言うと、この剣を使って、剣使いとしての素質が大まかにわかるのよ。それを計るために渡されたのを、まだ返してないってだけ」

「知りたいのか? 素質」

「半々ってとこだったけど。知る必要はあると思って」

 サラが試作剣とやらの柄を軽く掴むと、剣は小刻みに震えて甲高い音を立てた。

「シモンもやってみる? 今は正確な計測器はないけど、基本的には剣の振動と音が大きいほどいい結果だって言われてるらしいわよ」

「いや、いい。なんか壊れそうだし」

「あっそ」

 無理に技術で再現しているから仕方ないのかもしれないが、試作剣の挙動はいかにも不良品のそれに見えた。俺はともかく、クーリア辺りが手にすれば壊す絵しか見えない。

「私も、少しだけ剣使いとして戦ってみるわ」

「……え?」

 穏やかに言ってのけたサラの声とその内容の乖離が、混乱で思考を鈍らせる。

「リースさんから聞いたでしょ? 私が、戦争に行くつもりだって」

「聞いた、けど、そうじゃなくて」

 俺の目から見たサラは、人並み以上に正義感や道徳心を持ち合わせてはいる。そんなサラが国防軍として戦おうと志願する事自体は、あり得ない事ではない。

 だが、しかしだ。

「戦場では、剣士よりも剣使いの方が役に立つ。それに、自分の命もかかってる状況で出し惜しみしても仕方ないでしょ」

「それで説明してるつもりなのか?」

 サラの言葉はごく真っ当な理屈だった。だが、あくまで一般的には、だ。

「優先順位が違うだろうが」

 サラは超常の剣の使い手、剣使という在り方を憎んでいる。剣使として生きる者全てを無差別に嫌っているわけではないが、親しい仲である俺がそうあろうとした時には激しい抵抗を見せた。まして、自分がそれになるなど、理由が国のためなんて朧気な目的ではとても釣り合いが取れない。

「随分と言い切るわね」

「当たり前だ、俺がお前の事をどれだけ知ってると思ってるんだ」

 共に過ごした時間だけなら、サラとは他の誰とも比較にならないほどに長い。流石に過去の一部始終を知っているわけではないが、考え方くらいは大方把握している。

「なら、当ててみてよ。理由」

 サラの挑発は、どこか楽しそうにも聞こえた。

 しかし、一理ある。サラがなぜ剣使として戦うなどと言い出したのか、その結果に至るまでの考え方も俺ならわかるかもしれない。

 俺はサラの言葉を聞いて驚いた。それは、俺の中のサラが出すはずのない結論だったからだ。つまり、厳密には俺の思うサラと現在のサラの思考にはずれがある。そのずれがすなわち、サラの言う理由というやつなのだろう。

「……無理、わかんね」

 少しの間だけ考えて、降参を宣言する。いくつか候補は浮かんだが、断言できるだけの材料もなく、何よりここで外したらかなりダサい。

「ただ、俺はお前が戦地に行くのは嫌だ」

 ならば、と展開されないよう、こちらから話を変える。

「なんで?」

「それくらい、説明しなくてもわかるだろ」

 むしろ、説明など気恥ずかしくてしたくない。

「……そっか、シモンは私にも過保護してくれるのね」

 なぜか少しだけ嬉しそうに頬を緩めると、すぐにサラは大きく息を吐いた。

「でも、私はシモンと肩を並べていたい。守られるより、一緒に戦いたい」

 毅然とした目は、すでに答えを出したものの眼差しだった。

 それだけで、合点がいった。サラはただ俺と同じ視界を得るために、剣使として戦う事を望んだのだと。

「バカだな、お前は」

「何よ、別に私は――ってぇ!?」

 微かな罪悪感と共に、サラを腕の中に掻き抱く。

 守りたい、とは思わない。ただ、無事でいてほしいだけだ。どう否定しようと、俺はサラの事を大切に思ってしまっている。きっと、今に限ればクーリアよりも。

「もしお前が戦地に出るなら、その時は俺も行く」

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