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魔剣使われに告ぐ   作者: 杉下 徹
3.渇望の意味
28/41

3-5

 アンデラ・セニアが国防軍の特設した牢から釈放され、ローアン中枢連邦の主力部隊が押し寄せる国境付近の戦地に向かったのは、つい先日の事だ。

 当初、監視役としてアンデラに付けられた剣使は四人。加えてアンデラには戦地に着くまで剣は与えられず、また戦地でも四人の内一人が操る奇剣『ヨ・ダウ』の制約効果により、与えられた剣を手にしたまま指定の一定範囲を出ると腹部から全身が腐り落ちる縛りを受け、まさに戦う以外の行動の自由を奪われていたらしい。

 しかし、実際にはアンデラは戦地からは距離のあるリロス北部市街地の外れ、ルークス剣術場に一人で姿を現した。そこに至る過程は、体術だけで四人の剣使を打倒した、などといった常軌を逸したものではなく、監視役の一人にアンデラの息のかかった者がいたというだけの事で。国防軍でもその内通者を現在尋問してはいるが、今のところ情報を吐く気配はないという。

「アンデラは、前線に出ると言ったんだな?」

「はい。多分ですけど、あいつは自分が最大限の戦力になる手段を選ぼうとしただけなんだと思います」

 監視を逃れ、一時釈放の契約を破った事で、アンデラの立場は以前よりも更に悪いものになった。それでも、戦地で敵兵を排除し続けている限り、リロス国防軍が敵よりもアンデラを優先して撃退する事はないだろう。元より、強大な剣使は雑兵と力を合わせて戦うようにはできていない。強力な剣を持てば単体で脅威となれるのがアンデラ・セニアという個体であり、戦争が終わってから先の事など考えてはいないのだろう。

 あるいは、考えた上でどうでもいいと切り捨てているのか。

「君があれを庇うとは、意外だな」

「庇ってるわけじゃないですよ。ただ、あいつはそういう奴だと思っただけです」

「そうだな。楽観するわけにはいかないが、あの人ならそうか」

 純粋に、国を守る為の剣。

 そんなアンデラの在り方を知っているからか、リースは困ったように笑った。

 国防軍という組織において、アンデラは一種の理想だ。倫理を重視したリースは最終的にアンデラの敵に回ったが、彼の全てを否定したわけではない。

「リースさんも、すぐに前線に?」

「ああ、そのつもりだ」

 一流の剣使であり現在では司令部実行班を率いる長でもあるリースは、本来なら今も最前線で戦っていたはずだ。事が国防軍でもとりわけ扱いの難しいアンデラに関するものでなければ、今こうして俺と直接顔を合わせてはいなかっただろう。

「……それで、実はその事について話があるんだが」

「俺は出ませんよ。特に、今は」

「サラ・ケトラトスは君の妹ではない、それで合っていたな?」

 先読みで刺しにいった釘は、意外な角度から逸らされた。

「彼女は、一戦力として戦地へと赴く事を希望してきた。そして、軍の、いや私の意向としては、彼女の提案を受け入れるつもりだ」

 思考が飛んだ。

「……サラが、自分からそう?」

「ああ、詳しい理由は話してくれなかったが」

 理由。民間人であるサラがわざわざ戦地へ出るなんて事を言い出すからには、そういうものがあるはずだ。だが、見当は付かない。

「サラには剣がない。アンデラに奪われた」

「それについては、こちらに用意がある。先の一件で前最高司令官派から押収した剣の中から、彼女に適したものを与えるつもりだ」

「そんなの――」

 反論が途切れる。才や素質のある者にとって、超常の剣を扱うのに修練は必要ない。もちろん慣れによる戦術の幅などはあるが、扱える力の量自体は初見でも愛剣でも同じだ。

「サラと、もう一度話をしても?」

「それを止める権限など私にはないよ。彼女を無理に連れ出す権利も、だ」

 リースは個人の意思を無視してまで自分の希望、国の利益を押し通す人物ではない。しかし、サラが自ら戦線に加わる事を決意したのなら、やはりそれを拒む事もない。

「もしサラが戦場に立った時、リースさんはあいつをどう扱いますか?」

 サラの元へと向かおうとする足を止め、無意味な質問を投げる。

「私が見る限り、彼女は優秀な適性を持った剣使だ。主力部隊の火力役として、中列及び後列を任せるのが相応しいだろう。それなら、比較的危険の少ない配置ではある。だが」

 認識のずれに口を挟みかけて、続いた言葉に声を呑み込む。

「彼女の身の安全を特別に優先する事はない。あくまで主力剣使の一人、貴重な戦力ではあるが、それ以上としては扱えない」

 リースの言葉は、ひどく冷徹に聞こえた。だが、俺は知っている。それは冷たいのではなく、軍人としての、そしておそらく人としても妥当な判断だ。

 そう、間違っているのは、知人を優遇したがる俺の方だ。


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