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魔剣使われに告ぐ   作者: 杉下 徹
3.渇望の意味
24/41

3-1

 依頼者ラタ・フィクサムを直系の血族に抱くフィクサム家は、リロス共和国でも有数の財力とコネクションを持った、いわゆる大財閥の一つだ。重金属の加工を生業としてきた特性上、超常の剣の台頭が一般の剣や鎧の需要を喰い潰して以降はかつてほどの力は失ったとも聞くが、その財閥としての立場はいまだ強固なものを保っている。

 そのくらいまでが、俺のフィクサム家に対する大まかな知識だ。

「……うわっ」

 実際にフィクサム家の所有する土地、そう呼ぶしかないであろう広大な、ラタ曰く『庭』の入口からその先を見渡してみて、零れたのは感嘆混じりの溜息だった。

 一目で良く手入れされた事がわかる芝の絨毯がどこまでも続き、地平線の果てにようやく、そこまで離れていても視界に収まらないほど横方向に広大な邸宅が目に入る。少し視界を動かせば、更に離れた場所には別の建物があり、逆方向に動かしてもまた同様。大財閥という言葉のイメージこそ朧気には抱いていたものの、実物はそれを凌駕していた。

「どうかされましたか?」

「いや、なんでもない。ただ、ちょっと来たのを後悔してるだけで」

「す、すみません。やっぱり、強要しているように思われてしまって――」

「あー、冗談。というか、軽口だから」

 泣き出しそうな顔を浮かべたラタを、慌てて宥める。ただでさえ、前日になって参加を決めた俺とクーリアに対して、ラタは今朝から恐縮しきりだった。悪い誤解に繋がる軽口は控えた方が無難だろう。

「面会の約束は取り付けてあるんだよな?」

「ああ。人数はラタさんを含めて三人の予定だったけど、君とクーリアさんは護衛という事で通せるだろう。実際、間違ってはいないわけだしね」

 話を逸らしがてら、当日の予定を確認する。すでにナナロはラタの父であるレフ・フィクサムとは書面でやり取りを済ませているらしく、こうして面会にまで辿り着けたのもそういった努力の結果と言える。

「頼りにしてるよ、護衛さん」

「任せろ。お前の亡骸は拾ってやる」

「死姦するくらいなら、生きてる間に手を出してくれればいいのに」

「死体はモノで、浮気にはならないからな」

「…………」

 クロナと下らないやり取りを交わしていたところ、クーリアに冷めた目を向けられてしまう。どうやら、クーリアは死姦も浮気に含む派らしい。

「それじゃあ、行こうか」

 ナナロの宣言と共に、堂々と正門からフィクサム家の敷地に足を踏み入れる。見張りに立っていた門番の二人も、話が通っているのか制止には来ない。

「……あの二人の剣について、何か知ってるか?」

 十分に距離を取ったところで、ラタへと耳打ちをする。

「いえ、すいません。ただ、外の門番にはそれほど力を入れていなかったと思います」

 もし交渉が決裂、あるいは交渉にすらならずに俺達を排除しに来た場合は、当然ながら逃げる事を考えなくてはならない。その際、最後の障害はおそらく門番になる。

「そろそろ、屋敷に着く。中に入ったら、余計な事を言わないよう気を付けて。特に、クロナとシモンは口を引き締めておいてもらわないと」

「ガバガバのクロナと一緒にしてもらっちゃあ困る。俺はON-OFFのできる男だ」

「流石にそれは聞き捨てならないねぇ。私だって、ON-OFFでキツくもユルくもできるし」

「……まさにそれを言ってるんだけどね」

 的確な指摘と共に、ナナロが吐息を吐き出した。世話の焼ける妹を持つのは大変だろう。

「あ、出迎えの人が来てる。執事さんかな?」

 クーリアの言葉は、屋敷の前、姿勢良く立つ黒服の男を指していた。

「……違う」

「ラタ?」

「あの人の顔は、初めて見ました。私がいない間に雇ったのでなければ、執事や使用人ではないと思います」

 執事や使用人ではない。それなら男は何なのか、残る答えはそう多くはない。

「だとしても、ここから引き返すわけにもいかない。彼に案内を頼むしかないだろうね」

 ただ、どうあれ俺達の取る行動に変わりはない。歩調を緩める事もなく、そのまま一同で黒服の男の待つ屋敷前まで向かう。

「ラタ・フィクサム氏の依頼により、ナナロ・ホールギス、クロナ・ホールギス両名、レフ・フィクサム氏との面会に参りました」

「聞き及んでおります。しかし、後ろの二人は?」

 黒服の男の目が、俺とクーリアを交互に眺める。視線は鋭く、落ち着かない。

「我々の補佐役です。二人では人手に困る事もあるので」

「なるほど。では、ご案内いたします」

 意外、というべきか、ナナロの説明に男はそれ以上追及する事はなかった。無駄に大きい屋敷の扉を開き、俺達を先導するようにゆっくりと歩き始める。

「面会場所は、二階の応接室を用意させていただいております」

 屋敷の中は外からの印象に違わず、一々間取りが大きく、家具や扉の一つをとってもいかにも高級そうなもので揃えられていた。こんな時でなければ、感嘆の声をあげていたかもしれない。

「どうぞ、こちらになります」

 やがて辿り着いた面会場所の一室は、やはり部屋と呼ぶには広すぎる空間だった。壁際には案内の男と同じような黒服を身に纏った者達がずらりと立ち並び、だが部屋の中央に向かい合わせになった椅子には人の姿はない。

「……レフ氏は?」

「資料の用意をされているので、先に座ってお待ちいただければ、と」

 怪しい、と感じた。危ない、かもしれない。

 座って待つ、というのは一見して自然な流れにも思えるが、椅子の位置が良くない。部屋の真中にある椅子に向かえば必然、周囲を完全に囲まれる形になってしまう。

「では、お言葉に甘えさせていただきます」

 ナナロが一瞬だけ、俺に視線を飛ばした。意図は気を付けろ、あるいは補佐という名目を口実に座らず立っていろ、のどちらかだろう。

 言われるまでもない。ナナロ、クロナ、そしてラタが腰掛ける中、わずかに腰の剣の位置をずらす。流石に全方位というわけにはいかないが、クーリアの死角から不意打ちが来るような事があれば即座に斬り落とす。

「……っ」

 半分、予想通り。

 示し合わせたように同時に迫ってきた剣の群れを、抜き身の一刀で振り払う。

「潰すぞ、ナナロ、クロナ!」

 迫り来る黒服達を紫電で一掃したクーリアに背を預け、反射的に叫ぶ。

「やってるけど、剣が機能しない!」

「私も、ちょっとおかしい!」

 しかし、帰って来た反応は悲鳴。

 ナナロは立ち上がりラタを庇いながら、クロナは迫り来る黒服に神剣『Ⅵ』を向けながら異常を告げていた。ナナロはとにかく逃げながら慣れない剣技で身を守り、クロナの方は一応は神剣の力を用いて接近を喰い止めてはいたが、明らかに万全からは程遠い。

 二人の剣が偶然にもまとめて不調になるなんて事はあり得ない。だとすれば、これは相手方の仕掛けた罠だ。そして、超常の剣の力を抑え込む事ができるのは、同じく超常の剣でしかあり得ない。事実、あらゆる超常を無力化する性質の剣は存在している。

 しかし、超常の無力化を特性とした剣の射程は、その系統で最も有名な魔剣『王命(さからうことかなわず)』でも自らの周囲、ごくわずかな範囲に限られるという。だとすれば、おそらくこれは剣を複数用いての力業だ。居並んだ黒服のほとんどが似た性質の剣を持ち、周囲を取り囲む事で強引に剣の力を抑え込んでいる、とはあくまで推測だが。

「こいつ、なんで剣を――」

 だが、そんな中でも、黒服達は次々と倒れ伏せていく。

 聖剣『アンデラの施し』の放つ紫電が、一人、また一人と確実に対象を捉えると、それぞれ一瞬で意識を刈り取っていた。決して大規模ではない雷光、だがそれは抑えつけられた影響というよりは、単にこの場における適切な力加減によるものに見える。

「……ははっ」

 ふと、笑いが零れた。

 一流の剣使であるクロナ、ナナロを無力化するために用意された罠すら、歯牙にもかけない圧倒的な力。クーリアが剣を手に取る度、その素質の非凡さには驚かされる。

「ったく、ここは俺の見せ場だろうに」

 想定外の事態に、黒服達はすでに統率を失い始めていた。集団ではなく複数の個人が相手なら、俺の剣でも捩じ伏せるのは容易い。相手も多少は剣術の心得もあるようだが、所詮は剣使の付け焼き刃。純粋な剣技比べならば、負けるはずもなかった。

「逃がすか、っての!」

 逃走に転じ始める者も出る中、しかし無傷で逃げおおせる者はいなかった。包囲を解いた事によってか、力を取り戻したクロナとナナロも加わり、残党を一気に狩り尽くす。

「……とりあえず、どうにかなったか」

 入念に準備された策も、一度崩れてしまえば後は脆いもので。気付けば、荒れ果てた部屋の中、立っているのは俺達だけになっていた。

「助かったよ。君達がいなかったらかなり危なかった」

「ああ、感謝しろ。と、言いたいところだが、正直クーリア一人で足りてた気がする」

 ナナロの感謝の言葉は、クーリアに受け流す。俺も何人かは斬ったが、倒した数で言えば、やはりクーリアがその大半を占めていた。

「それを言うなら、シモンだって一人でも大丈夫だったでしょ?」

「ま、まぁな」

 正直なところ、あの人数を相手にして、単独で切り抜けられる自信はない。しかし、信頼してくれているクーリアの手前、否定する事はできなかった。

「でも、実際助かったよね、本当。あそこまで露骨に取りにくるとは思ってなかったわ」

 普段は飄々としているクロナが、彼女には珍しく疲れた顔で息を吐いた。ほんの一時であっても、剣の力を抑えつけられたのが堪えたのだろう。

「すいません……皆さんをこんな目に合わせてしまって」

「あーっ、いや、ラタちゃんを責めてるわけじゃなくって」

 深く頭を下げるラタを、クロナが慌てて取りなす。

「ナナロ、これからどうする?」

 騙し討ちがラタの責任ではない事はたしかだろうが、交渉を前にフィクサム家に対立の態度を取られてしまった事もたしかだ。面会の予定は崩れ去り、行動の指針は失われた。

「もちろん、このままレフ氏に会う」

 ナナロの目には、一切の迷いがなかった。

 ラタの父親、レフ・フィクサムに会う。当初の目的でありながら、それは今では非常に困難な事であると言える。

 両者の合意があればともかく、刺客を向けてきた事を考えると、彼に俺達と会うつもりはないはずだ。そこを無理矢理会いに行くという事は、レフを、引いてはフィクサム財閥を丸ごと相手に回す事にもなりかねない。

「ああ、無駄だよ。うちの兄はいつもこんなだから」

 呆れたように、あるいは諦めたように、クロナが笑う。

 ナナロ・ホールギスは正義の味方だ。その行動指針はただ自らの中の正義のため、そこに利害が介入する余地はない。そうでなければ、きっとナナロがクーリアの奪還に力を貸す事もなかったのだから。

「――ああ、そうだ、無駄だな」

 声が響いた。

「っ!」

 瞬間、剣の柄に手を掛ける。

「そう警戒するな。話をしにきただけだ……と言っても信じてはもらえないだろうが。少なくとも、この惨状を見てお前達に一人で挑もうとする者などいないだろう」

 声の主は、開いていた扉から無造作に部屋に踏み込んできた、全身白装束の男だった。

「ラタ、こいつは?」

「……わかりません。見覚えはないと思います」

「そうだろう。私はただの伝達役、キルケとでも呼んでくれ」

 キルケと名乗った男は、どこか異様な雰囲気を纏っていた。だが、如何に優れた剣使であっても、彼自身の言うように単騎でこの場の四人に対抗できるとは思えない。真っ当に考えるなら、ここで顔を出したのは会話が目的のはずだ。

「フィクサム家の伝達役、で合っているのかな?」

「難しい問いだが、あえてどちらかを選ぶなら違う、と答えさせてもらおう」

 散乱した家具や人体を気に留めるでもなく、キルケはゆったりとした足取りで部屋の真中の椅子に歩み寄ると、そのままそこに腰掛けた。

「私は、コリウス家の方に属する者だ。もっとも、この行動は半ば独断だが」

 コリウス家。

 フィクサム家と対を成す大財閥であり、ラタの妹、フィネ・フィクサムの婚約相手として選ばれた、政略結婚の相手。俺達の目的と関係の深い名ではあるが、その関係者がこの段階で首を突っ込んでくるのは予想外だった。

「この剣使の集団は、コリウスが?」

「恥ずかしながら、その通りだ。無駄だとはわかっていたが、あれは自分の意見に反対されるのをひどく嫌う性質でな」

 そこで、キルケは仰々しく溜息を吐いた。

「私はお前達を相手にしたくはないんだ。厄介事の専門家、ホールギス兄妹に、アンデラ・セニアを打倒したシモン・ケトラトス。そして、北部の街を跡形もなく消し飛ばしたクーリア・パトス。一人だけでも圧倒的な剣使が四人となれば、誰でも避けて通りたい」

「っ――」

「御託はいい、用件を言え」

 キルケはどうやら俺達についてかなりのところまで知っている。特に、剣使としてのクーリアについて知っている者は稀なはずで、その中でもこいつは最も触れてはならない部分に触れてしまった。

「わかった、そうしよう。後回しにしたところで、結論は同じだ」

 キルケの言い回しは、どこか奇妙に感じられた。

「お前達がレフ・フィクサムと出会う事は不可能だ。彼は、すでに故人となっている」

 その理由がわかったのは、キルケの言葉を聞いてから少し経ってから。

「……えっ?」

 声を漏らしたのは、ラタだった。

「故人……って、それは――」

「死んだ、という事だ。メロ・フィクサム以下、ラタ嬢を除いたこの屋敷のフィクサム姓の者全員も同様に、すでに命を落とした」

「――――――――」

 今度は、声も出ない。

 当然だろう。ラタが妹の婚約を阻止すべく奔走していた時、すでに婚約どころかその家族は皆亡くなっていたというのだから、もはや依頼も何もあったものではない。一周回ってむしろ笑ってしまいそうだが、ラタの表情を見ているとそんな気も吹き飛ぶ。

「君達がやったんだろう?」

 奇剣『ラ・トナ』がキルケの胸を直線上に捉える。一家の根絶、それがコリウスの手によるものだとすれば、ナナロが許すはずもない。

「剣を向けるな。誓って言うが、私はこの家で一人も殺してはいない。まぁ、それが責任逃れだという意見にはまったくもって同意だが」

 両手を掲げ、降参の意を示しながら、キルケは続ける。

「言っただろう、私はお前達と争いたくない。お前達のラタ嬢から受けた依頼はすでに失敗に終わった、そちらも争う理由はないだろう」

「依頼はもう関係ないよ。僕は、君達を悪と断じた。だから、滅ぼす」

「それは――怖いな」

 ナナロの言葉は脅しではない。ナナロ・ホールギスは、本気で財閥を一つ潰す決意を固めていた。キルケにもそれがわかったのか、余裕を装いながらも口元が僅かに引き攣る。

「待て」

「君達に強要するつもりはないよ。これは、ただ僕の決めた事だ」

「そうじゃない。キルケ、とかいったか。お前の方だ」

 ナナロを制止し、キルケへと問いを投げかける。

 殺気紛いの圧力を放つナナロに口を挟むのは気が引けたが、それよりもキルケの口にした事の中には、どうしても無視できない事があった。

「俺達……いや、ナナロ達が依頼に失敗したっていうのは、本当か?」

「シモン、何を――」

「……チッ、滑らせたか」

 そしてそれは、どうやら当たりだったらしい。

 ラタの依頼は妹の婚約の破棄。その妹が死んでしまえば、それはまったくもってラタの本意ではないだろうが、結果的に婚約は達成されず、依頼自体は達成されたとも言える。

「まぁ、どうせいずれわかる事だ。ここで嘘を言っても仕方ない」

 ゆえに、きっとこれが真実だった。

「フィネ・フィクサムの婚約は履行された。そして、フィネ・コリウスは今も生きている」



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