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魔剣使われに告ぐ   作者: 杉下 徹
2.撹拌と罅
23/41

2-12

 俺が剣士を志した理由は、自分でも良く覚えていない。

 剣使への拒否反応があったのは、たしかだろう。クーリアと魔剣『回』による故郷の崩壊。それを目の当たりにしていた俺は、超常の剣を人の手に余るモノと認識した。

 だが、俺の手元には魔剣『不可断』があった。当時の俺では力を引き出せず、良く切れるだけの剣でしかなかったそれを前に、消去法的に剣術を身に付けたような気もする。

 実際、剣術は俺に向いていた。不思議と剣は身体の一部のように動き、相対する剣士の動きまでもが手に取るようにわかる。剣士としての才能というものがあるのなら、皮肉にも俺はそれに恵まれていた。

 魔剣『回』奪還の依頼を受けたのは、すでに俺が剣士となってからの事だった。もっとも、依頼者、アルバート・リオンが目を付けたのは、俺の剣士としての技量ではなく、俺が『なんでも切る屋』を自称するに至った理由、魔剣『不可断』の性質だったが。

 だが結局、俺はなんでも切れる道具としての役割ではなく、魔剣『回』とクーリアを奪還するために戦う事を選んだ。そのために、剣使となる必要があるとしても。

 剣士としての自分を捨ててでも、同じく剣士を志したサラの気持ちを裏切ってでも、俺は剣使としてクーリアを救う事を選んだのだ。

「泣き止んだか?」

「泣いてなんて、いないし」

 目と鼻と耳、顔の各部を赤く染めながら、サラは声だけ平静を装って返す。

「……まさか、負けるなんて思ってなかった」

「三流の魔剣使われに負けてて、最強の剣士なんて名乗れるか」

「三流の魔剣使われ、ね」

 魔剣使われ。その呼び名は、いわゆる蔑称だ。

 現在、多くの場合で、超常の剣の使い手は剣使と呼称される。しかしその発音は『剣士』と同一であり、そちらの言葉を多く使う者は区別の為に剣使の事を、その者の扱う剣の冠詞に応じ、例えば魔剣を扱う俺やサラに対しては『魔剣使い』と呼ぶ。

 だが、それは何の意図もない、消去法としての二次的な呼称に過ぎない。剣士としての自分、互いの技量だけを頼りとした在り方に誇りと拘りのある者は、剣の持つ超常的な力に頼る剣使を、侮蔑と羨望の意を込めて『魔剣使われ』と呼ぶのだ。

「そっか、シモンから見れば私は三流か」

「少なくとも、魔剣使われとしてはな」

 努めて余裕を装って返してはいるが、実際のところ俺がサラに勝てたのは幸運によるところが大きい。俺がサラの剣筋を知っていなかったら、サラがもう少し非情になっていたら。剣士としての俺の地力が、剣使としてのサラに劣っていた事は間違いない。

「それでもいいわ。私が負けた事に変わりはないし」

 まるで負けたかったかのような言葉を吐いて、サラは皮肉げな笑みを浮かべた。

「やっぱり、私はシモンの剣が好き」

「俺の剣なんて邪道だろ。お前がそう言ったんじゃないか」

 シモン・ケトラトスの剣術は書物から各流派の都合のいい技を取り入れ、それらを我流に捻じ曲げた実用性特化の剣だ。形振り構わず美学もないその様を、サラは自分の事を棚に上げてよく邪道と揶揄していた。もっとも、それを口にするのは決まってサラが俺に打ち負かされた時だったが。

「それでいいのよ。それがいいの」

「そうかい」

「…………」

 会話が途切れ、沈黙が二人の間に漂う。それは特に不快な時間ではなかった。

「うん、やっぱり似合わないわ」

 妙に明るい声が、静寂を切り裂く。

「私はもう、シモンを恨んでない。自分でも勝手だと思うけど、これが今の本音」

「もう、か」

 つまり、俺を恨んでいた時期もある。その上で、今はそうではないとサラは言っていた。

「あの時の私は、シモンに裏切られたと思った。別にシモンが魔剣を使おうが、私がどうこう言う事じゃないんだけど」

 共に剣士を志したとは言え、俺達は特にそれを約束としていたわけではない。

 だが、サラの剣使嫌いは筋金入りだ。サラの家族、ケトラトス家は軍属崩れの剣使による惨殺事件により、事件当時は偶然にも外出していたサラ一人を残し生を絶たれた。その事情は俺も当然聞かされていて、だから一時でも剣使となる選択をした時、俺はサラに嫌われ、絶縁される覚悟もしていた。

「でも、本当は私はシモンが離れていくのが怖かっただけ。あの時は頭が一杯でわからなかったけど、落ち着いて考えてみたらきっとそうだったのよ」

「サラ……」

 サラの導き出した結論は陽性のもので。しかし、そうであっても俺は返す言葉を持たない。俺が剣使として戦う事、クーリアの事を選んだ時から、実際にサラとの距離は離れていった。例えサラと俺との不和が解消されたとしても、以前のように常に傍にいた関係に戻る事はないだろう。

「だからどうってわけじゃないけど、とにかく私はもう怒ってないから。嫌味言ったりもしないし、また適当に顔でも見せに来てよ」

 サラは全て受け入れ、俺との友人関係を続けると言ってくれた。その選択は俺にとってはこの上なく都合のいいもので。

「……ああ、いくらでもこの彫像のような整った顔を見るといい」

「まぁ、たしかに彫像にも色々とあるわよね」

「ははっ、ぬかしおる」

 俺が剣使として魔剣『不可断』を握る前と変わらないやり取り。

 ここで留まるしかない事を惜しいと思ってしまうのは、きっと贅沢が過ぎるのだろう。


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