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「……行っちゃったね」
「まぁ、色々と忙しいんじゃないかな」
夕食を食べていかないか、と提案したものの、ラタはあくまで挨拶に来ただけだからと帰ってしまっていた。身支度があるのか、それとも遠慮したのだろうか。
「シモンは、ラタさんの事どう思う?」
去っていったラタの面影を見つめるように、宙を睨みながらクーリアが問う。
「どう、って? いや、あれ、さっきのはあくまで冗談であってですね」
「それはわかってる、ってわけでもないけど置いといて。依頼者としての、というか」
依頼者としてのラタ・フィクサム。
「正直、良くわからないな。多分、法律やら何やら絡んでくるんだろうし、そういうのは詳しくないから何とも言えない」
ラタの依頼は、端的に言えば妹の政略結婚の阻止だ。暴力が関与するだろう、という事すら半ば予想でしかなく、仮にそれが無くとも俺の解決できる分野ではない。その点で言えば、正義のためなら何でもするし何でもできるナナロに頼んだのは正解のはずだ。
「本当は、ラタさんを助けてあげたいんじゃないの?」
「どちらかと言えば、ラタを不憫だとは思うよ。でも、言っちゃあ何だけど、あのくらいの不幸は特別でもないし、似たような事はいくらでもある」
「シモン」
責めるような視線。しかし、それは変えようのない事実なのだから仕方ない。目についた不幸の全てを払えるような力など、俺は持ち合わせてはいない。
「私の事を心配してるなら、大丈夫だから」
そうじゃない。そういう事ではないのだ。決してクーリアが足枷になって自由に動けないなんて事はない。自由に選択した結果、俺はクーリアを選んだのだ。
「クーリアは、俺にどうしてほしいんだ?」
「私を連れて、クロナさん達と一緒にラタさんのところに行ってほしい。……ううん、そうじゃなくてもいいから、シモンは私なんかに縛られないでほしい」
それは、クーリアの紛れも無い本心だ。
「わかった。クーリアの言いたい事は、多分」
そんな事は元からわかっていた。ただ、それを直視するつもりがなかっただけで。
「でも、私なんか、なんて言わないでくれ」
「シモン……」
そしてまた、俺は話を逸らしてしまう。でも、これだけは許してほしい。俺にとってクーリアは最優先の少女で、その事だけは誰にも否定されてはならないのだから。
「行くなら二人で、だ。それで、俺は依頼よりもクーリアの身体を優先する」
「じゃあ?」
「まぁ、そう怖気づく必要もないだろ。ナナロとクロナに任せて、俺達は分け前だけもらって終わりだ」
「……っ」
クーリアの表情が華のように綻ぶ。
これは、優しさではなくて甘さなのかもしれない。ただ、俺にはそれを区別するだけの分別も知性もなかったから。この笑顔を愛で、そして守ると誓うしかなかった。




