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魔剣使われに告ぐ   作者: 杉下 徹
1.微睡みの日々
2/41

1-1

 昔々、体感的にはもう相当に昔の話、実際には十年と経っていないのだが、それでも今を生きる若者であるところの俺にとっては大昔の事だ。

 幼馴染の少女が、街を一つ消し飛ばした。

 その破壊が現代の神秘、もしくは単に兵器である魔剣の一つ、『(うずのめ)』の力を少しばかり引き出しすぎた結果であるとか、その件を嗅ぎつけた国防軍が少女の力に目を付け、戦略兵器として活用しようと企んでいた事などは、まぁどうでもいい事だが。

 幼馴染の罪の意識だとか、俺の彼女に対する思いだとか、そういった問題のついでとして諸々の事柄が片付いた事で、俺達はめでたく仲直りを遂げていた。

「なぁなぁ、クーリア。そろそろ機嫌を直さないか?」

 はずだったのだが。

「機嫌っていうのは環境に左右されるものであって、つまり私の機嫌をどうにかするならまずはその前提の環境を変えるべきだと思うのだけれど」

「ごめん、難しい。率直に言って」

「死ね」

 愛しの幼馴染、クーリア・パトスの俺に向ける視線は、敵というか悪というか、もっと正確に言えば気色の悪い虫を見るかのようだった。

「オーケー。この俺の死が世界にもたらす混沌、及び悪辣、あとは……平和? とかを君が求めているというなら、俺は泣く泣く自らの命を絶とう」

 壁際に無造作に立て掛けられていた魔剣『不可断』を手に取り、自らの腹へとゆっくり近付ける。

 この『不可断(ものをたつことかなわず)』なんてふざけた名前の剣は、名前に似合わず無茶苦茶に切れ味のいい刃を持つ。あえて振り被らなくとも、ただ押し付けるだけで俺の身体など真っ二つに両断される事受け合いだ。

「…………」

 刻一刻と近付いていく俺の死に、無表情を装ったクーリアの目にも涙の雫が少しづつ溜まっていく。

 もちろん、俺とてこんな些細な言い争いで腹を切るつもりは毛頭無い。ただ、軽々しく『死ね』なんて言う幼馴染の口の悪さを戒める為、ひいては怒っているクーリアを少し脅かして楽しむと共に今回の件を有耶無耶にしてやろうというだけの思惑だ。

 さぁ、早く泣いて謝るがいい。早くしないと、刃が愛しの俺の腹に触れてしまうぞ。どうしたクーリア。……あっ、服が切れた。

「ごめんなさい、やっぱり死ねません!」

 泣いて謝ったのは、俺の方だった。

「……もう、いいよ」

 茶番劇の一部始終を眺めていたクーリアの口から、諦めの言葉が漏れる。

 よし、全て予想通りだ。なんだかんだ言っても、クーリアはこうして俺を許してくれると決まっている。なぜなら、俺達は互いに愛し合っているのだから。

「シモンなんてもう知らない! ずっとそうやって適当にふらふらしてればいいんだ!」

「あっ、ちょっと、クーリア!?」

 しかし、結果として、クーリアは泣きながら飛び出していってしまった。泣かせるという目的は達成したものの、これではまったく意味が無い。むしろ、最悪だ。

「違うんだ、何というかその、俺にやましい事が何も無いからこその脳天気というか、つまり全部誤解であって――」

 慌てて弁明しながら後を追うも、俺が外に出た時にはすでにクーリアの姿は目の届くところからは消えてしまっていた。

「……ふぅ。しょうがない、少し間を置くか」

 闇雲に追ったところで、そう上手い事クーリアを見つけ出すのは無理だろう。だからこそやってみる価値はあるが、そんな事で運命を再確認しなくとも、俺達はすでに愛し合っているし運命の赤い糸で結ばれている……はずだ。

「あ、あの、今のは?」

 せっかく扉を出たのだから、と、空の青さと外の空気を堪能していると、いつからそこにいたのか、小柄で華奢な少女がこちらを見上げていた。

 澄んだ海の底のような碧い瞳。じっと見つめていたらそれだけで時の過ぎるのを忘れそうな魅力に満ちた、幼さとそれを覆い隠す複雑な感情の入り混じった眼をした少女。

「なんでもないんだ、ただの友人だよ。……と、答えられたらどれだけ良かった事か」

「はい?」

 だが、悲しいかな。俺はすでにクーリア・パトスを選んだ。そして彼女は、まぁおそらくこのリロス共和国の一般的な女性と同じく、浮気の類を許さない。

「つまり、君の望みには答えられないという事だよ。可憐なお嬢さん」

「そう、ですか……」

 俯く少女の顔を見るのは辛い。しかし、後々になってもっと辛い思いをするより、そして何より俺がクーリアに八つ裂きにされるよりは幾分マシだ。

「そうですよね。こんな依頼、駄目ですよね」

「依頼?」

「どうも、失礼しました」

「待った! 事情が変わった、話を聞こう」

 踵を返して立ち去ろうとする少女を、今度は引き止める事に成功する。本当に大切なものは留める事ができなかったというのに、くっ……。

「本当ですか!?」

 俺の心の中の茶番など当然意に介さず、碧い瞳の少女はその目を輝かせる。

「ああ、でもここは駄目だ。場所を移そう」

 本来なら仕事の話は自宅兼事務所である家の中でするべきだが、今の状況で少女を家に連れ込むのは色々とまずい。これ以上、クーリアに余計な疑念を持たせるわけにはいかないのだ。

「それで、どんな用件で? 俺は何を切れば?」

 移動しながら無言というのも具合が悪い。これでは歩きながら話が終わってしまうかと思いながらも、それならそれでもいいかと依頼について問う。

「それは……」

 返ってきたのは、重い反応。

 それだけで、ここから先を話す事に意味がない事に気付いてしまった。

「あなたに切っていただきたいのは、私の妹を縛り付ける鎖です」


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