2-8
「本当に、ありがとうございました」
空が朱に染まり始めた夕暮れ時、俺達の家に一人訪ねてきて頭を下げたのは、碧い目の少女、ラタ・フィクサムだった。
「いや、頭を下げられても。俺は別に何もしてないし」
「そんな事ありません。シモンさんが紹介してくれなかったら、ホールギスさん達と出会う事もできなかったわけですから」
「そうは言っても、あいつらが失敗したら俺の失態でもあるしなぁ」
出発を目前に控え――とは言ってもラタにとっては帰省という事になるが、この街を離れる前に挨拶に来てくれたのはいいものの、まだラタの問題が解決したわけではない。ここまではあくまで下準備、直接現地へ出向くこれからが本番だろう。
「クーリアさんも、色々と良くしてくれてありがとうございます」
「そんな、私なんか本当に何もしてないのに」
「いえ、この街には知り合いもいないので、話相手になってくれて嬉しかったです」
「それなら、私もあんまり知り合いとかいないんだけどね」
クーリアが国防軍にいた頃は、この街からは少し離れた場所にある兵器貯蔵庫の管理施設で暮らしていた。この街に来てから日の浅いクーリアも、交友関係は狭い。
「良かったら、また遊びに来て。今度は妹さんも一緒に」
「はい、是非そうします」
少女二人が身体を寄せ、互いに抱き合う。クロナを通してか、俺の見ていない間に随分と仲良くなっていたらしい。
「じゃあ、次は俺も」
「えっ、いいんですか?」
俺も両手を広げてみせると、ラタは横目でクーリアを伺った。
「私に聞かれても……ラタさんがいいならいいんじゃない?」
「それなら、お言葉に甘えて」
「あれっ、いいんだ」
てっきりどちらかに止められると思っていたが、意外にもラタはすんなりと俺の腕の中に飛び込んできた。小さくて柔らかい。
「…………」
これはまずい。粘膜接触がなければセーフだと思っていたが、こうして抱き合っているだけでもラタへの情が湧いてしまう自分がいた。むしろ、どうせアウトなら、いっそ粘膜を接触させてしまってもいいのではないだろうか。
「クーリア、ちょっと目を閉じて」
「ここで私!? って、ラタさんでもダメだけど!」
「大丈夫、ラタでちょっと来ちゃったあれをクーリアで発散するだけだから」
「人を性玩具扱いしないでくれない!?」
性玩具、とはまたおかしな事を言うものだ。俺はただ、ラタに手を出さないようにと考えただけだというのに。
「よし、いい子だ。ちゃんとクロナの……いや、ナナロの言う事を……やっぱり、自分だけを信じるといい」
「は、はい?」
「大丈夫、二人の言う事は聞いて平気だから」
名残惜しいながらもラタから身を離し、餞別の言葉を送る。別に今生の別れというわけでもあるまいし、それほど真剣になる事もないだろう。