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それは、何気ない日々の延長線。余裕を持って遅い朝を迎え、しばらくクーリアと戯れて家を出た。国防軍訓練施設で剣を振るい、適当なところで切り上げて街を散歩する。幾度も繰り返した日常の中、ふと気付いてしまった。
「……俺って、友達少なくない?」
「えーっと……色々言いたい事はあるけど、それって今、私に聞く事かな?」
剣使養成機関、通称『学校』から帰宅途中のところを俺に捕まったクロナは、喫茶店の向かいの席で炭酸飲料をちびちびと啜りながら渋い顔を見せた。
「いくら若さアピールでも、炭酸が苦手なら無理して飲まなくていいのに」
「アピールするまでもなく若いし、炭酸が苦手なわけでもないっ、か、らっ」
強がりと共に炭酸飲料を一気に飲み干し、当然のように咽る。仕方のない奴だ。
「しかし、やっぱり違和感があるな、その服は」
「まぁ、それは否定しないけど。どうも派手過ぎるよね、これ」
クロナが身に纏っているのは、白と紺を基調にした『学校』特有の制服だ。それがどうも少女趣味というか、特に女性用のそれは若く可憐な少女にしか似合わないようなデザインをしていて、成人も多い『学校』がなぜそんなものを作ったのか不可解だった。クーリア辺りにでも着せれば良く似合うだろう、とは思うが。
「そんな事よりも、俺の友達が少ない話だ。クロナはどう思う?」
「それ以前に、昨日襲われた相手を良く気軽にお茶に誘えるよね」
「俺だって、他に相手がいればお前なんか誘わない!」
「あっそ、じゃあ私はこれで」
つい本音を零すと、クロナは軽い腰を上げた。
「ああ、待って、俺を一人にしないで!」
「あー、面倒くさいなぁ、もう」
腕に縋り付くと、クロナは渋々といった感を装って再び席に付いた。
「で、何? 友達がいないって? あの子とかどうなの、妹ちゃん」
「サラは……今はちょっとあれだし」
「じゃあ、うちの兄とかは……違うか。そもそも、私、別に君の交友関係とか詳しくないし。君が友達いないっていうなら、そうなんじゃないの、としか」
「だよなぁ……」
これまで特に考えた事はなかったが、今の俺には思い付く限り友人というものがほとんどいなかった。辛うじてフィリクス辺りは友人と呼べるかもしれないが、それでも普段から顔を合わせるほどの仲ではない。
「でも、少し意外かも。君、別に友達少ないタイプにも見えないし、そういう事で悩むようなタイプだとも思ってなかったから」
「正直言って、俺もそう思ってた」
きっと、今まではそんな事を気にする暇がなかったのだろう。空いた時間を持て余すようになって初めて、共に時間を過ごす相手や趣味の不足に気付いただけの事。
「友達が欲しいなら、それこそ『学校』とかどう? 私もあんまり頻繁に通ってる方でもないけど、話し相手くらいなら何人かできたし」
「俺が剣使になるための施設に行くと思うか?」
「今更、そんな意地張らなくても。クーリアも行きたがってたし、二人で行けば?」
「クーリアが?」
薄々勘付いていた事を突き付けられ、軽く怯む。
クーリアは何だかんだで自らを剣使として認識している。『学校』はあくまでその一部に過ぎない。むしろ、剣を操る技能やコツを学ぼうと通っているだろう大半の生徒とは違い、国防軍の秘密兵器として仕込まれたクーリアにこれ以上の技能は不要だろう。
「……まぁ、考えておこう」
どちらにしても、友達を作るなんて目的のためには大き過ぎる決定だ。クーリアも巻き込むとなれば、この場で勢い任せに決めるわけにもいかない。
「へぇ」
「なんだよ」
「いや、別に。ただ、丸くなったなぁ、と思って」
「丸くなった、か」
思い当たるところはある。クロナと初めて出会った時の俺は人生でも最も余裕の無い時期で、対して今の俺は最も余裕がある時期なのだからある意味では当然の事だが。
「丸くなった俺は嫌いか?」
どのような答えを求めていたのかもわからないまま、問いが口を付いた。
「わかんない。でも、とりあえず今は君の事は好きだよ」
ただ、実際に返ってきた答えに対し、少し嬉しく感じてしまったのは事実で。
「そうか、用済みだ失せろ」
「……前言、撤回した方がいいのかな?」
照れ隠しと、その先に進まないために、強引に話を流した。




