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跳ぶ、飛ぶ。
ある時は自分の意志で、またある時は力の波涛に流されて、どうにかクロナの死角に逃げ込むように居場所を移していく。
これは一方的な狩りだ。圧倒的な力で叩き潰さんとするクロナから、俺は逃げる事しかできない。逃げる以外に目的もない。
クロナが何を思って俺に剣を向けたのか、皆目見当も付かない。クロナの考えている事がわからないのはいつもの事だが、今回は結果としての行動が物騒にすぎた。
「逃げても無駄だよ!」
無作為に放たれた力の束が、周囲の木々を根こそぎ引き抜き、吹き飛ばしていく。クロナを相手に平地で戦うのは愚策も愚策だが、生半可な遮蔽物は片端から薙ぎ払われその意味を成さない。むしろ、投射物として微力ながら火力に上乗せされるくらいだ。
「ぉ……っ」
声を出そうとして、止める。
今のクロナを相手に説得するだけの言葉を俺は持ち合わせていない。なら、発声は場所を割り出されるリスクの方が大きい。
とにかく今は逃げの一手。人気の無い山中でこそクロナは全力を振るえるが、市街地にまで場所を移してしまえばそう派手な真似はできないだろう。そして、クロナの力は派手さと威力がほぼ比例している。
クロナの周囲こそ更地と化しているが、すでに俺はその範囲の外にいた。このまま発見されずに距離を離せば、クロナは俺の逃げた方向を特定できずに置き去りになる。
「だから、無駄だってば」
と、いうわけにはいかなかった。
巨大な掌でも押し付けられたかのような圧力が、身体を浮かす。剣で身体を庇うも、効果は微々たるもので、力に逆らう事よりも少しでも上手く受け身を取る事を優先する。
だが、着地よりも先に次の脅威が迫っていた。
大木、と呼ぶに相応しい質量の木が回転しながら飛来する。無理矢理に体勢を立て直して身体に直撃しないよう切り飛ばすも、直後の着地が崩れて腰を強打。
「痛……っ」
間違いない、クロナは俺を殺しに来ている。本人の意思はどうあれ、この加減で畳み掛けられたら、結果としては普通に殺されかねない。
「シモン、見ぃつけた」
クロナの目が更地に転がる俺を捉え、口元が歪む。正直、怖いなんてものではない。
「待て、何かが気に障ったなら謝る。野糞か? 野糞なのか?」
頭部を目掛けて放たれた力の塊を、寸前で切って落とす。先程まで広域にばら撒いていた力が一点に収束されたそれを喰らっていたら、文字通り首が飛んでいただろう。
「やっぱりまだ余裕だね、この程度じゃ足りないかぁ」
どうやら冗談を余裕の証拠と受け取られてしまったらしい。戦いならば余裕を装うのは定石だが、命乞いにはまったくの逆効果だ。
考えなくてはならない。逃げるか、それともクロナを思い留まらせるか。どちらを選ぶにしても、その方法までを。
「…………」
もう時間がない。
クロナが剣に意識を集中させるのに応じて、その周囲の空間が捻じ曲がっていく。ナナロの奇剣『ラ・トナ』と違い、クロナの神剣『Ⅵ』には空間を歪める力などない。大き過ぎる力の結果として、空間が歪んだと視覚的に錯覚させているだけだ。
つまり、次の一撃はヤバイ。
「えっと……俺は、クロナの事も好き、だけど?」
零れ落ちた言葉が、俺の出した解決策。もしくは、解決策を出せなかった証だった。
クロナは俺の事を嫌いになったと言った。それが剣を向ける理由ならば、心情を変えさせてしまえばいい。もっとも、クロナに再び俺へ好意を抱かせるような言葉など思い付かず、逆に自分が好意を打ち明けるなんて事になってしまったのだが。
「……………………」
無言。
それが先程までの張り詰めたものとは違い、気の抜けているように感じられたのは、クロナの表情ゆえだろう。
「……まぁ、この辺りが落とし所か」
溜息を一つ。クロナの纏っていた力場が発散し、臨戦態勢が解ける。
「クロナ?」
「君が私を好きだっていうなら、仕方ない。そういう事にしておいてあげる」
早口に言い切ると、そのまま背を向けてしまう。
「ただ、その場しのぎの嘘だったら許さないからね」
「あっ……」
剣の力で自らを運び、物凄い勢いで飛んでいったクロナをただ見送る。
結局、クロナがなぜ俺に剣を向けたのかはわからず仕舞いだった。怒っていたのか、俺を嫌いになったというのが本当なのか、その両方もしくはそれ以外か。ただ、会話をあきらめたような去り際は、俺に何かを伝えたかったように見えた。
「……これ、どうするんだ」
取り残された、荒れに荒れ果てた山の一角は、俺の心中にも似ていた。




