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魔剣『不可断』は優れた力を持つ剣だ。
触れたモノを消失させる流体の生成と操作の力は、同じ超常の剣を除いてほとんど全てのもの、剣が発生させる超常の力すらも紙細工のように溶かし消す。剣本体を消せないのは、魔剣や聖剣の類は自身以外の超常の力を無効化するためであり、そういった例外でもなければ『不可断』の力に抗う事はできない。
「チッ……」
剣を振るうのは好きだ。
だが、剣を使うのは好きではなかった。
成果が出ない。手応えがない。成長しない。初めて『不可断』を本当の意味で使ったあの日から、操れる流体の量は全くと言っていいほど増えてはいなかった。
面積にして半身を覆えるかどうか。最大限引き伸ばして、射程は剣三本分ほど。いくら触れるだけでいいとは言え、あまりに操れる流体の量が少なすぎる。
剣使の戦いは、剣士のそれとは大きく異なり、そのほとんどが遠距離からの力のぶつけ合いだ。その点、『不可断』の力は触れさえすれば何物も消し去る事ができるが、触れられないものに関してはどうしようもない。全方位攻撃、あるいはそれに近い大規模な力を叩き付けられたら、俺の使う『不可断』では手も足も出ない。
そして、足りないのであれば増やせばいい、というわけにはいかないのだ。剣使の力は生まれ持った素質が全て。精度や戦術の面では改善のしようもあり、剣との相性もあるにはあるが、そういったものは個人の素質、扱える力の絶対量に比べれば誤差でしかない。
「おーい、そこの私有地で剣を振り回してる危ない男」
気紛れに剣を振るっていると、右手側から軽い調子の声が飛んできた。
「クロナ? こんなところでどうした? 野糞か?」
「…………」
「わぶっ!」
無言で剣から放たれた衝撃波が、危うく頭部を掠めかける。
「冗談なら何を言ってもいいわけじゃないんだよね。君は、そこのとこわかってる?」
「わかった、悪かった。女の子は糞なんてしない」
「それはそれで違うんだけど」
クロナの危ない無表情が苦笑へと変わる。どうやら危機は脱したらしい。
「でも、本当に何しに来たんだ? ちょうちょでも捕まえに来たのか?」
「また露骨に可愛い系にシフトしたねぇ」
野糞もちょうちょも冗談としても、クロナに用もなく山中をふらつく趣味があるとは思えない。あるとしたら、俺と同じような理由か、それとも――
「まぁ、私が捕まえに来たのは、君なんだよ」
「ついに本性を現したか、魔女め。だが残念だったな、俺はすでに愛の奴隷だ」
「それ、言ってて恥ずかしくない?」
「指摘されなければな!」
基本的によく考えずに話しているため、瞬間を捉えられると自分でも辛い時がある。
「魔剣を使ってたんでしょ?」
「まぁ、な」
クロナは妙に勘の鋭いところがある。俺がここにいると突き止めたのも、その勘によるものが大きいのかもしれない。
「相手、してあげようか?」
「まさか。弱い者いじめはやめとけ」
クロナとは以前に一度やり合ったが、結果は完敗だった。あの時とは状況が違うとはいえ、むしろ今の俺はあの時よりも弱いとすら思える。
「でも、好きな子をいじめたりって、割とありがちだよね」
「子供ならな。その年でまだそんな事を言ってたら、ただのメンヘラ――」
衝撃が空間を揺らす。咄嗟に横に跳んでいなかったら危なかった。
「今のはむしろ、そっちの方が冗談じゃ――」
「メンヘラでもなんでもいいけど。どうせ、今の私はそうじゃないし」
俺の言葉を遮り、クロナは剣を構える。隙だらけの構え。だが、構えとしての隙など剣使には問題にすらならない。
「嫌いな人をいじめるのは、まぁ普通だよね」
嗜虐的な笑み。そして構えを取ったという事が、何よりもクロナの意思表示だった。




