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「クロナさん達、大丈夫かな」
沈んだ、とは言い過ぎだろうが、曇ったような顔を浮かべるのは、俺の最愛の少女であるクーリア・パトスだ。
「あいつらなら心配ないって。今回のは、基本的には交渉で解決する問題だし」
ナナロとクロナの兄妹が請け負った、というか俺が押し付けた案件は、簡単に言えば財閥間で交わされた政治的婚約の破棄という事になる。複雑な問題だけに剣一本で解決、というわけにはいかないだろうが、それはつまり失敗したとしても即命の危険に繋がりはしないという事でもある。ナナロの正義が暴走した場合はその限りではないが、そうなったら少なくともクロナは兄を見捨てて逃げ出してくるだろう。
「でも、ラタさんは二人の剣を見たがってたけど」
「それはあれだ、交渉の裏で暗殺とかしてくるかもしれないし」
「暗殺!? じゃあ、危ないよね!?」
「いや、暗殺程度であいつらは死なないよ」
俺の知る限りでは国でも十指に入る剣使が二人、それがホールギス兄妹だ。まぁ、そもそも俺の剣使の知り合いが十人前後しかいないのだが、それでもあの二人が最上位の剣使である事は間違いない。平均的な剣使なら数十人は束になってかからないと、特にクロナの力の壁は越えられないだろう。
「信頼してるのか、適当なのかわからないなぁ」
「適当に放っておいても大丈夫だ、と思うくらいには信頼してるよ。力だけだけど」
「じゃあ、私は?」
唐突に放り込まれた。
「もちろん、愛してる!」
「あぁ、もう、そうじゃなくって!」
体全体で飛びつくと、クーリアは悲鳴を上げながら腕の中でもがく。華奢な少女の膂力では、俺を振り解く事などできはしない。
「愛い奴め、この、この!」
「こら、だめ、だめだってばぁ」
なんだかんだで一通りイチャつき、満足したところで手を緩める。
「……シモンは、ずるいよね」
腕の中のクーリアは、顔を赤く火照らせながら、脱力した声を漏らした。
「シモンは私をいつも甘やかしてくれるから。私もそれでいいか、って思っちゃう」
「クーリアは厳しい俺の方がいいか?」
「そうは言わないけど、でも、甘やかし過ぎな気がするの」
俺がクーリアに甘いのは当然の事だ。惚れた弱み、とでも言うべきか、あえてクーリアに厳しく接する理由も思い浮かばない。
「だから、シモンは私の事を信頼してないのかなって。仕方ないとは思うけど……」
「…………」
クーリアの予想は的外れだが、俺がクーリアを信頼しているかという一点において、即座にそれを否定する事はできなかった。
俺はクーリアが大切だ。だから、クロナやナナロのように適当に放っておく事はできないし、それを信頼と呼ぶのならばつまりはそういう事になってしまう。
だが、それでクーリアを悲しませるのもまた望むところではないのだ。
「行きたいのか?」
「……うん」
あえて触れずにいた事を問うと、クーリアは小さく頷いた。
「二人には剣の事でも色々お世話になったし、ラタさんの力にもなってあげたいから」
やはり、触れずにいた方が良かった。クーリアの願いは俺のそれとは正反対で、危険に身を晒してほしくない俺がその提案に頷くのは難しい。
もっと簡単だと思っていた。クーリアを国防軍の謀略から取り戻した後は、ずっと幸せに暮らしました、で終われると思っていた。今が幸せでないと言うつもりはないが、心配事はいつまで経っても無くなってはくれない。
「…………」
結局、俺はクーリアの望む答えも、俺の望む答えも告げられなかった。




