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魔剣使われに告ぐ   作者: 杉下 徹
2.撹拌と罅
12/41

2-1

「あっ、シモンさん。どうも、おひさしぶりです」

 いつものように国防軍の訓練施設で剣を振るっていると、背後から名を呼ぶ声がした。

「フィリクスか。ひさしぶり」

 見覚えのある男の顔に、肩の力を抜いて返す。

 フィリクス・オーブは、まだ今年国防軍に入ったばかりの新人で、年も俺と同じか一つ違うくらいだ。

「最近、顔を出せてなくてすいません」

「行こうが行くまいが、お前の勝手だろ。俺に謝られても」

 フィリクスと初めて出会ったのは剣士として、場所は剣術場だった。互いに魔剣の類を持ちながら剣術を修めようとしたフィリクスと俺は、程無く気の合う仲となっていた。

「そもそも、俺も最近は顔出してないしな」

「そうなんですか? ああ、だから、こんなところで?」

「そういう事だ」

 フィリクスと同じく、俺もあの剣術場に顔を出す事はなくなった。所詮は過ぎ去った剣士の時代の遺物、剣を振るう事はできても誰が剣術を教授してくれるわけでもない。

俺の家からもこの場所の方が近く、剣を振るだけならここで十分だ。

「……どうです、少し、打ち合いませんか?」

「やるか? やるなら手加減はしないぞ」

「もちろん。望むところです」

 手にした剣を片手で握り、フィリクスは半身の構えを取る。

「それでやり合うのか?」

 フィリクスとは何度か剣を交わした事はあるが、その全てが練習用の模擬剣によるもので、抜き身の魔剣を差し合った事はない。その理由は、単純に危ないから、だが。

「はい、そうじゃないとシモンさんの相手にはなりませんし」

 抜き身の刀身が紫色の靄を生み、フィリクスの身体に纏わり付いていく。身体と同化した靄は皮膚、骨格から神経までを変化させると、やがてその姿は肌を斑に紫に染め、至るところから棘、背からは翼を生やした一種の妖魔染みたものへと変貌を遂げた。

 フィリクスの魔剣は、肉体変性系の剣だ。それゆえ、近接戦闘との親和性が高く、剣術や体術といった剣士の技術をある程度まで実戦に活かす事ができる。剣術場に通う理由として話には聞いていたものの、実際に目にしたのは初めてだった。

「それじゃあ、行きますよ」

 掛け声と同時に、フィリクスの姿が視界から消える。

 つまり、上だ。

「色々と化物染みてるな」

 振り下ろしの一撃を流し、突きを腹部に躊躇なく放る。空中のフィリクスはそれを空中で横に飛んで避けると、低く長い息を吐いた。

「シモンさんほどじゃありませんよ。素で剣使を相手にできるなんて、普通じゃない」

 宙を沈むように緩やかに着地したフィリクスの身体が、元の人型に戻っていく。

「もういいのか?」

「はい、やっぱり危ないですから。元々、一手だけにしょうと決めてました」

 剣を鞘に収め、頭を下げる。少し物足りないが、一方的に続けるわけにもいかない。

「そう言えば、国防軍がまた秘密裏に剣使を募っているのを知ってますか?」

 剣を収めた後も、すぐに立ち去るでもなくフィリクスは話を変えた。

 俺ことシモン・ケトラトスは一般に魔剣『回』奪還作戦の立役者として知られている。特に事情に詳しいわけでもないフィリクスは、俺を勇敢な、あるいは強欲な民間からの作戦参加者であり、似たような案件があれば興味を示すと思ったのだろう。

「剣使を? また何か面倒でもあったのか?」

 参加云々はともかく、話自体には実際に興味は湧いた。

「そうですね。前回のあれほど複雑な話ではないみたいですけど、面倒というか事の重大さに関して言えば、むしろ今回の方が上かもしれません」

「それはまた、随分だな」

 大袈裟に語るものだ、とこちらも大袈裟に驚いてみせる。

 魔剣『回』とクーリアを中心とした策謀は、最終的に国防軍の頭をすげ替えるほどの大事にまで発展した。あれ以上の事件がそうそう起きていたら、この国も安泰ではない。

「はい、どうやら募集しているのは、ローアンの偵察部隊への牽制役だとか。すでに一部は不干渉地帯にまで侵入しているとの噂もあって、上層部は全面戦争も視野に入れているらしいです」

「……それはまた、随分だな」

 今度は本気で、同じ言葉に感情を込めて呟く。

 ローアン中枢連邦は、元は複数の小国からなる、今では事実上このリロス共和国よりも広大な領土を誇る一つの大国だ。領地の隣り合った二国間は、軍事的な不干渉条約を交わしており、この百年以上の間、それは守られてきていた。

「……あの話は、本当だったのか」

 実際に状況が動いたと聞いたのはこれが初めてだが、実のところ俺はこの事態を予測していた者と以前に会話を交わしていた。

「それで、シモンさんは参加するんですか?」

「いや、しないな。幸い、金は前回ので余るほどある」

「ですよねぇ。今回はそれほど報酬も良くないみたいだし、俺もやめとこうかな」

 フィリクスは軍属ではあるが、愛国心の塊とは程遠い一般の感性の持ち主だ。俺の俗物的な発言にも、当然のように頷く。

「あっ、そろそろ移動しないといけないんで、もう行きますね」

 話も一段落付いたところで、フィリクスは時計を確認すると俺に背を向けた。

「ああ、キリキリ働くといい」

「ちぇっ、自営業は自由でいいなぁ。俺もあの、何とか屋で雇ってくださいよ」

「『なんでも切る屋』だ。雇ってほしかったら、なんでも切れるようになってから来い」

「それは無理ですね。じゃあ、サラさんによろしく言っておいてください」

 最後に適当に会話を交わし、そのままフィリクスは去っていく。

「それを言いたいのは、こっちの方なんだけどな」

 誰に聞かせるでもない呟きが、勝手に口から零れた。

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