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魔剣使われに告ぐ   作者: 杉下 徹
1.微睡みの日々
10/41

1-9

「……うわっ!?」

 奇剣『ラ・トナ』。

 おおよそモノを斬るには不向きな形をした、不自然に捻じ曲がった刀身が、クロナの鼻を掠めるように通り抜けていく。

「ははっ、ほらほら、次だよ」

 足元を掬う薙ぎ、上半身を襲う突き、脇腹を抉る横払い。絶え間無くクロナを襲う剣撃は、だがその全てが個々に独立した唐突なものだった。

 奇剣『ラ・トナ』の固有能力は、空間の歪曲。一般的な剣使であれば攻撃を逸らす為に使うのが精々の力を、ナナロはその素質をもって『刀身の遠距離転移』に用いる。つまり相手からすれば、刃があらゆる位置から生えてくるのに等しい。

「ちょっ、タンマ! 死ぬよ、妹、死ぬよ!?」

「えっ? なんだい、良く聞こえないけど」

 しかし、それにしても、ナナロの連撃は壮絶過ぎた。もはや力の披露というレベルを超えて、何やら怨念のようなものも感じる。

「……ナナロさん、何かクロナさんに恨みでもあるのかな?」

「あれでも兄妹だからな。色々と溜め込んだ愛憎がやがて悲劇へと変わるのかもしれない」

「悲劇なら止めなきゃじゃないの!?」

「ん、まぁ……」

「っ、だぁ! そっちがその気なら、私も容赦しないから!」

 地面に転がり、地を這ってまで、ようやく剣撃を避けていたクロナが、我慢ならないというように吠えた。

「……たしかに、止めた方がいいかも」

 咆哮に応えるように、三度、空間が揺れる。

 余裕で剣を弄んでいたナナロは、寸前で前方の空間を捻じ曲げ、向かってきた衝撃波を逸らすも、その隙にクロナは体勢を立て直していた。

「ラタ、クーリア、こっちに寄って。もっと、俺を挟み込むように」

「えっ――」

 再度、今度は先程よりも大きく、空間が揺れた。

 クロナの剣、正確には現在はクロナの所有物ではないのだが、彼女が使用している剣は神剣『Ⅵ』と呼ばれるものだ。

 頭に付いた『神』の文字にさしたる意味が無いとはいえ、『Ⅰ』から『ⅩⅡ』までの十二振りを総称した、神剣の中でも『数神剣』とも呼ばれるそれらは、それぞれが世界でも有数の強力な剣とされている。

「な、なんですか、これっ!?」

「純粋に、ただの力。少しでも触れたら持ってかれるから、もっと俺に寄って」

 神剣『Ⅵ』の有する力は、そのまま力としか形容できない単純なもの。触れたモノを動かす、それだけの性質でありながら、クロナの才能により引き出された力は、全力であればこの山を丸ごと吹き飛ばす事すら可能だろう。

 一つ難点があるとすれば、扱える力の大きさに対して、クロナのそれを制御する能力が相対的に劣っている、という事だが。

「ねぇ、シモン、本当に止めない!?」

 俺の知る限りでは、クロナは剣の力を引き出す才能だけならクーリアに次ぐ。流石のクーリアでも、クロナの全力には危機感を覚えるらしい。

「うむ、止めたいのは山々なんだが、それには問題があってな」

「何、問題って?」

 純粋な目でこちらを見るクーリアが、今は少しだけ、ほんの少しだけ怖い。

「えーっ……言わせる? 俺の口から? そんな羞恥プレイみたいな……」

「馬鹿言ってないで! ほら、木とか飛んでってるし!」

「……無理」

「シモン!」

「いや、だから無理なんだって。俺、あいつら止めらんない。死ぬ」

「えっ?」

 クロナの発し、ナナロの逸らした力場の余波を消し去るのが俺と『不可断』の限界であり、ここから仲裁に割く力など残ってはいなかった。

「だから、もしできる事なら、クーリアに止めてもらいたいんだけど」

「う、うん、わかった。じゃあ、そうする」

 そして、また複雑な事に、クーリアにはそれができる。それも、ある程度容易に。

「ラタ、クーリアから離れて」

「は、はいっ!」

 俺がラタに避難を指示するよりも先に、クーリアは剣を手に俺の防御域から出ていた。

「行くよ、『アンデラ』」

 どこか楽しそうに剣の名を呼び、直後、身体から紫電が弾ける。

 聖剣『アンデラの施し』は雷を操る剣だ。

 だが、ここまでではなかった。禍々しいまでの光は、空気を裂く音は、俺の知るこの剣の放つ雷は、ここまで巨大で壮絶ではなかった。

 紫電が一点、剣の先端に集中していく。雷鳴は更に増し、両手で耳を覆いたくなる。

「「待った!! 止めて!!」」

「――えっ?」

 いよいよ雷撃が放たれるかと思われた寸前、雷鳴をも塗り替えるような悲壮感のある叫びが二重に重なって響いた。

「死ぬ、死ぬから! それは本っ当に死ぬから!」

「いや、私は二人を止めようと……」

「息の根を? 息の根を止めようとしたのかな!?」

「違っ、むしろ救おうと」

 必死の形相でクロナとナナロの二人に詰め寄られ、クーリアは弁明を述べる。

「待て待て、お前ら。クーリアはただ、お前達の醜い兄妹喧嘩が見ていられないから、いっその事全部吹き飛ばしてやろうと思っただけでだな」

「思ってない! そんな事、思ってないから!」

「ごめん、クーリア。もう私達ケンカしないから。一緒にお風呂にも入るし、同じ布団ででも寝るから、命だけは許して」

 クーリアの弁解を前にしても、クロナとナナロはまだ怯えていた。

「別にそんな事は……」

「うん、毎朝おはようのキスもするから、許してくれないかな」

「それは無理。それなら死ぬ」

「なんでだい!?」

「よしよし、キスでもなんでも好きにしろ」

 とりあえず事は収まったようで、俺としては何よりだ。

「えーっと……ラタさん? あれで納得してくれた、かな?」

 ナナロが恐る恐る、ラタの顔色を伺う。

 結局、実力の披露というよりは兄妹喧嘩が主となっていた先程のあれで、ナナロの実力が十分に示せたかというと、やはり疑問符が付く。そもそも、ナナロの奇剣『ラ・トナ』の力は、見た目には地味な類のものだ。周囲を破壊しつくさんとした神剣『Ⅵ』や、聖剣『アンデラの施し』の派手さに霞んでしまってもおかしくない。

「はい。みなさん、素晴らしい剣使の方で、驚きました」

 しかし、そんな懸念に反して、ラタは素直に賞賛の言葉を口にした。

「フィクサム家の専属剣使の中にも、みなさんほど剣の力を自在に扱える者はいませんでした。筆頭剣使のコータスでも、足元にも及ばないと思います」

 どうやらラタは、剣使についてある程度の知識があるらしい。大財閥の長女として、財力とそれに携わる武力に関わる機会もあったのだろう。

「そうかい? そう言ってくれるなら、何よりだ」

 依頼主の信頼を得る事ができて、ナナロも胸を撫で下ろす。

 だが、本来、そんな心配は杞憂だったのかもしれない。ナナロ、クロナの兄妹はすでに国でも屈指の剣使としての力を有している。それこそ、少しでも剣についての知識があれば、二人の力は先程のやり取りだけで嫌というほどわかってしまうほどに。

「――シモン?」

「ん? どうした、クーリア?」

「どう、ってわけじゃないけど……」

 表情を曇らせたつもりはない。だが、それ未満の何かが顔に出ていたのだろう。

 俺には剣使としての才能はない。それはかつては気に止めるほどの事でもなくて、でも今は少しだけ気に掛かるのは、きっと贅沢というものなのだろう。


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