第五話 ~現場じゃ指差し呼称は怠るなよ!~
前回までのあらすじ
何とかして現場に帰りたい熊方歳三(38)
ユーコ(年齢不詳)という名のいけ好かない感じのネーチャンをご機嫌を取りつつ、
総司(16)という名のチンコついてない美少女に協力して貰い帰る方法を聞き出そうとする。
その姿は最早現場を取り仕切っていた頃の威厳ある面影は微塵もないが、
背に腹を変えないのも男の生き様。
だが、チンコない総司(16)から聞いた事実は
異世界エルトリアに召喚された自分は
マナという謎エネルギーで生成された元の世界のコピー人形で
現状は帰る手段はないという驚愕の事実だった。
熊形はあまりの衝撃に、
「シュワちゃんでも妊娠できるなら男の娘が妊娠できない理由はないな!」
と本編とまったく関係ない妄想に走る中、
街中に魔物が攻めてきた!
なんだか大変だぞ熊形!どうするんだ熊形!
(一部前編の内容と異なっている前書きですがご了承ください)
第5話 ~現場じゃ指差し呼称は怠るなよ!~
「この国を滅ぼそうとしてる魔物がまた攻めてきたのよ」
俺に向かって、そう言ったユーコからは特に感情を感じなかった。
ただ、それがユーコにとっては毎日陽が昇るような当たり前の事実だと俺に告げただけだ。
「魔物???なんだそりゃ?滅ぼされるって何で攻めて来てるんだ?」
生まれてこの方、現場の事しか知らない俺は、
さっきの話だけでも普段あんまり使ってない頭がパンクしそうなのに、
更に魔物がどうのとか言われても理解の限界をとうに越していた。
深い考えなんて到底出来そうにない。
今は初めて現場に入った新人みたいに、その場で頭に浮かんだ疑問をそのまま口に出すしかない。
そんな俺の質問にユーコが答えた。
「あいつらが何で攻めて来てるかなんて私も知らないわよ。
一年前くらいかしら。ある日突然国境からいきなり攻めて来られて以来ずっとこんな感じ。
最初はそこまで魔物の数も多くないし、普通に追い返せてたんだけど、
最近は前より数が増えてきて、こっちの被害も少しずつ大きくなってる。
この調子で攻めてくる魔物の数が増えていくなら、
もう長くは保たないでしょうね。」
歩きながら俺の質問に答えるユーコの足が止まった。
どうやら総司がさっき言ってた地下室に着いたらしい。
ここは俺が初めてこの家、いや異世界とやらに呼び出された場所でもある。
大きくて重そうな部屋の扉を開けたユーコがそのまま俺の腕を引っ張って部屋に入る。
部屋の中はなんだかカビ臭いが、そこそこ掃除は行き届いてるような場所だった。
棚には古めかしい本やら怪しげな色の液体の入ったビンや
何に使うか分からん実験器具のようのものが所狭しと陳列されてる。
小学校の理科準備室とかこんな感じの場所だったな。
部屋に入って俺の手を離したユーコは
俺に対して話しながら部屋の奥に行く。
「あんまりその辺のもの勝手に弄るんじゃないわよ。
これから、この部屋の仕掛け動かして地下室の入り口を閉じるから。
そこまでやればとりあえず安心よ。」
奥で何やらスイッチを弄り出すユーコの背中に、
俺はさっきから気になってる疑問をぶつける事にした。
「総司は何しに行ったんだ?
魔物が攻めてきて被害出てるって事は
外は危ないんだろ?他の場所に避難してるのか?」
俺の質問に対して特に振り返る事もせず、
ユーコは作業を続けながら、俺の方を見ず返事を返してきた。
「あぁ、総司は街に攻めて来てる魔物の迎撃に行ったわ。
でも心配しなくていいから。
並の魔物なら相手にならないくらい強いのよあの子。
しばらくすれば、何事も無かったかのように帰ってくるんじゃない?」
それを聞いた時、俺の中でこの異世界に来て初めて激しい感情が湧いた。
つまり、今の俺は16歳の小娘を危ない場所に黙って送り込んで、
自分は安全な場所でのうのうと嵐が過ぎ去るのを待ってる糞野郎って訳だ。
色々とゴチャゴチャ分からないことだらけだが、これだけは理解る。
女にだけ危険な事をさせて黙ってるのは男じゃねぇ。
俺の腹の内が決まった途端、頭のモヤモヤがスッキリした気がした。
そうだよな。ゴチャゴチャ考えるのは性じゃねし、
迷うよりやってから考えるのもたまには悪くねぇよな。
俺はその場で振り向きまっすぐ進んで地下室の扉を開けて、
部屋の外に飛び出した。
もう迷いはない。総司が今何やってるとかどこにいるかも分からんが、
この安全らしい地下室で総司の帰りを待つのだけは耐えられなかった。
というか、ゴチャゴチャ考えすぎて嫌になってきたから、
取り敢えず体を動かしたいという動機も無い訳じゃなかったが。
「ちょっと!アンタ!どこ行くのよ!」
地下室の扉の開いた音に反応したユーコが、
後ろから声を掛けてくるのが聞こえたが、
俺の足は止まらない。ユーコの声はそのまま俺の背中から遠くなっていく。
地下室の階段を駆け上がり、
そのまま屋敷の出口の扉に向かった俺は勢い良く扉を開いた。
屋敷の扉を開けてその場で叫ぶ。
「総司の馬鹿野郎!危ない事するならちゃんと相談しやがれ!」
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屋敷の扉を開けた時、この世界の事を何も知らない俺にも、
今の街が普段の状態でない事はすぐに分かった。
延々と鳴り続ける鐘の音に、地元の方々の悲鳴や叫び声が混じった声。
屋敷の前の街道は何かから急いで逃げるような人々で溢れていた。
俺はうっすらと大きな現場で火災が起きた昔の事を思い出していた。
どうやら異世界であっても非常時の人間の行動ってのは変わらないんだな。
俺が居た工事現場の常識とは真逆だが、
俺は地元の方々が逃げていく方向とは逆方向に走りだした。
人が逃げてる方向と逆に行けば、
災害の元まで辿り付けるだろうという推測ではあったが。
俺が街道を逆方向に走り続けていくうちに、
地元の人の数がまばらになっていく。
方向的にはどうやら街の入口に向かっているようだった。
そりゃそうか。街の外から攻めてきてるなら街の入口が災害元になるわな。
街の入口周辺に近づくにつれて、
それこそ現場の火事場のような焦げ臭い匂いが、
周囲に充満してるのに気づく。
遠目からも煙が見えていたが、
街の入り口周辺の家が何軒か燃えてるようだ。
周囲のただならない雰囲気を、
自分の目で確認した俺は走りながら叫んでいた。
「総司!この近くにいるのか総司!一体どこにいやがるんだ!!」
その時走りながら叫んでる俺の前に、
路地裏から出てきたいくつかの人影が俺の前方を遮った。
周囲には煙が充満してきて、
俺のいる距離からじゃそれが誰なのか良く分からない。
火事を消してる最中の地元の方かな?
ここは危ないから俺に避難しろと言いに出てきたのだろうか?
だとしても、今は総司を見つけるまでは帰れないんだよな…。
無視してそのまま駆け抜けようとする俺に対して、
その人影は煙の中からいきなり横薙ぎに白刃を振りぬいてきた。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!
あぶねぇええええええええええええええええ!!!!!!!!」
自分に迫る白刃に気づいた俺は走る勢いを殺さず、
そのまま頭からのスライディングの姿勢で白刃を掻い潜る。
白刃は俺の頭上スレスレを通過して、
俺はその勢いのまま石畳の上にゴロゴロゴロ転がって、
壁に激突してやっと止まった。
「馬鹿野郎がああああああ!!!!!!
死ぬとこだったじゃねーかこの野郎!!!!!!!」
壁に激突して逆さまの姿勢になってる俺は、
白刃を向けてきた相手に向かって叫んだ。
その白刃を向けてきた相手が煙の中から姿を現す。
その姿は俺が人生の中で一度も見た事がない、
二本足で立ってる鎧を着た豚のような顔がいくつもあった。
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見た目通り、豚のような鳴き声を上げたと思った連中が
おのおの剣らしきものを抜いて、
壁に激突して動きが止まった俺に勢い良く向かってくる。
あんまり考えたくないが、
どうやら俺の事を快く思ってない連中のようだ。
一瞬頭の中にユーコが言ってた『魔物』って単語が浮かんできた。
「おいおいマジかよ…豚の生姜焼きは好物だが、
豚に生姜焼きにされるなんて冗談じゃねぇ!」
急いで姿勢を戻した俺の所にいくつかの剣が振り下ろされる。
俺はそのまま低い姿勢のまま一気に走りだして何とか剣をかいくぐれた。
街道から逸れて横の裏道を走りだした俺の後ろから、
相手も豚みたいな鳴き声を上げて後ろから追ってきているのが分かる。
「(人数は3匹?ってとこか。
武器はそれぞれ剣持ちで鎧も着てる…。
流石に素手だとキツイよな…。)」
細く曲がりくねった裏道を走りながらも周りを見渡して、
何か武器に使えるようなものが無いか探してみる。
若い時には筋モンとも揉めた事のある俺だが、
剣持って鎧着てる豚相手に喧嘩の経験なんてない。
下手に抵抗しようとするより、
このまま逃げきっちまった方が安全なのか?
ただ、俺も若い時みたいに全力で走り続けると、
二日後に激しい筋肉痛になるんだよな…。
と俺の思考は突然中断することになる。
走り続けた俺の目の前に現れた大きな壁、
どうやら闇雲に走ってるうちに袋小路に辿り着いてしまったらしい。
袋小路からはまだ少し離れた位置みたいだが、
さっきの豚共の鳴き声も聞こえてきてる。
この場所に来るのもそう遅くないだろう。
目の前の壁を昇って反対側に行くとしても、
とっかかりも殆どないツルツルした壁。
時間を掛ければ何とか登れない事もないだろうが、
登ってる間に豚共に背中から串焼きにされるのがオチだろう。
「ちくしょう!こうなりゃやるしかねーか…」
覚悟を決めた俺は近くに落ちてた棒きれを拾って握りしめる。
剣持ってる相手に対して心許ない武器だが素手で挑むよりは遥かにマシだ。
何とか三匹殴り倒してその間にまた逃げ出すしかない。
そんな事を考えた俺だが、
強く握りしめた棒きれが思ってた以上に頼りない事に気づく。
多分この強度なら1匹を思いっきり殴っただけで折れちまうかもしれない。
「おいおい、冗談じゃねーぞ…。
こりゃ生姜焼きばっかり食ってた祟りか何かか?」
俺が今まで食ってきた豚に対する供養が足りなかったのかと、
どうでもいい事を考えてる間に豚共もこの袋小路に到着した。
俺を確認した豚共3匹は、
俺に向かい持ってる剣でまっすぐ斬りかかってきた。
その刹那、俺の後ろのある壁の頭上からトスンと何かが降ってきた。
いや、何かが降ってきたと思って後ろを振り向いて、
今はそれ所じゃない事に気づき、
改めて正面の豚共を見た時には、豚共3匹は血を流して地面に倒れていた。
一体何が起きたのかさっぱり理解できない俺に、
聞き覚えのある声が掛けられる。
「もー。熊ちゃんー。なんでここにいるのー?
危ないから地下室に居てって言ってたのにー。」
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俺の目の前には真っ白な胸当てを付けた総司が立っていた。
その手には赤い液体でうっすら染まった細身の剣が握られてる。
もしかして、この豚共は総司が殺ったのか?
いや、それにしては時間が早過ぎる。
俺が再度豚を見るまで数秒程度だったんだぞ。
「総司、お前なにやってんだ…。」
呆けて質問する俺にほっぺを膨らませながら総司が答える。
「もー、質問してるのはボクだよ熊ちゃんー。ユーコちゃんもここに来てるの?」
「いや、多分地下室にいると思う。俺は総司がどこ行ったか気になって飛び出してきちまった。
迷惑掛けたようでスマンな。」
もしも総司と出会ったら、一人で危ない事すんなと、
総司を叱り飛ばすつもりだったが、
今の総司の姿を見て思い違いだと気づいた。
むしろ思い上がってたのは俺の方だ。
状況も掴まず勝手に飛び出して、どうやら総司に迷惑掛けちまった。
こういう時は言い訳せず素直に謝るしかない。
それが例え年下の女の子であってもだ。
それを聞いた総司は、いつもユーコと話してる調子で俺に語りかける。
「いいよーもう。ボクらは普通の人よりは死ににくいけど、
それでも死ぬ時は死んじゃうからねー。
慣れないうちはあんまり無茶しない方がいいよー。」
死ににくい?あぁ、さっき聞いたマナで出来た人形だとかって話か。
まだ納得はできないが、
目の前で二本足で歩く豚が剣を振り回してるのを見ちまったら、
もうどんなものでも信じられる気分になる。
総司の無事と自分の不甲斐なさに脱力しそうになってる俺に総司が続ける。
その口調は普段聞いてる明るい感じとは違う、
屋敷を飛び出した時の真剣な声になっている。
「熊ちゃん。ボクね。この壁を越えて少し行った所で、
20匹くらいのオークの本隊を見つけたんだ。
ちょっと殲滅してくるから、今度こそ、ここに居てね。
この辺りの敵は本隊以外は掃除したから後少しなんだ。
そうしたら一緒に屋敷まで帰ろう。ユーコちゃんも心配してるよ。」
そう言い終わるや否や、
屋敷を出た時と同じように俺の後ろの壁を垂直に駆け上がり
総司は飛び出して行った。
俺は総司の言葉通りにその場に立ち呆けていたが、
しばらくすると遠くでさっきまで聞いてたのとは違う感じの、
豚共の鳴き声が聞こえてきた。
ガキの頃屠殺場に見学に行った時に豚はこんな感じの悲鳴を上げてたなと、
昔の事を思い出してるうちに鳴き声がピタリと止んだ。
鳴き声が止んでしばらく経ってまた壁の上から何かが降ってきて、
トスンと音がしたかと思ったら
目の前に総司が立っていた。
豚共に囲まれた時に聞いた音は総司が壁から飛び降りた音だったらしい。
パッと見で、2階建ての家の屋根の高さくらいある壁から飛び降りて、
殆ど音もしないとか、
どうやら本当に忍者なのかもしれないな。
「はいおしまいー。数は大した事なかったけど、
今回は街中で分散されたのが面倒くさかったなー。
いつも通りに攻めて来てたら、もっと早く終わってたのにー。」
俺は今時計を持ってる訳じゃないが、
総司が戻ってくるまでに体感時間だけでも5分も掛かってない。
どうやらユーコが言ってたように、
並の魔物じゃ相手にならない強さってのは間違いないらしい。
俺も武道についてそこまで詳しい訳じゃないが、
俺の世界で知ってる常識を遥かに超越してるんじゃないか。この強さ。
そんなことを考えてる俺の前で総司が路地から出る方向に歩き出す。
その速度は目にも止まらない速度じゃない。
俺でも付いていけるような普通の早さだ。
「あー。運動したからお腹空いちゃったなー。
熊ちゃんー。屋敷戻ったらユーコちゃんと一緒に食堂行こうよー。
ボクのオススメメニューは豚のしょうが焼きだねー。」
後ろから付いてくる俺に歩きながら振り向き、
いたずらっぽい笑顔で話しかけてくる総司に対して、
俺の顔は微妙に引きつっていた。
俺がこんな表情を浮かべるのは生まれて初めてかもしれない。
「いや…。もう豚の生姜焼きは絶対食わないと決めたんだ。さっきに」
~続 く~
戦闘回でした。戦闘回といいつつ、ありのまま今起こった事を話すぜ・・・!
状態で戦闘終わってますが全編これで通すつもりはありません。
ちゃんと戦闘回やりますよ!(予定は未定)
あんまり主人公が活躍してない状況ですが
次回はやっと活躍します。活躍予定です!活躍するといいなぁ。