第四話 ~工事の前に施工要領を確認しておけよ!~
連続投稿です。説明回です。土方成分相当薄いです。
「いやー、ユーコちゃん家で飲むお茶は美味しいなー。
で、ユーコちゃん、何時頃家出る?
まだ支度あるならそんなに急がなくていいよー。
今日もちょっとくらい遅れても大丈夫なように話はしといたからねー。」
テーブルで茶を飲みながら、総司は明らかに苛ついてるねーちゃんを前に、
いつもと変わらぬ笑顔で話掛けていた。
ねーちゃんがどんなに不機嫌そうでも、
自分の調子を一切崩さないのは性格なんだろうな。
----------------------------------------------------------------
市場や街で見た地元の人と同じような西洋風の男装をしている総司は、
俺から見ても女の子にしちゃかなり短くしてる髪形で、
数日前に最初に会った時は顔立ちや体つきを見ても、
女の子みたいな男なのかなと呼ばれてる名前も含めて、
正直男か女かすら分からなかったんだが、
総司本人が言うにはピチピチの16歳女子だという事らしい。
総司という名前に関してはねーちゃんが命名したものだとか。
なんでねーちゃんが名付け親なのかって点については、
そうなのかとその時は深くは聞かなかったんだが。
ちなみにこれも数日前に知ったんだが、
ねーちゃんの名前はユーコ(勇子)というらしい。
心を落ち着かせるつもりなのか俺の淹れた茶をすすりながら、
総司の問いにユーコが答える。
「出ないわよ。私はこれから研究で忙しいんだから。」
「いやいやいやー。研究あるのは分かるけど、もうそろそろ、
チョビっとくらい顔出しかないと流石にヤバイよー。
タンキネー殿もまだ療養中だし、
御城に召喚士全然居ないってブッチャケ有り得ないからー。
ヤバいよーヤバいよー。」
いつもと変わらない総司の口調からは、
一見危機感のようなものは伝わってこないが、
ヤバイを連呼してる事で危機感を協調してるつもりらしい。
明るい総司の口調からでもねーちゃんの置かれてる状況が、
ジーサンが倒れる所を見てた俺にもヤバイのは何となく分かるが、
今日の俺も相当ヤバイというか、
さっきも言ったがもうそろそろ現場の工程がヤバイ。
このままいつものように総司を無視し始めたねーちゃんが、
部屋に引きこもる前に、俺から話を進めておかないとな。
「なぁ、総司。」
俺は総司に話しかける。
正直ユーコよりも更に若い娘相手にまともに話せるのは自分でも驚いたが
ユーコと違い、16歳くらいだと女として意識するってよりは、
俺くらいの年齢になるともう娘みたいな感覚で逆に開き直って話が出来る。
幸いにも、総司からは知らないオッサンに対する警戒心、
というのも感じられないのも大きいのかもしれない。
「なーにー?熊ちゃん。御城行ってる間は留守番よろしくねー。」
・・・16歳の娘に熊ちゃん呼ばわりされる経験というのも、
なかなかに貴重だと思うが、
こんなのをコウタに見られたら、
現場の飲み会で散々ネタにされちまうだろうな…。
俺は呼び方に対する複雑な感情は置いておいて、話を進める事にする。
「いや、留守番の事じゃない。
俺はそろそろ自分の居た現場に戻りたいんだ。
ここが何処なのか正直未だに分からんが、
何とかして帰る手段をねーちゃんに聞きたい。
ちょっと協力して貰っていいか?」
それを聞いた総司は、いつも通りの口調でねーちゃんに話し始めた。
「ユーコちゃんー。まだ、熊さんにこの世界の事ちゃんと説明してないの?
駄目だよー。ちゃんと説明しなきゃー。
下手すると命がヤバイ事もあるんだからねー。」
「ちゃんと説明はしたわよ。このオッサンが、
その場で理解できたかどうかは知らないけどね。」
そう言って俺の方も見ずに言うユーコを、
ねーちゃん呼ばわりしてた俺が言うのも何だが、
若い娘にオッサンと言われるのも微妙な気分だな。
だが熊ちゃん呼ばわりとどっちがマシなのかは難しい所だが。
「ユーコちゃんの話は何だか難しくて、
たまにボクでもよく分からない時あるけどねー。
じゃあもう一回熊ちゃんに説明してあげてよー。
熊ちゃんも今日はなんだか本当に困ってるみたいだしー。」
総司にはまだ会って数日だが、普段から自分の調子は崩さないものの、
周りに対してまったく気が遣えないという訳でもないらしい。
俺が今日総司を待っていたのは、
ユーコに対しても総司が居れば、
俺が聞きたい事を分かるように聞き出してくれるかもしれないって辺りだ。
ユーコに対して食い下がる総司に対して
茶をあらかた飲み干したユーコがため息混じりに答える。
「このオッサン相手に改めて説明って本当面倒臭いのよね…。
はぁ…。総司、もうアンタが答えなさい。」
と言いつつユーコは立ち上がり、
そのまま部屋に戻るのかと思ったら台所に向かう。
台所からは竈を焚べる音が聞こえたので、
お茶のお替わりを沸かしてるんだろう。
取り残された形になった俺と総司は互いに顔を見合わせた。
「まったくもー。ユーコちゃんの面倒臭がりは筋金入りだねー。
前世は絶対ナマケモノか何かだよー。
たまに息をするのも面倒臭いとか言ってるしー。」
ユーコに対して抗議してるらしく、タコみたいに口を尖らせた総司が
表情を戻して俺に話しかける。
「じゃあ、ユーコちゃんの代わりにボクが熊ちゃんの質問に答えるよー。
わかりにくかったから手上げて教えてねー。」
まるで幼稚園の先生みたいな口ぶりで話しかけてくる総司。
それでもユーコに聞くよりは俺にも理解できる感じで話をしてくれる分、
この際贅沢は言わないようにする。
「俺が聞きたいのは元居た場所に帰る交通手段だ。
知ってたら教えてくれないか?」
出来るだけ簡潔に自分の要望を伝える。
そんな俺の問いに対して総司がいつもの明るい調子で答えた。
「まずねー。熊ちゃん。ここは熊ちゃんが居た場所とは違う世界、
エルトリアだから。
車でも電車でも飛行機でも帰れないんだー。
そもそも全部この世界には無いしねー。
後、熊ちゃんは自分の居た所でのお仕事が、
どうなったか気にしてるみたいだけど、
心配しなくていいよー。
熊ちゃんが元居た場所には熊ちゃんはちゃんと居るからねー。
元の世界の熊ちゃんはいつも通りお仕事してるんじゃない?」
…俺は黙ってその場で無言で手を上げる。
総司が今何を言ってるのか早速理解できないからだ。
「スマン総司。現場に帰れないってのは、
納得はできないが取り敢えず分かった。
だけど元の場所に俺が居るってのは何を言ってるんだ?」
16歳の女の子の説明に対して手を上げるオッサンを見た総司が、
少し考えた素振りを見せて更に詳しい説明をしてくれる。
「あぁ、ごめんねー。うーん。そうだなー。
この世界に来てる熊ちゃんは、
元々熊ちゃんが居た世界のコピーだから、
熊ちゃんの居た世界とこの世界の熊ちゃん。
今は二人の熊ちゃんが存在してるんだよー。
違う世界だけど自分が二人いるなんて変な気分だよねー。」
総司の説明は学が無い俺にも充分理解はできるが、
信じて納得は到底出来る内容じゃない。
俺が二人いる???
一体何をどうすればそんな事になってしまうんだ?
大手ゼネコンが慢性的な現場の人手不足を解消する為に、
開発した極秘技術なのか???
と、俺が一瞬アホな事を考えてしまった時、
台所からお茶のお替わりを持ってきたユーコが戻ってきた。
どうやら総司の説明を少し聞いてたらしく、
お茶を飲みながら総司の言葉を補足する。
「私がこの世界に来てから研究を進めて更に発展させた召喚技術はね、
ここエルトリアから見たら異世界、
つまり私や総司やアンタが元いた世界から、
人間そのものを召喚するんじゃなくて、
生体情報全部をこのエルトリアのマナで再構成する技術なの。
私や総司が召喚された時はまだ技術自体が不完全で、
人間一人のコピーを召喚するのに、
国単位で集められるマナ数ヶ月分を大量に消費したり、
成功しても記憶が一部欠損してたりと不完全な技術だったんだけどね。
要はアンタも総司も私もマナで構成されたコピー人形なのよ。」
ユーコが話した内容は、
そろそろ俺の頭の限界容量を超えそうな内容だらけだった。
そもそもマナってなんだ?
昔流行ってた双子の片割れの事を言ってるんじゃないみたいだが、
東京の方にある建築事務所でそんな名前の会社があったような…。
と、俺が明らかに思考停止してる時に、総司が話しかけてきた。
「マナはねー。この世界ならどんな物にもあるエネルギーの事だねー。
人間にも動物にも植物にも岩にでも、
自然にあるものなら何でもマナが宿ってるんだー。
さっきユーコちゃんと熊ちゃんが食べてた朝ご飯も、
ボクらは栄養じゃなくてマナを吸収してるんだよー。」
今は総司の言ってる内容すら理解が難しいが、
こいつらの言ってる事をそのまま信じるなら、
この俺がいる世界はエルトリアって異世界で、
今の俺は元の世界のコピー人形で、
マナって謎エネルギーで出来てるってことらしい。
「いやいやいや、ねーちゃんよー、
俺や総司やねーちゃんが人形ってそりゃ流石にネタだろ。
だって俺は脈もあるし呼吸もしてるし、
ねーちゃんや総司もどっからどう見ても人間だろ。
流石に信じられねぇよ…」
理解が追いつかず冗談だと思い笑いながら話す俺にユーコが言葉を続ける。
「信じる信じないはアンタの自由よ。
私たちは厳密に言えば、
一ヶ月くらいは飲み食いしなくても普通に生きていけるわ。
仮に水だけでもおとなしくしてるなら数年くらいは保つんじゃない?
ただ、体内にあるマナが完全に枯渇した場合、
死ぬというより死体も残らず消えるから。
だから食事は出来るだけ摂取した方が良いわね。
マナの吸収方法は基本的に食事が1番楽だから。」
「うんうん。ご飯は毎日食べておいたほうがいいよー。
慣れてくると、
自分の中でマナがどれだけ残ってるか何となく分かるようになるけど、
ちょっと運動しただけでも結構マナ使ったりするからねー。
ノーマナ、ノーライフだよー。
んで、熊ちゃん?他にも質問あるかなー?
ちょっと御城に行く時間がヤバイんで、
後はユーコちゃんと一緒に帰って来てからでもいいかなー?」
変わらず明るい口調で話しかけてくる総司も、
今言われた内容に対して正直理解が追いつかず混乱してる俺に気を遣ってくれたのか、
ひとまず話をここで切り上げる流れにしてくれるようだ。
----------------------------------------------------------------
まだ聞きたい事はあるが今は時間が空くのは正直有り難い。
二人が城とやらに行ってる間に少し自分の考えをまとめておこう。
「だから行かないって行ってるじゃない総司。今はそれどころじゃ・・・」
「うんうん。わかってるよユーコちゃん。
国宝級のお宝が無くなってる事はボクが上手くごまかしておいたからー。
今日の所は後ちょっと王様に挨拶だけして帰ればいいからー。」
「上手く誤魔化したって、アンタ一体何したのよ…」
総司に対して、半分呆れたように呟くユーコが、
言い終わるか否かのタイミングで、
部屋の窓の外から複数人の叫び声と、
カーンカーンカーンカーンと激しく鳴るけたたましい鐘の音が響いてきた。
鐘の音と悲鳴のような叫び声は一向に鳴り止まない。
俺もこの数日のうちで一度も聞いた事がないような鐘の音だ。
それを聞いた総司が、
今まで一度も見せた事がないような真剣な顔つきになっている。
「ユーコちゃん、今日は御城行くの中止だね。ボクもすぐ行かないと。
この屋敷の地下室からボクが戻るまで出ないでね。
熊ちゃん。ユーコちゃんと一緒にそこに居て。
大丈夫。すぐ帰ってくるから。」
そう言い終わるや否や、総司は窓から飛び出して行った。
家から出て目の前に壁があろうがお構いなしに、
壁すら垂直に登りながら縦横無尽にまっすぐ屋根を伝い、
走り抜けて行ったと思ったら、あっという間に視界から消えてしまった。
「なんだありゃ…日光江戸村の忍者みてーだな…」
実際、昔日光江戸村に旅行に行った時も、
あそこまで忍者みたいな動きが出来る奴はいなかったんだが、
さっき聞いた内容と目の前に起こってる事が理解できず、
間抜けな感想を漏らす中、
ユーコが立ち上がって俺の腕を掴んできた。
「ほら、行くわよ地下室。
あそこなら取り敢えず安全だから。
総司戻ってくるまではそこに居ましょう。」
有無も言わさぬ感じで語りかけてくるねーちゃんに俺は戸惑った。
普段物事の殆どを面倒臭がってるねーちゃんが、
こんなに積極性を見せたのは今日が初めてかもしれない。
「ちょっと待てよ、ねーちゃん。一体何が起こってんだ?
どっかで火事か何かなら、
この家じゃなくて外に避難してた方がいいんじゃないか?
後、総司大丈夫なのか?」
そのまま俺の手を引いて歩き出すねーちゃんに、
俺は自分の抱いた疑問を投げる。
ねーちゃんは俺の質問に簡潔に答えた。
「この国を滅ぼそうとしてる魔物がまた攻めてきたのよ」
~続く~
大変長らくお待たせして申し訳ないです。
不定期連載ですが一応プロットは出来ているんで、
切りの良い所までは頑張ります。頑張りたいです。頑張れるかなぁ。
5話は少し話が動く戦闘回の予定です。
戦は舞…!息を併せないとね…♪